村田沙耶香、生命式

子供のころ祖母の家でいとこと夕飯を食べていた。おかずにオカラが出た。いとこに、「なぁ、オカラってどうやって作るか知ってるか」と聞かれ自分は素直に「分からない」と答えた。

いとこが言うに「まずな、婆ちゃんがオカラの材料を一種類ずつ口の中に入れんねん。そいでくっちゃくっちゃよく噛む。婆ちゃんの口のなかで唾液と混ざって粘りけが出てくるやろ。ええ感じになったときペッと吐きだす。それがオカラやねんで。婆ちゃんはそうやって丹精こめてオカラ作りよるねんで」

絶句した。自分はそれ以来オカラに対して必要以上に構えるようになった。

時がたって徐々にオカラが普通に食べられるようになったが、未だに見るとその話を思い出す。いとこの冗談だと分かっていても、オカラと婆ちゃんの口がセットになって記憶にしつこく定着している。

また、婆ちゃんはよくぬか漬けをこしらえていた。自分は薄暗がりにあるぬか床で婆ちゃんが作業するのを見るのが好きだった。とてつもない臭気を放つぬか床に婆ちゃんの皺くちゃな手がズブズブと入っていく。やがて何かを掴まえた婆ちゃんの手がニュっと出る。その手にはよく漬かったキュウリやナスビを握っている。サッと水洗いしてタタタンと切ってくれる。これがまた美味い。ご飯によく合い、ついつい食べすぎてしまう。きっとぬか床には婆ちゃんの手垢やら汗やら常在菌が混じっているんだろう。だからあんなに臭いんだ。でも、それらが積もり積もって幾星霜。醸しだすこのなんとも言えぬ味! むしろプラスに働いているじゃないか。

他にも和歌山の名産、サバのなれずしをたまに作ってくれた。これもクサいけど旨い。なれずしは嫌いな人はとことん嫌う。なかにはニオイは無理だが味は…などと言って鼻をつまみながら食う曲者もいる。そうした発酵食品を好む自分を見て婆ちゃんは「あんたは将来、酒呑みになる」と予告した。

さて村田沙耶香さんの生命式を読んでいる。読みながら、よくこんなことを考えつくなと思った。『人口減少が急激に進む社会。そこでは故人の肉を食べて、男女が交尾をする新たな"葬式"がスタンダードになっていた。』表題作はまさに人を食ったような話だ。実際に食べている。他にも著者が自選した食にまつわる全12篇が収録されている。

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