【モデル制作者さんに伝えたいこと】 Basil mix と、 Dreamlike のライセンスについて

先日、画像生成AIであるStable Diffusionの派生モデルのライセンスに関して、2つの事件が立て続けに起こりました。後者の経緯は鎖城郎郭さんが詳しく書かれています。

この2つの経緯については、モデルを公開する方にはぜひ知っておいてほしいです。ここでは、そのとき問題となった2つのモデルのライセンスについて、私の考えをメモしておきます。
※注: 筆者は法律に関する資格を持ちません。この記事の見解が正しいとは限らないので、法的な問題については必ず専門家の意見を聞いてください。

1. Basil mixについて

経緯

多くのStable Diffusionモデルのマージ元として使われているbasil mixですが、下記のとおり、ライセンスが変更されました。

  • 2023/4/17 LICENSE.mdが追加された。CreativeML Open RAIL-Mに下記が追加されている。

    • 4. 内: 「完全に非営利」の場合のみ使用可能(これは一般的な商用利用より範囲が広いと解釈できます)

    • 4. 内: 「完全に非営利」の場合のみ使用可能という制限は派生物(マージモデルなど)も含む

    • 13. (追加) 作者(ライセンサー)はいつでも一方的にライセンスを変更できる

    • 14. (追加)作者はいついかなる理由でも一方的にこのモデルや派生物の利用を停止・禁止できる

元は "openrail" と表示されていたので、これは事後変更です。事後立法と同じで、約束(ライセンス)の変更前にやったことを、変更後のルールで縛ることはできません。これができたら法治国家ではありません。
極端な例で言うと、「利子5%でお金を貸すよ」と言ってお金を貸し、返すときになって「やっぱり利子10%で返してね」というのと同じです。
よって、過去に行われた行為にこの変更をさかのぼって適用する義務はありません。

作者さんは、これに関し、下記のような主旨の発言をされています。
(ご本人のTwitterより、意訳)

  • 法的にはそうなんじゃないかと思うので、モラルの問題

  • 個人が設定したライセンスに法的拘束力はなく、せいぜいガイドライン程度の意味しかない

これには明確な誤りと、言葉足らずの部分があります。

まず、明確な誤りとして、たとえ個人が設定したものでも、ライセンスは強力な効力を持ちます。ガイドライン程度ではなく、ライセンスによって利用者には義務が生じます。個人が大企業を訴え、多額の著作権料を得ることだってできます。

言葉足らずだと思う部分は、「モラルの問題」というところ。私の考えは下記です。

モラルに反すると私が考える行為の例

  • 「制限事項」に反する悪用(ライセンス違反ですし、一部は法律違反です)

  • 上記、追加された13. 14. 項は非常識な(無理やり行使しようとすると違法になり得る)ほど強権的な条項であるにも関わらず、それらの条項について利用者への説明を怠っていること(ただし、おそらく作者の方はDreamlikeのライセンスをコピーして使っただけで、悪意はないものと思われます)。

  • 厳密には、過去に複製したものや過去に作成した派生物は、変更後のライセンスに従う義務はありません。これを根拠に「将来行う行為(新たに派生物を作る場合など)においても、変更後のライセンスに従わない」というのは、作者のお願いを無視しているという点で、ややモラルに反すると言えます。ただ、それによって大きな不利益を被るような場合は、従わない行為には正当性があります。それらの区別なく「モラルの問題」とだけ説明するのは、多くの人を不要な罪悪感に陥れる点で誠実ではありません。

モラルに反するとは言えないと私が考える例

  • 過去のライセンス表示に基づいて派生物を作って公開した人の立場で考えます。ライセンスを事後的に変更することは、前述の通り、事後立法のように基本的に認められない行為です。
    なので、自分が公開している派生モデルも、今さらライセンスを変更するわけにはいきません。変更する義務もないです。変更すれば、自分が事後立法をする立場になってしまうからです。すでに派生物(の派生物)が沢山の人に使われている場合、影響が大きすぎます(バージョンアップするなどして、新しいバージョンに新しいライセンスを適用することはできます)。
    この境遇で、自分の作った派生物のライセンスを変更せずに公開を続ける行為は、全くもって正当です。モラルにも反しません。逆に、相手に不利益になるライセンス変更を強要する行為は法的に認められません(日本法では民法の定型約款規制によります)。

