《森の占術》3枚【緑トロン】の正体―マリガンのパラダイム・シフト―
はじめに
今回のプロツアーでベストデッキの1つと称された,Team Handshake 謹製の【緑トロン】(以下:ハンドシェイク型)
新セット発売後のプロツアーということもあり,《一つの指輪》の4枚採用などは新鮮に映るが,まったくもって理解不能な点があった。
《森の占術》が3枚?
恐らく,世の緑トロンユーザー,ひいてはモダンプレイヤーは皆,似た感想を抱いたのではないだろうか。
ご存知の通り,【緑トロン】は《ウルザの》土地3種類をそろえ,莫大なマナから重量級パーマネントを展開する,ボードコントロールデッキだ。とにもかくにも,まずトロンランドを揃えることが先決だ。
そのために,《探検の地図》《森の占術》《古きものの活性》がフル投入。緑マナを確保する目的も含めて,キャントリップでもある《彩色の星》《彩色の宝球》も積まれている。
なのに,《森の占術》が3枚。なぜなのか?
先日公開された市川ユウキ氏の記事でも,言及されている。なるほど,理屈はとても分かる。が,私だったら,《彩色の星》を減らしたい→《森の占術》も減らしたい→…じゃあそれって,【緑トロン】,もうダメじゃないの?,となりそうである。それに,緑マナを気にするなら《古きものの活性》から削るのでは,とも思う。
続いて,Javier Dominguez氏にて,調整レポートが公開された。記事を読むに,彼らは【緑トロン】というデッキを従来の形からアップデートしたのではなく,1から新しい【緑トロン】を組み上げた,と表現した方が適切なのだろう。《森の占術》3枚も,どうやらその一環のようだ。
だがあえて批判的に読めば,《森の占術》が3枚になっている直接の理由にはなっていないように感じる。どちらかと言えば,試行錯誤的に調整した感触として,《森の占術》を3枚にした,と読める。
《一つの指輪》《大いなる創造者,カーン》といった,ウルザランドが揃わずとも強力なカードが増えたとは言うものの,それでも「揃うに越したことはないのでは?」「4ターン目に《指輪》《カーン》を唱えるだけで,モダン勝てるか?」と反論はできる。
とはいえ,世界最高峰のチームが下した選択であり,実際の戦績も文句のつけようがなかった。であれば,上記の記事のように,《ダウスィーの虚空歩き》や《一つの指輪》の存在を以って,本当に《森の占術》を減らす理由になっているのかが,どうしても気になった。
準決勝Christian Calcano VS Simon Nielsen(3:39:19~)
今回この記事を書く,もう一つのきっかけだった。
緑トロンのミラーマッチ。第5ゲーム,先手番のSimon Nielsen選手が7枚キープに対し,後手のChristian Calcano選手はダブルマリガン。圧倒的にNielsen選手の優勢と思われたが,結果はCalcano選手の勝利に終わった。《耐え抜くもの,母聖樹》で破壊した《ウルザの魔力炉》の2枚目をCalcano選手が持っており,そのままトロンランドを揃えて勝利,とNielsen選手からすれば,ややアンラッキーだったと言える。
が、試合の結果よりも気になることがあった。
これは,Nielsen選手の初手。このハンドをキープしている。《タリスマン》から3ターン目《大いなる創造者,カーン》と繋げるのはよいが,ウルザトロンが揃う見込みはかなり薄いハンドと言ってよいだろう。
彼らはトロンを,0から検討した,とあった。つまるところ彼らは,ウルザトロンが3ターン目に成立しないどころか,揃えなくても勝てるデッキ,として作ったのだろう,と。であれば,先の《一つの指輪》《カーン》に重点を置く主張も理解できる。
そこで疑問に思った。
彼らにとって,この【緑トロン】というデッキは,どのように見えているのか。果ては,現在のモダンをどのように見ているのだろうか?
