ワンダーランドのみるゆめ
あおいあおいそらから、やわらかなひかりがそそぎはじめたあさのことでした。
どういうわけか、わたしはひとりおおきなくさっぱらのまんなかにたっていて、くさのつるぎはちへいせんまでひろがっていました。そらにはくもひとつありません。わたしはなぜじぶんがここにいるのかをかんがえました。ふしぎなことに、いくらかんがえてもなぜわたしがくさっぱらにいるのかということがわからないのです。わたしは、ひょっとしたらいま、じぶんはゆめをみているのかもしれないとおもいました。ほっぺをつねってみました。ちっともいたくありませんでした。ゆびにはもちもちとしたかんかくがのこっていて、いまわたしがいるせかいがゆめのなかなのか、はたまたそれはちがうのか、よけいにわからなくなってしまいました。
わたしはくさのなかをあるきました。おだやかなかぜがふいていました。このせかいにはなつとかはるとか、そういうものはないのでしょうか。かぜをたどっていけば、なにかがわかるきがしたので、わたしはかぜにたずねました。
「かぜさん、ここはいったいどこかしら」
かぜがやみました。わたしがめんどうなことをきいたせいで、かぜがすねてかえってしまったのだとおもい、わたしはすこしかなしくなりました。ちへいせんにむかってしばらくあるいていると、わたしはすっかりつかれてしまい、くさっぱらにたおれこんでしまいました。すると、そらがなにかへんなことにきづきました。あおいそらにはくもひとつないのに、たいようがありませんでした。わたしはそれにとくべつびっくりすることもかなしむこともなく、ただしぜんとやってくるねむたさをかんじていました。もしもここがゆめのなかなら、わたしはゆめのなかでもゆめをみるのでしょうか。そらのひかりはどこからやってきているのかかんがえているうちに、どんどんまぶたはおもくなってきて、
めをさますと、わたしはいつのまにか、かわのどてによこたわっていました。わたしがからだをおこしてめをぱちくりさせていると、とおくのほうからへんなぼうをもったこどもがこっちにはしってきて、めをきらきらさせながらはなしかけてきました。
「おまえ、このむらのもんじゃないなー。どこのむらからきたんだー?」
よくみると、こどもがもっているのはたけのつりざおでした。かわにさかなをつりにきたのでしょうか。
「わたしはむらからきたんじゃない」
わたしをみるこどものめつきがかわりました。わくわくのまなざしから、おそれるようなつよいまなざしにかわりました。
「よ、ようかいだぁー!」
こどもはそれだけさけんでから、いちもくさんにわたしのもとからにげていきました。かわべりにひとりのこされたわたしは、ひどくがっかりしました。とはいっても、こどもにようかいだなんだといわれたからというより、こどもからなにかこのせかいのことをきかせてもらいたかったのに、といういみでのがっかりでした。それと、そらがどんよりとおおきいくもにおおわれていることにきづきました。それはよくみると、ひとつのおおきなくろいくもでした。
わたしがそらをみあげていると、せかいのけしきにもやがかかったように、そらいがいのすべてがりんかくをうしないながら、ほかのなにかのふうけいとまざりあっていることにきがつきました。わたしはこわくなってめをつむりました。やはりここでも、ほんのかすかのかぜもふいてはいませんでした。
めをあけると、わたしはうみのみえるばしょにいました。ちょっとしっけをふくんだかぜが、わたしのほほをなでました。おおきくてふしぜんなほどしかくいいしが、うみになげこまれたようなばしょに、わたしはたっていました。わたしはてをついて、いしからかおだけをのりだすようにして、うみをながめました。てをうんとのばしても、ぬれないぐらいのきょりがありました。うみはとてもくらくて、そこがみえないようになっていました。うみはきまったうごきでいしにぶつかっていて、ときどきぱちゃ、とわたしのかおにとどくほどたかくにしぶきをあげるのでした。すぐにうみをみるのはあきてしまって、わたしはみをのりだすのやめると、そのばでくたびれたようにすわりこみました。そらはまだ、いちまいのくものせいでくらいままでした。ふと、わたしはうしろがこわくなってふりむきました。
わたしがふりむくとすこしとおくに、はいいろのおおきなはこやはしらが、おしろのようにいくつもつれだっているのがみえました。はしらにもほそいものとふといものがあって、ふといほうのてっぺんからは、ひるまのまっしろなくものようなけむりがたちこめて、しかしすぐにかぜにながされきえていきます。それらからひとくぎりあいだをあけて、さかなのほねのようにすっからかんのはしらが、たるんだいとのようななにかをさんぼんもだしていました。それはよくみると、すっからかんなほかのはしらとつながっていて、それもまたべつのはしらにいとのようななにかでつながっていて、いままでみてきたけしきとはあまりにもかけはなれているようにみえました。それがとてもへんなので、ついわたしはわらってしまいました。ひとしきりわらったあと、きゅうにわたしはこのはいいろのはこやはしらがいっせいにおそいかかってきたらどうしよう、とかんがえました。はしらやはこはわたしのなんばいものおおきさですし、もちろんわたしよりもぜったいにおもいことにもまちがいはありません。わたしはおもわず、こわくてめをとじてしまいました。