  • 過去のライセンスでは元のOpen RAIL-Mで商用利用が許可されていたので、その約束に基づいて有償での出版などを行っていた行為には正当性があり、モラルにも反しません(ただし、これは作者さんの考えと異なるでしょう)。また、出版などに既に多くのお金や労力を使っていた場合、出版停止には損害(労力が無駄になることも含む)が伴います。前述のとおり、このような不利益を利用者に強要するライセンス・規約などの変更は基本的に法で認められません(前述のとおり)。

私の見解

上記はあくまで私の解釈・考えです。しかし、作者の方の「モラルの問題」という発言だけを鵜呑みにして、傷つかなくても良い人が罪悪感から傷ついたり、萎縮しなくてもよい人が萎縮したりしてまうことを、私は望みません。
「モラルの問題と言っただけで、そこまで言っていないだろ」「勝手な解釈だ」と言われるかも知れません。でも私は、「私はモラルに反しているのかな……」と、罪悪感から傷ついてしまった派生物の作者さんを既に何人か目にしました。

また、ライセンスがいつでも事後的に変更可能だという誤解が広まってしまうと、誰もライセンス表示を信じられなくなり、利用者、特にモデル公開者は一方的に多大なリスクを負うことになり、画像生成AIの開発そのものが萎縮してしまいます。そんなことがあってはなりません。
そのため、今回の変更に影響を受ける人は、このような意見があるのだということをぜひ知っておいていただきたいです。

2. Dreamlike 系列のライセンスについて

概要

Dreamlike-*** と名前のついたモデルは、CreativeML Open RAIL-M を改変した、独自のライセンスを採用しています。Dreamlikeは優秀なモデルで、あのChilloutMixもDreamlike系のモデルをマージしています。

このライセンスにはとんでもない条項が2つあります。

  • 13. 作者(ライセンサー)はいつでも一方的にライセンスを変更できる

  • 14. 作者はいついかなる理由でも一方的にこのモデルや派生物の利用を停止・禁止できる

13. は、上で触れた「事後立法」のようなことを認められる権利を主張しています。もちろん、合理性がなければそんなことは法的にも認められませんが、作者はそれを主張しているのです。

14. は、まったく問題のない合法な利用の範囲で、非商用で、趣味の範囲で利用していたとしても、あらゆる使用をいつでも禁止できる権利を主張しています。これが有効なのか私は法の知識を持ちません。消費者保護法や不当契約条項によって無効化される場合もあるような気がしますが、法律家ではないので詳しいことはわかりません。とにかく、作者はその権利を主張しています。

もし上記が両方認められたらどうなるでしょうか?
たとえば、ある日突然全世界での利用を禁止し、利用し続けた人たちから一律$10,000を徴収する、みたいなことを要求できてしまいます。もちろんそんな要求は法的に無効だと考えられますが、作者がそんな権利を主張しているものをだれが使いたいと思うでしょうか?

前文の削除

また、興味深いことに、Dreamlikeのライセンスからは、CreativeML OpenRAIL-Mライセンスの「前文」が全て削除されています。
「前文」の要約はこうです。

生成AIは素晴らしいものだけど、悪用もできてしまう。私たちは、生成AIのオープンな発展と、それを悪用しない責任のある利用両立できると信じている。このライセンスでは、そのためのルールを定めました。

CreativeML Open RAIL-M 前文の筆者による要約

これが、Stable Diffusionを無償で公開した人たちの理念であり、哲学です。私はこの理念は素晴らしいものだと考え、共感しています。

それをわざわざ、「意図的に削除」しています。いったいどういう考えなのでしょうか。「オープンで責任あるAIの利用?そんなもん無えよ!」という意思表示なのでしょうか。作者の考えは、私にはわかりかねます。

とにかく、作者が何を目的にこんなライセンスを書いたのか、全くわかりません。使うこと自体、リスクが高すぎます。ライセンスにこのような条項が含まれるモデルは、いかなる理由があっても使わないことをおすすめします。

そして、残念ながら、Basil mixにも同じ条項が存在します(前文が削除されているところも同じです)。

3. 個人的な使用非推奨モデル

下記は、ここまでの経緯から、私が商用/非商用にかかわらず、使用リスクが高く、使わないほうがよいと考えるモデルです。

A. まずやめといた方がいいもの

  • Dreamlike系モデル

  • Dreamlike系モデルの派生モデル

  • ChilloutMix(Dreamlikeの派生なので)