本記事では、先のプロツアー「指輪物語」の試合データを分析し,今のモダンフォーマットを勝ち抜いたデッキの条件を探ってみた。そこに,《森の占術》が3枚の鍵が,隠されているのかもしれない。
本記事は,ほぼ全文無料となっております。有料部分には,本記事の執筆にあたって作成したデータセットを置いています。興味を持たれた方,そして本記事がよかったと思って頂いた方は,購入・サポート頂けると幸いです。
世界最高のチームの思考に,少しでも近づいてみるとしよう。
数字で見るモダン
MTGは非常に複雑なゲームだ。
筆者は全く明るくないが,機械学習の分野から見ても,オセロやチェスのように完全に両者の選択肢が公開されているゲームと違い,全てを計算して勝敗を予想するようなことは,ほぼ不可能とのこと。
確かに,定義できない要因も多い。ゲーム上の判断だけでなく,デッキ選択から細部の構築,プレイヤーの連度や運といった,多様な要素が絡み合っている。それらの事柄について、言語化となればいくらでも可能だが,悪く言えばそれらはすべて主観。いくらでも言いようがある,ということだ。
だが,そんな中でも厳格に規定できる要素もいくつかある。その中に,「先手/後手」と「メイン戦/サイド後」「マリガン回数」などがある。これらは,誰が見てもブレないはずだ。主観が入ることのない客観的なデータだ。
モダンというフォーマットで何が起こっているのか,その一端を見る客観的な指標として、今回はこの3点を中心に見ていきたい。
方法
今回は,プロツアー「指輪物語」において,フィーチャーマッチで配信されたモダンラウンドの全試合80ゲームを,分析の対象とした。
Youtube上で配信されている全試合から,
プレイヤー名
両者のアーキタイプ
メインorサイド(DAY3のBo5の場合,2ゲーム目もメイン戦とカウント)
先手のプレイヤー
両者のオープンハンド枚数
勝者
勝者の手番(先手or後手)
勝者のオープンハンド
敗者のオープンハンド
トロンランドの成立ターン(【ハンドシェイク型】のトロンの場合)
トロンランドの成立ターン(【従来型】のトロンの場合)
の以上11点を記録した。
*「従来型」とは,《森の占術》4枚の【緑トロン】の事を指す。
余談だが,前回のプロツアー「機械兵団の進軍」から,フィーチャーマッチの両者のオープニングハンドの枚数を表示してくれている。今回の記事を書くにあたり,非常にお世話になった(というか,これがあるから書く気になった)。
とはいえ,非常に面倒な作業に変わりはなかったので,願わくばMTGMelee上でも,先手/後手番や,マリガン回数までデータとして集計してもらいたい(わがまま)。
データの限界
データで記述できる範囲には限界がある。
今回データとして使用したプロツアーは,モダンラウンドだけでも1060試合あり,ゲーム数で数えると約2650ゲームに上る。
そのうち,フィーチャーマッチに映り,参考にできたのは,80ゲームに留まる。全体の約3%だ。
しかもその多くが,【緑トロン】(ハンドシェイク型,従来型問わず)の試合が非常に多く,どうしてもサンプルに偏りもある。
また,【先手/後手】や【勝者/敗者】,【メイン戦/サイドボード後】と,要因が多い。統計的な検定を行い,有意差を見る上では,サンプル数としては明らかに不十分。ゲームという勝敗を決する必要がある事柄においては,信頼区間がチャンスレベルを超えない限り,一方が他方よりも優れていると論じることはできない。従って,本記事では単にデータを記述するにとどめている。
と,色々と統計的な観点で書いたが,カードゲーム的に言うなら,要は
”一応,数字の上で大小の差はあるが,上ブレ/下ブレによって,いくらでも覆るもの”,
と考えてもらえれば結構だ。
結果
まずは基本的なデータから,順にみていこう
先手 vs 後手
先手50勝:後手30勝
非常に分かりやすい。やっぱり先手ゲー。流石モダン。話が早くて助かる~!
