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Landreaallの話をしよう[Landreaall/おがきちか]

面白かった~~~~~~~~!!
開口一番なにが?って感じですが、「Landreaall」最新刊まで読み終わったんですよ!

昨年6月頃にタイムラインを流れてきた熱意溢れる紹介ツイートが目に留まってからぼんやり興味があって、年末に最新刊が発売させると聞いたためこれも何かの機会と一気に購入。結構ボリュームあるしじっくり楽しむか~~~と思っていたのに、気が付いたら刊行分を読み終えそのまま38巻特装版を予約

やっぱりいい物語は人生を豊かにするなぁ…などと、業務に忙殺されながら感慨に耽った年末でした。

さて、世間話で場が和んだところで前置きもそこそこに感想を書いていく…その前に改めて読み直したんだけど、いくらなんでもこのマンガ面白すぎないか!??

火竜編

出典:おがきちか「Landreaall:1」https://bookwalker.jp/de248a806c-a19b-4d58-9df5-83c8ca4dcfd8/

「ここはエカリープ  歌う樹が護る街
街の住民なら皆知っている20年前の冒険譚とロマンス
魔の山の火竜を退治したっていうその噂について当事者―両親は多くを語らない
同じ頃に王都で起こった革命と関係があるのかもしれない――ないのかもしれない」

そんな語りから幕を開けるLandreaallの物語。序章となるのがこの「火竜編」です。
「辺境のエカリープ領を治める領主の嫡子『DX・ルッカフォート』は両親が出会った切っ掛けであり、火竜を封じるために肉体を失った洞詠士の『マリオン』に恋をして、彼女を救うべく旅に出る」という、王道なロマンスの導入が心地いい…。
最初に目を惹きつけるのは、なんといっても主人公DXのキャラクターです。飄々として何を考えてるかよく分からないぼんやりとした男…それが第一印象ですが、もちろんそれだけではない。1,2話では彼の掴み所のない様や降りかかる火の粉を払える底の見えない強さ、あと面倒ごとを回避しようとするものぐさな面、1話でマリオンに告白し「きっと君を呼ぶ」と叫ぶ鮮烈さが伺えますが、続く3話、竜の手がかりを求めて近隣の「バチカン公国」公主のウールンに謁見するくだりで思わずおおっ?となる。

「領主の嫡子として申し分ない立ち振る舞いをしている」「外交の初歩を理解している」描写に加えて「公主に物怖じせず、かつなるだけ上品な言い回しで妹のイオンを侮辱したことを非難する」など、自由人なだけではなく、確かな教養が身につけられている上流階級の者でもあるギャップが静かに描写されているのが、なんとも言えない品の良さを覗かせる!俺はこういう、状況に応じて敬語やマナーを「使える」飄々とした男に弱いんだよ…!
更に、イオンが誘拐された際に、従者であり幼馴染の忍者・六甲に対して表情一つ変えずに怪しいのは誰か探るため的確な指示を出しつつも、気配を消した六甲に気がつかないことで焦燥してるとわかるさり気なさや、「もしイオンの誇りを汚すようなことがあったら、その場にいる全員を殺せ」と静かに命じるほどに妹を想っているのも好き。

そして、それらを引き立てるのが彼が抱く「騎士」の誇らしさ。武術に通じ徒手空拳の異様な強さを見せつけるDXが「剣が使えるのか?」と尋ねられた際の返しが、「公主 剣は人の命で重くなる。簡単には抜きません」
「ただし…命を軽いという者の命は軽いのです。斬っても剣を重くしない」
「そういう時には抜きます」

剣を使うことと命を奪うことに対して己の内に哲学を確立してるの格好良すぎないか!??さらにこれ、番外編で父親のリゲインが若かりし頃のエピソードを踏まえると「リゲインの人生が教えとして息づいている…!」と揺さぶられます。主人公のキャラクターや魅力がこの短い間に叩き込まれるので否応なく好きになってしまう。
どこまでも自由な傭兵と気品に溢れる騎士の顔が自然に同居している、身近でありながら遠くにきらめくような憧憬を胸に浮かべさせる様が、私がDXに惹かれた理由でしょうか。

出典:おがきちか「Landreaall:1」144頁 https://bookwalker.jp/de248a806c-a19b-4d58-9df5-83c8ca4dcfd8/

この時点でDXが本名をさらりと明かしてるのも味わい深い。なんかフォントも変わって高貴な雰囲気あるし、偽名ってわけじゃないんだろうけどなんだこれ?くらいにこの時点では思ってましたが、聖名の設定や重要性が明らかになると「ある意味で利用しようとしてるウールンへ、それでも最大限の敬意と誠意を払っている」のが分かる、逆方向への伏線回収ともいえるロングパスに震える。そりゃウールンも惚れちゃうってこんなの。
この作品、こういう「情報がない時点では何気ないような描写が、後に明かされる展開を踏まえるとかなり重要なポイントとなる」のがちょいちょいあるんですよね…。