  • ChilloutMixの派生モデル(Dreamlikeの派生なので)

  • ライセンス変更以降にコピーされたBasil mix(Dreamlikeの13. 14.と同じ条項が含まれるため)

  • Basil mixを(いつコピーしたかにかかわらず)商用利用すること(これは作者さんが、かなり明確に、商用には使わないで欲しいという希望を明確にされているためです。)
    ※一般に、寄付を募ることや、コンテストの賞金をもらうことは商用利用や営利目的の利用には当たらないとされることが多いですが、「完全に非営利」と書かれているので、それらもやめておくべきでしょう。

B. 個人のスタンスによると思うもの

  • ライセンス変更前にコピーされたBasil mixの非商用利用

非商用なら自由に使えると作者さんが言っているのだから、当たり前に使えるのでは?と思われるかもしれません。
これは今回作者さんが、過去にさかのぼって商用利用禁止ルールを適用されることを希望されたことをどう捉えるか?によると思います。「今後、さらに制限が加えられるかもしれない……」という不安がある人は、使わない方が良いと思います。

逆に、作者さんをよく知っていて、作者さんを信頼されている方は何も気にすることはないでしょう(当たり前ですが)。

C. Basil mixの派生モデルはどうなるの?

Basil mixの派生モデルはさらにややこしいです。派生モデルの作者の意向によって変わります。

i) ライセンス変更後に作成されたBasil mixの派生モデル
→使用非推奨です。(Dreamlikeと同じ条項を含むため)

ii) ライセンス変更前に作成されたBasil mixの派生モデルのうち、派生モデルの作者がBasil Mixのライセンス変更に合わせてライセンスを変更したもの
→個人的に、非商用であっても使用非推奨です。(Dreamlikeの13. 14.と同等の条項が継承される可能性が高いため)。

iii) ライセンス変更前に作成されたBasil mixの派生モデルのうち、派生モデルの作者がBasil mixのライセンス変更に合わせてライセンスを変更しないことを明言しているもの。
使って構わないと思います。派生物の作者が遡及的ライセンスの適用を明示的に拒否しており、それは正当な権利として認められるためです。ただし、Basil mixの作者さんの意図を尊重される方は、商用利用は避けましょう。

iv) ライセンス変更前に作成されたBasil mixの派生モデルのうち、Basil mixのライセンス変更に合わせてライセンスが変わっておらず、その理由が特に明言されていないもの。
→「将来変わるかもしれない」ので、気にされる方は商用・非商用を問わず使用しない方がいいと思います。なお、作者がスタンスを明確にしていなかったとしても、「ライセンスを変えるのか?変えないのか?」と派生物の作者さんに回答を迫ることは、作者さんを精神的に追い詰めることになるので、すべきではないと思います。もし、作者さんご本人と親しい方で、どうしても気になる場合は、鎖城さんの記事と私の記事を教えてあげた上で、優しく質問してあげてください。

ややこしすぎてわけわからんし、何が何の派生物かなんて追い切れないんだが??💢💢💢

その通りで、このような混乱が起きるため、ライセンスを過去にさかのぼって変更しようとしてはいけません。
もしOSSでそんなことをしても誰も相手にしないのですが、生成AIは新しい分野ですから、知識がない人も沢山います。ルールが不十分な部分もあります。だからこんな混乱が起きてしまいました。

モデル公開者さんは、公開時にどのようなライセンスにするのか、よく考えて公開してください。自分が意図しない使われ方をされないように、自分が不当な責任を追求されないように、自分の身を守ってください。

じゃあどれ使えばいいの?

2023/4/26 別記事に分けました。下記記事をご覧ください。

余談

ちなみに、Basil mix や Dreamlike系のライセンスは前文が削除されているため、元ライセンスのコピーが提供されていないことになり、ライセンス違反の再配布となります。このように、ライセンスに違反した再配布には自動的にCreativeML Open RAIL-Mが適用される(4. d.)ため、理論上はCreativeML Open RAIL-Mになってしまいます。
Basil mixのライセンス違反状態は作者さんの意図したものではないと思うので、作者さんの公開されているライセンスに従うべきです。
ただし、モデル公開者さんはライセンス違反の再配布にならないよう、気をつけましょう。万が一、訴訟になったときなど、自分のライセンスを主張できなくなる可能性が高くなります。