…いや待て。せっかくだしもう少し,細かく見てみよう。
メイン戦とサイドボード後でも,分類してみる。
メイン vs サイド(勝敗)
メイン戦30マッチ,サイドボード後50戦
メイン戦
先手22勝:後手8勝
サイドボード後
先手28勝:後手22勝
なるほど,メインとサイドで大きく異なっているのが分かる。
メイン戦は先手番の圧倒的有利だが,サイド後はずいぶんと拮抗している。
モダンは,まずダイスで勝て。
マリガン回数
各ゲームの勝敗と照らし合わせ,勝者のマリガン回数,敗者のマリガン回数を表示。
勝者側:0.61回
敗者側:0.76回
この結果をどう捉えるかは人次第だろう。
私個人としては,「意外とみんな7枚キープする」という感想だ。
そんなに攻めたマリガンをするわけでもないのだろうか。
前述の通り,緑トロンが多く含まれたデータにもかかわらず,である。
差はわずかに0.165回。
ピンときにくいが,このデータは,各ゲームごとで集計しているため,これに2~3を掛ける(=第2・3ゲーム目を考慮する)と,
勝者側:1.23~1.83回
敗者側:1.55~2.36回
となる(随分ざっくりとした計算ではあるが)。
1試合当たりにおける,勝者と敗者のマリガンの平均数の差は,およそ0.3~0.5回,となる。
メイン vs サイド(マリガン回数)
メイン戦(30戦)
勝者側:0.86回
敗者側:0.68回
サイド後(50戦)
勝者側:0.36回
敗者側:0.82回
これまた興味深い。メイン戦では,勝った側の方が多くマリガンしているが,サイド後は逆だ。
最終的に,これに先手/後手をかけわせたものを以下に示した。
表を要約すると,
《メイン戦》
圧倒的に先手番の有利(先手の勝率74%)。
総合的には,先手番は後手番より,やや積極的にマリガンしている。
先手番は,マリガンの回数でそれほど勝率と関連しない。
一方,後手番は,気持ち積極的にマリガンしている方が,勝つ傾向がある。
《サイド後》
サイド後,先手番の優位性はほぼ消える(先手の勝率74%→56%)。
メイン戦と比べ,先手番でもマリガンは控えめ。たとえ先手でもマリガンが多いと,勝率は一気に落ちやすい。
後手番も,マリガンの回数はメイン戦よりも少な目。
となる。
(繰り返すが,統計的に有意というわけではない。あくまでおおよその傾向,と捉えて頂きたい)
【従来型】 vs 【ハンドシェイク型】
トロンに絞っても,いくつか見てみよう。
従来型:16勝15敗
ハンドシェイク型:13勝12敗
勝率面では,同程度と言ってよいだろう。ただし,従来型の16勝の内,13勝はCalcano選手である。もっと言えば,彼は対【ハンドシェイク型】に6勝している。
残念ながら,【緑トロン】のミラーマッチはその多くが,純粋な先手ゲーなことは変わらなかった(先手番の13戦9勝4敗)。
いち早くトロンが成立することに焦点を置く場合,《森の占術》4枚の構成に明確な理があると言わざるを得ないだろう。
また,Calcano選手のリストは《解放された者,カーン》が2枚と,従来よりも多い(最近は0~1枚が主流)。これはミラーマッチであまりにも劇的。彼がどのような思考で従来型の【緑トロン】を持ち込んだかは不明だが,見事なメタ読みであったと言えよう。
しかしそれでも,《森の占術》を3枚にしても,4枚の従来型とは勝率にほとんど差異がない点は,注目に値する。それどころか,Calcano選手によるミラーの戦績を差し引くなら,【ハンドシェイク型】の方が,他のデッキに対しても優位性があるとすら考えられる。
次に,トロンが成立するターン数を数え上げ,ハンドシェイク型と従来型で比較したグラフを以下に示した。
注目すべきは,3ターン目と4ターン目の差。3ターン目のトロン成立は【従来型】の方が高い。《森の占術》4枚の恩恵と言えるだろう。対して,【ハンドシェイク型】は4ターン目に揃う頻度が高い。何ターン目にトロンの成立を目指しているのかが,如実に分かる。
勝敗も含めたグラフを,以下に示す
3・4ターン目の差については先ほど触れたが,【ハンドシェイク型】は,4ターン目にトロンが揃って勝つ試合が,従来型と比べても圧倒的だ。
