岡本喜八

本日は、『新世紀エヴァンゲリオン』や
『シン・ゴジラ』などの人気映画を
世に送り出してきたことで知られる
庵野秀明氏が、多大な影響を受けたとされる
映画監督・岡本喜八氏の貴重なお話を
ご紹介いたします。

(『致知』1994年7月号より)


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「ディレクターズチェア」

  岡本喜八(映画監督)

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仕事というものは楽しく行ってこそ
よい成果をあげられるのではないだろうか。

こと映画に関していえば、
つくり手が楽しくやらないと、
受け手である観客は楽しんでくれない。

そのために私は2つのことを心掛けている。


まず1つ目は、準備を徹底的に厳しく、
辛くやっておくということだ。

映画づくりというものは
「個」から始まり「集団」の作業をし、
また「個」に戻る。

私は、そう考えている。

最初の「個」は、脚本やコンテをつくる作業。

「集団」は、いうまでもなく撮影現場。

そして、最後の「個」は
完成された1つの作品である。


その最初の「個」を徹底的に行うことが、
次の集団作業を円滑に、かつ楽しくさせる。


脚本の行間を埋めるのがコンテであり、
コンテとコンテの間を埋めるのが撮影である。

だから、脚本やコンテには推敲に推敲を重ねる。
いく晩も徹夜を重ねる。

それが現場を楽しく、充実させてくれるのだ。


もう1つ、現場を楽しくさせるために
心掛けているのは、監督である私が
常に他のスタッフと同じ状況のなかで
仕事をすることである。

みんなが雨に濡れたら自分も濡れる、
泥んこのシーンでは監督も泥んこになる。

『沖縄決戦』という映画で、
司令官と参謀長、高級参謀が
戦場で作戦会議をするシーンを撮った。

すぐ横で爆撃が行われている。

そのシーンを撮る直前、
参謀長役の丹波哲郎さんが
不安そうに打ち明けてきた。

「監督、オレ、爆発に弱いから、
  台詞を忘れちゃうかもしれないよ」。

こんなとき、現場の責任者は
自分がまずやって見せなくてはいけない。

自分がしっかり前準備した通り爆発を起こし、
丹波さんより前に立ち、
安全を証明して見せることで、
安心して演技していただくことができた。

映画撮影チームくらいの人数では、
責任者が常に危険に対して
矢面に立つことは大切ではないだろうか。

40人や50人くらいのチームでは、
リーダーが楽をすると、
たちまち全体の雰囲気に影響する。

人間関係が悪くなる。

私は、その一つの目安として、
ディレクターズチェアに座らないことを
心掛けている。

ディレクターズチェアというのは、
カメラの近くに置かれている
監督用の折りたたみイス。

監督はこれに腰かけ、撮影の指揮をとる。

しかし、私は座らない。

まる一日続くハードな撮影で
みんなが腰をおろしたいと思ったとき、
監督だけが偉そうに座って、指示をしていたら、
どうだろう。

少なくとも私は、
そういう状態でもチームワークを維持し、
いい作品を撮る自信はない。

ずっと立ち続けることも監督の仕事。

それを座らなくては
撮影できなくなるようでは、
体力だけでなく、おそらく感覚的にも
古くなっているのではないかと思う。

私のやり方、心掛けが
必ずしもすべての人にあてはまるものとは思えない。

しかし、私に関していえば、
こうした心掛けがあったからこそ、
70歳を迎えたいまでも、
映画をつくり続ける体力と感覚、
そして人間関係を維持できているのではないかと思う。

映画監督の仕事の9割は
人間関係を大切にすることなのである。

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