賢い「彼」を眠らせる
雨の音がする。
スマホの脇のボタンを押す。
電源が落ちる。
四角い箱が真っ暗になる。
すると、世界の”ざわめき”が遠のく。
電源をつけている間
四角い彼はよく喋る。
白く光るその顔から、絶えず”情報”を喋っている。
その”情報”が持ち主にとって有益か無益かは関係ない。
ひたすら”言葉”を喋り続けることが、彼に与えられた役割なのだ。
彼は、悪じゃない。
とても便利なもの。わたしたちの生活を繋げてくれるもの。
でもその尽きることのない大量の”言葉”に触れ続けていると、
わたしの中がちょっとずつ狂っていく。
なにが大切で、なにが大切じゃないのか、判断ができなくなる。
気づかぬうちに身体を蝕んでいく病気みたいに。
だから私は、彼を怖いと思う。
怖いから距離をおきたくて、時折電源を落として彼の口を塞ぐ。
すると世界が、すこし 静かになる。
ポツポツ…ポツポツ…ポツポツ…
雨の音がする。
ちいさくてやわらかな雨。
この前出会った詩は、とてもすてきだった。
わたしはどれだけ知っているのだろう?
賢い彼が決して伝えられないものを。
花の匂いを。本物の雨の音を。あの人の心の傷を。
黒いスマートフォンは机の奥にしまおう。
君はすこし眠っておいで。
この雨がやむまで。
わたしが君の”言葉”を、必要だと思うまで。
2024/05/07