また,最後までトロンが揃わなかった場合,【従来型】は0勝だったのに対し,【ハンドシェイク型】は3勝を挙げている。
考察
マリガン回数について
全体の平均:0.69回
勝者側:0.61回
敗者側:0.76回
マッチ単位での差:およそ0.3~0.5回
全体的には,攻めたマリガンをしない,という印象は先ほど述べた通り。たとえモダンと言っても,狂ったようにマリガンするデッキは減っているのだろうか。
また,そもそも構築の段階で,マリガンへの耐性を挙げられているとも見れる。
例えば,「指輪物語」で登場した土地サイクリングサイクル。特に《ロリアンの発見》は,【カスケードクラッシュ】,【ディミーアコントロール】,【イゼットマークタイド】等,多くのデッキに採用され,土地/スペルのバランスを整えることに一役買っている。
今回の試合データには,【リビングエンド】を使ったナシフや,【カスケードクラッシュ】を率いたKai Buddeの試合もいくつかあったが、彼らはほとんどマリガンしていなかった。
必要最小限の土地だけでキープできる確率が上がれば,結果としてマリガン回数を抑えることにもなるのだろう。
特にモダンホライゾン以降は,多種多様なピッチスペルの登場に伴い,明らかなアンフェアデッキが激減。ある程度真面目にカード交換をしながら戦っていく中では,マリガンの影響が響きやすい,ということだろうか。
メイン戦でのマリガン
総合的には,先手番は後手番より,積極的にマリガンする。
その中で,先手番は,マリガンの回数でそれほど勝率に影響しない。
一方,後手番は,積極的にマリガンした方が,勝つ傾向がある。
一方,メイン戦では,先手番がその理を生かすためにも、マリガンで強いハンドを求めて攻め立て、勝利する展開が多かった,読めるだろうか。あくまで手番の影響が先にあり、手番を生かすための攻めたマリガン、ではあるが。
とはいえ,今回参考にしたプロツアー「指輪物語」は,デッキリスト公開で行われていた。メイン戦の時点でゲームプランは立てやすく,デッキの有効牌/不要牌が明確。攻めたマリガンが肯定されやすい条件ではあっただろう。
サイド後のマリガン
メイン戦と比べ,先手番でもマリガンは控えめ。たとえ先手でもマリガンが多いと,容易に負ける
後手番も,マリガンの回数はメイン戦よりも少な目
サイド後は,お互いに不要牌が抜け,デッキ全体がより相手にアジャストされた状態。互いがそうなった場合,単純な有効牌の枚数が物を言う展開,ということだろうか。
そうなれば,単純なカード枚数差で後手番でも十分戦える展開があったり,先手番のマリガンの負債が大きくのしかかる,ともいえるかもしれない。
散々使い古された表現だが,マジックはサイド後の方がゲーム数が多い。マリガン回数の項でも触れた通りだが,現代モダンでは,デッキの構造において,特に後手番は、「あまりマリガンしないで済む構成にしておく」ことが,大会を勝ち抜くうえでより重要なのかもしれない。
考えてみれば,この【ハンドシェイク型】トロンに限らず,現行モダンのTopデッキは,メイン戦ではマリガンを厭わず,押しつけの強い展開→サイド後は,マリガンを抑えてリソース勝負,という構造を自然に備えている,と言える。
【ラクドス想起】が,1ターン目に《悲嘆》《激情》の展開をしたかと思えば,《ラガバン》《寓話》によるリソース勝負を仕掛けることが可能であったり。
今大会の【カスケードクラッシュ】は,《緻密》のメイン採用枚数が非常に多かった。《衝撃の足音》+ピッチ構えという押しつけがメインからできている構成だ。中でもKai Budde選手が採用した《アノールの焔》は,《虚空の杯》対策だけでなく,サイド後のリソースとしても使えている。見事な構成だ。
16番目のサイドボード
ロンドンマリガンの実装以降,【緑トロン】はマリガンに非常に強いデッキとされてきた。3種類のウルザトロンが揃いさえすれば,3枚の土地から7マナ出るため,実に4枚分のカードを取り戻せる。