火竜編は3巻までの短いエピソードですが、その中でもDX、イオン、六甲の各キャラの人となりや、それぞれ相手に対して抱いている掛け替えのない感情や関係性(この後も幾度となく語られる六甲が滅私奉公する様とそれを諭すDX)など、この時点で確固として描かれているのがまた上手いですよね。1話でDXが六甲に言った「そういう時は、男と男の約束って言うんだ」が火竜戦で再話となる構成なんて、短編としても十分通じる完成度だと思いますし。

故郷に戻り、火竜との決戦を経たクライマックス。DXは愛するマリオンの魂と記憶、そして真の願いに触れ―今でもマリオンを待ってパンを焼く、彼女の想い人がいる故郷へ、封印される前の19年前の時間軸に戻す。マリオンが心の底から笑顔を浮かべられる日のために、DXは恋に破れるのでした。
これを見た時、思わず嘘でしょ!??と声がでてしまった。旅をして、危険を冒し命をかけてまで竜と戦った勇者にもたらされて然るべき報酬が、めでたしめでたしで幕を閉じるロマンスの結末はそこになかった。初めて触れる手と抱きしめる背中。愛しているのに、いや、愛しているからこそ振り払って想い人の幸せを祈る。
そのどこまでも清廉な精神と、本当は泣き出したいほどに切なくて仕方がないのに「ふられた!」とぎこちない笑顔を作りいつもの飄々とした様をみせる、やせ我慢な誇り高さにどうして心が揺さぶられないでいられようか…!

さらに、これが物語として完成度を高めるのは続く14話、「ありがとう」とサブタイトルが付けられたエピソード。
DXの元に届いたのは一通の手紙。「19年前に戻ったマリオンが、長い月日を経てDXが彼女を救った後に届くように合わせて送った手紙」には、救われた感謝、他の犠牲を払ったかと思うと恐ろしくて会いに行けないこと、幸せを祈っている文面が綴られていました。それ自体は別段いいのです。戦いを終えた騎士に贈られるささやかな報酬。愛した人の今日まで続く幸せを、己が護ったという証。

それが実は物語が始まる第1話に届いていたなんて誰が思うんだよ!!!!
たまたま予定より何日も早く届いてしまった手紙を、旅立つ前のDXは「己の恋路の結末」として読んでいた。DXはその恋が実り切る遥か前に花開くことのないものと知っていたのです。
このどんでん返しを踏まえると、それまでの言動や描写の数々に別の意味合いと、DXの心に通った一本の強固な芯が実体をもって浮かび上がります。
「俺は君の望みを知ってる――多分ね」と語り掛ける表情。
ウールンに「私には子供の頃から、大切に想っている女性がいます」と答え、決戦前に海老庵師父に「勝てるかどうかも分からないのに勝ってからのことに怯むのはよくないですよね」と吐露した言葉の真意。
マリオンの記憶に触れ「絶対に助ける」と誓った瞬間にわずかに落ち、次の瞬間には「絶対に」と真っすぐ前を向く、決意にみなぎった眼差し。

出典:おがきちか「Landreaall:3」144頁 https://bookwalker.jp/de7d856272-5bd7-4c89-a354-6556f1f69cef/

竜との戦いと想い人へ捧げる愛という、王道ファンタジーを舞台にしたロマンスの結末からほんの少しずらした展開から、さらに一捻り加えたこの幕引きの心を揺さぶる力にはとにかく感服させられました。DXの一途な気高さと、全てが終わり手紙を燃やしたあとの、六甲はおろか読者にも見ることのできないDXの表情を察して目からは思わず涙がこぼれてしまう…。

酒場でDXの失恋を揶揄する冒険者たちに、町の住民が怒りを露わにするのもまた胸に直接響くというか、いやもうこんな公子は俺だってファンになっちゃうだろ!!!!!と腕を巻くってしまうよ。

火竜を倒しても人生という冒険は続く。自分の目的のためイオンや六甲、多くの人々を巻き込んだことで己の小ささを認識してふさぎ込むDXに、「あなたが今大人じゃないからって、気に病まなくてもいいんじゃないかしら」と声を掛ける女性や、彼を王に推挙しようとするアニューラスに呼応するかのように、恋に破れた騎士の嫡子は立ち上がります。

狭い故郷からどこまでもひろがる世界に向けて旅立とうとするDXが、パンを「美味い」と頬張るラストシーンで温かいものが胸に満ちて救われた気持ちになるとともに、「誰ですか?ランドリオールの序盤はスロースターターって言ったのはよ…」と遠い目になるのでした。この先どんどんギアが上がっていくことなんて知る由もなく…。
というかもうこの段階で、恋に破れたDXがそうとは気付かぬうちに運命と出会っていたのがはっきりと明示されてるの凄すぎますね!?メイアンディアーーーー!!!!!