おそるおそるわたしがめをひらくと、こんどはわけのわからないわしつのなかに、わたしはたっていました。しっけたうみかぜはいつのまにかなくなっていて、あたりをみわたすとかけじくやにほんとうがへやのかべにひっかけてあって、なかなかのふんいきがありました。あいにく、このへやにはまどやえんがわといったものがなく、こころのどこかできになっていたそらのようすをしるすべはありませんでした。どこかのへやにつうじているはずのふすまには、うすくしみのあとができていて、あしもとをみるとふたつのざぶとんがあいだをあけて、むかいあうかたちでおいてありました。だれかがこのへやにくるのかもしれない、とわたしはおもいました。
わたしは、このおやしきはいったいなんなのだろうとおもいました。いえ、もっともこのたてものがおやしきであるというかくしょうなど、どこにもありませんでした。それとどうじに、わたしはここでだれかをまっているようなきもしました。このへやをでようかまよっていたところで、へやからふるっぽいかみのにおいがすることにきづきました。けっしていいにおいとはいえませんが、べつにきにさわるようなにおいではなかったので、へやをでることのりゆうにはなりませんでした。すると、だしぬけにふすまがあきました。ふすまをあけたのは、わたしとおなじくらいか、いやわたしよりもいっそうおさない、わふくのおとこのこでした。ろうかのちゃいろいかべがおとこのこごしにみえました。
「どうぞすわって」
おとこのこのこえがとてもひくかったので、わたしはおどろきました。うながされるまま、わたしはふすまからはなれたほうにあるざぶとんにこしかけました。おとこのこはこのおやしきもどきのしゅじんなのでしょうか。
「ここはどこですか、あなたはだれなんですか」
わたしはたずねました。すると、おとこのこはしんこくそうなかおをしてこういいました。
「きみは、ほんとうにじぶんのことがわからないのか?」
おとこのこのいうことのいみがよくわかりませんでした。たしかに、わたしはなにものなのでしょう。かんがえたこともありませんでした。
「わたしはわたしです。それより、ここはどこなんですか。わたしはゆめをみているんでしょうか」
おとこのこはためいきをつきました。なんだかわたしは、このおとこのこのことをかなりまえからしっているようなきがしました。
「きみはそうだな、あのこにあったほうがいいだろう。きみはいま、とてもきけんなじょうたいだ」
「なんでそんなことをいうんです?」
わたしはむいしきに、おとこのこをにらんでいました。わたしはなぜか、どうしようもなくいらいらしてきました。
「いや、これはきみのためなんだ、きみはあのこにあわなくちゃいけない。じぶんじしんをとりもどすために」
「ここはどこなの!」
わたしはこえをあらげてしまいました。わたしよりちいさなこどもにさとされるのが、しゃくでたまらなかったからです。おとこのこはいまにもなきだしそうなかおをしていました。それすらも、わたしにはとてもはらだたしくおもえました。
「おちついて、これはきみの」
「うるさい!」
わたしはとうとうがまんならなくなって、おとこのこのはなしをさえぎってしまいました。おとこのこはなにかをぐっとこらえるようにして、わたしのほうにまっすぐな、でもどこかせつないまなざしをむけていました。わたしはとたんにむねがくるしくなって、いますぐここからにげだしたくなりました。
きがつくとわたしは、めをふかくとじていました。おとこのこのしせんは、めをとじてもなおかんじられました。
ゆっくりとわたしがめをひらくと、そこにはだだっぴろいさばくが、めのまえにひろがっているのでした。おとこのこも、おとこのこのおやしきも、ざぶとんもふすまもそこにはありませんでした。
はじめのくさっぱらとおなじで、ちへいせんのへりまですなのだいちがひろがっているのをみて、わたしはつまらないけしきだとおもいました。そらをふとみあげるとくもはかんぜんにはれていて、そのかわりにとてもおおきなたいようがわたしのことをみおろしていました。それはいままでみてきたどのたいようよりもおおきく、うみべでみたあのはいいろのようさいでさえ、いともかんたんにのみこんでしまえるようなほど、まぶしくておおきなたいようでした。どうじに、やけるようなあつさがからだをしはいするのがわかりました。からだからあせがふきだしてきそうなほど、まるでおとこのこからにげたわたしをせめるようにはげしいひざしがてりつくのです。わたしはこのあつさにはかなわないとおもい、まためをとじました。
しかし、めをあけてもそこにあるものはおなじさばくでしかなく、すなのいろやたっているばしょがかわるだけで、たいようはまだおおきいままでした。わたしはひどくあせりました。なぜ、さっきまでできたことができなくなっているのでしょう。わたしはひたいのあせを、うでのあせでぬぐいました。
なんどふかいまばたきをくりかえしたかわかりません。さばくでないばしょへいきたいと、ただそれだけをねがいながらなんどもなんどもまばたきをくりかえしました。おとこのこのことも、かわべりのこどものことも、もうすっかりわすれてしまっていました。
あつさのせいで、とうとうあいまいになっていくいしきのなかで、わたしはあのおとこのこのことばをおもいだします。
「きみはあのこにあわなくちゃいけない」
おとこのこのこえがとおくきこえます。それがわたしのあたまのなかでひびいているのか、それともほんとうにおとこのこがとおくでさけんでいるのか、なにもかもがわかりません。そらはかなしいほどにすんだあおいろでした。