7枚キープは稀,トリプルマリガンでも勝ちうるデッキであり,【緑トロン】というデッキでのマリガンのリスクは,他のデッキと比べても軽視されてきた,と言えるだろう。
今回,【従来型】と,【ハンドシェイク型】とでは,全体的マリガン回数はほぼ同数(平均1.2回)だった。
モダン全体の平均がおよそ0.69回なので,単純に【トロン】というデッキは,1.5倍程度,他のデッキよりマリガンする計算だ。
しかし,これがメイン戦→サイド後では,マリガン回数の平均が異なる。
【従来型】:0.8→1.4回
【ハンドシェイク型】:2.2回→0.75回
【ハンドシェイク型】は,メイン戦では積極的にマリガンし,逆にサイド後はマリガン回数が減っている。メイン戦とサイド後で,大きく変化が生じているようだ。
しかしここで,賢明な読者諸氏は気づくだろう。
そもそも《大いなる創造者,カーン》の存在から,サイドボーディングなんてできないのでは?と。
厳密には実際にサイドインできるカードがあったり,《カーン》用のカードでも-2能力で持ってくるには遅く,メインデッキに入れてしまうケースがあるため,全くサイドボードしないことは稀だろう。それでも,サイド後のデッキの変化は最小限のはず。サイドボーディングできないのに,メインとサイドでマリガン回数に差が生じるのはなぜか?
ここが,先ほどから述べていた,モダンを数字で見た際の結果と重なる。メインボードでは,互いの不要牌の多さや,リスト公開によるゲームプランの立てやすさを利用し,攻めたマリガンを実行したい。トロンの成立によるバリューは,それを肯定してくれる。
そして,サイド後は逆に,トロンの成立を重視しないことによって,マリガンの基準/回数を下げたい。これは,相手に対策カード等の存在を意識させることでゲーム展開を遅らせ,カードの枚数差で勝つ展開を見て,だ。相手目線ではトロンを土地コンボと捉え、その対策がサイドボード後には増えるのが一般的だろう。
【緑トロン】相手に《血染めの月》を貼って安心したところ,素出しの《ワームとぐろエンジン》や《忘却石》に圧殺される展開は,モダンプレイヤーなら誰しも経験があるだろう。
モダンを勝ち抜くうえで求められる,相反する二つのマリガン基準。これを,カードでのサイドボーディングをせず、マリガンの基準/回数のみをコントロールさせることで、メイン戦とサイド後でデッキの質を変容させることが可能な構造を作る。
そしてそのマリガンコントロール基準は,トロンの成立を狙うか否か,だ。繰り返すが,デッキの構成は変えずに,である。
この点こそが,【ハンドシェイク型】の優れた点であり,現在のモダンで勝ち抜いた条件だと思う。トロンの成立を狙わない判断という,カードを用いない選択肢,いわば16番目のサイドボードとして機能している。他のデッキよりも,プランが最初から一つ多いのだ。これはもう一人の相棒だ。
サイドボーディングで散々言われる「サイド後にデッキのバランスが崩れる」ということが,【ハンドシェイク型】のトロンではほぼ起こらないということだ。何せカードの入れ替えがほとんど起こらないのだから。《カーン》のウィッシュボードも選択肢が狭まらず,出力が落ちない。
ここでようやく,《森の占術》が3枚の理由が分かる。《森の占術》のように限定的な役割しか持てないカードでは,この画期的で可変的なデッキ構造を歪ませてしまう。《森の占術》は,メイン戦でしか有効に機能しない可能性が高いからだ。
《古きものの活性》ではなく《森の占術》を削ったの納得だ。《活性》は,上記のメイン/サイド後のどちらのゲームプランにもアジャストできる性質を持つが,《森の占術》ではそうはいかない。
(ちなみに,ハンドシェイク型のトロンプレイヤーが,《森の占術》で《ウルザの物語》を持ってきた回数は0回だった。《森の占術》はあくまで,トロンの成立と《母聖樹》のサーチとみなしていたのだろう。)
ひとえに《大いなる創造者,カーン》というカードの特殊性がなせる技ではあるが,メイン戦/サイド後におけるマリガンの比重の違いが数字上から見てとれ,《森の占術》を減らすことに繋がっている,と考えられる。
まとめ:なぜ《森の占術》は3枚か?
①トロン無しでもゲームを掌握できる
具体的には,《一つの指輪》《大いなる創造者,カーン》《ウルザの物語》の3枚。簡単なようで,まずこれが一番難しい判断だったように思う。これらのカードがゲームに与える影響を正しく評価できないと,「トロンを無理に成立させなくてもよい」,という前提が崩れるからだ。
特に,《大いなる創造者,カーン》を評価している点が大きい。カードによるサイドボーディングを最小限にすることで,ウィッシュボードの枚数も十分に取れ,結果的に《カーン》の出力を最大限に引き出せている。
②サイド後のプランに合わない
特にサイド後は,トロンの成立を無理に目指さないため,他に役割を持ちにくい《森の占術》はそのプランに合わない可能性がある。トロンを揃えようとして,対策カードに嵌る展開を避けることもできる。
③枠を空けられる
《森の占術》を減らせば,《彩色の星》も枚数が減らせる。従来のトロンからいくつかの枠が空く計算だ。この点は,序論で引用した市川ユウキ氏の論とは順番が逆だと考えている。
今回で言えば,《四肢切断》3枚,《歪める嘆き》《反発のタリスマン》がその枠に収まっている。トロンの成立を無理に目指さなくてよいなら,《森の占術》のようなカードよりも,除去やカウンターで相手を捌いて《指輪》《カーン》に繋げばよい。
《反発のタリスマン》は,このデッキを象徴する1枚だと思う。トロンの成立ではなく,指輪》《カーン》で勝つ意志の表れだろう。
これは想像だが,《森の占術》の4枚目を《反発のタリスマン》に変えたのではないだろうか。
以上。実施された大会のデータをもとに様々な角度で論じてみた。Team Handshakeのメンバーは試行錯誤的に調整した過程で,《森の占術》は3枚がベストだという感覚にたどり着いたのだろう。勝っている要因を数字で検討すると,上記に挙げた《森の占術》3枚の利点がある程度見えてきた。
後から,膨大な数字を使ってからあれこれと言うのは簡単だ。だが,事前の段階において,限られた調整時間の中でこの結論にたどり着くには,チーム間での密なコミュニケ―ションあってのものだったのだろう。
素直にあっぱれ,だ。
終わりに
《森の占術》1枚分の差から,現状のモダンを勝っているデッキの先手後手の差異,マリガンの在り方,メイン戦/サイド後のゲームの捉え方の違いを,可能な範囲の数字で表現してみた。
モダンというフォーマットは,歴史もあり,広大で自由だ。
Tierの上位に位置するデッキからオリジナルのデッキまで様々だろう。昨今は,モダンホライゾンを始めとする特殊セットによって,随分と環境は変わり,同じような面々と構成に絞られてきた印象を受ける。
それでも,既存の構成に拘らず,今を勝っているデッキの条件に着目してみることで,新しい発見はあるものだ。
従来は必須とされた《森の占術》を減らすのと同じように。
イノベーションの道は,どんなデッキにも,いつでも開かれているのである。
モダンを楽しもう。
以上になります。
最後まで拝読頂き,ありがとうございました。
有料部分には,今回の記事執筆にあたり作成した,プロツアー「指輪物語」フィーチャーマッチ全80ゲームの量的データを置いています。
分析云々はもちろん,単に眺めて,「BuddeもNassifも全然マリガンしてないやん!強すぎ!」「Calcano,ナチュラルトロン多くない・・?」と楽しむのも一興です。ぜひともお楽しみください。
それでは,また。
ここから先は
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