聖名編

出典:おがきちか「Landreaall:5」https://bookwalker.jp/deb0125668-b77f-4557-a71d-a3d6df229d67/

広い世界を見るためにDX一行が向かったのは王都フォーメリーが誇る王立学院(アカデミー)。そう、まさかの学園編です。中世ファンタジーから突然ジャンル変わってない!?大丈夫かこれ??と当初は思いましたが、そんなことは海に出たことのないカエルの杞憂もいいところでした。ここからがこの作品の真骨頂だ…!
住民からのエールを受けて(この冒頭だけでもちょっとウルウルきた)、王都に辿り着いたDXたち。そこで描かれるのは、エカリープではほとんど感じられなかった「身分の窮屈さ」。
辺境にいたころで目立たなかったものの、密かに王位継承権をもつDXが「火竜と戦い、勝利した」華々しい武勲を引っ提げ同年代の少年少女が暮らす学園に降り立ったことで、周囲からはひっきりなしに好奇の目を向けられます。お、王道展開~~~!
そして、同時に様々な身分のキャラクターが登場して物語を加速させていくのもまた新章突入を彩ります。外周フリンジ (治安が悪い、貧民街を思わせる地域)出身のフィリップ、DXと同じく王位継承権を持つティティ、豪商の息子で自分も商人として活動しているライナス、そのいとこで宝石職人の才能を持つルーディ、他国ウルファネア公子の竜胆をはじめとして、様々な思惑や因縁が絡み合った学園生活が幕を開けるわけです。よくよく考えたらこんなに面白いシチュはないよな•••!

で、ネームドからモブに至るまでやんごとない身分のキャラクターが集まった結果、彼らの文化風俗を反映したかのように、ちょっとした言い回しやキャラクターの仕草の中にエレガントな雰囲気が当然のように「そこにある」自然さが凄いんですよ!
イオンが騎士候補生のカイルと急接近して寮監のケリーに怒られるかと思いきや、「節度ある交友関係は乙女を乙女らしく、淑女を淑女らしくします!」と奨励される一幕が醸し出す華やかさだったり、大量に貰ったラブレターのお断りする返事が思いつかないからと花の蕾を入れてお返ししたDXに、女生徒たちが「このコルファの花の花言葉は『陽だまりの憩い』…」「『まだ太陽に向けて咲くことのできない花のようにあなたの暖かい気持ちに心を開くことができない』って意味ね!」「失恋の傷が癒えてないのかしら…。繊細な方なのね…」と陰で憧れを深める辺りの、勘違いギャグにも拘らず異様に上品な質感を生み出す手腕の秀逸さに思わずのけぞってしまう。
人物ごとに特徴的な過去回や個別エピソードがあるのも見所です。特に好きなのは、身分の低いフィルと王位継承権をもつティティという、本来なら交わらない関係性の2人がなぜ友人になったかのオリジン回。「貴族様」であっても友を助けるために文字通り体を張って一世一代のイカサマで窮地を乗り切ろうとするフィルの目を見張る格好良さや、イカサマを知ってなお見逃す胴元の粋な一面も爽やかな読後感を与えます。(というか割と序盤の時点で「守られなくていい」というDXをフィルが叱る一幕とかあったんですね•••。従騎士の父親•••)

番外編のTailpieceでちょいちょいなされる本編の補完やサブエピソード群も粒ぞろいで隙が無い。DXの母ファレルがアカデミーにいた若かりし頃、「貴族に襲われそうになった女生徒を助けるべく傭兵と戦ったことで、今でも当時の武器であるスキレットが女子寮のお守りとして裏口に飾ってある」「それに触れると男子は不能になると言われている」とか明らかに番外編で済ませていい密度の話ではないのが一度や二度でないのが笑ってしまう。逸話が昇華される宝具級のエピソードだろこれ!!!

それでいて身分差があるならと、ほかの貴族からやっかみをうける王道展開が控えてるのも偉い!!イオンの誇りを守るべく、DXが密かにこれまで身に着けていた傭兵の剣術ではなく王立軍の正式な剣術を一から学んで、多くの生徒には真意を知られざる戦いを繰り広げる剣戟の回から迸るような緊張感は、ダンスのような気品のある立ち回りだからこそより映えるというもの。そして本来なら貴族のマクディより下の身分であるはずの商人・ライナスとルーディが陰で最後に彼を上回ったあたりも、身分だけでなく智略がものを言う大人の世界を感じさせてるのも上手い•••。「見下されるのは慣れてる」と自虐するフィルに「見下されるのなんて慣れるなよ。俺が一緒に怒ってやるからさ」て返すDXもうパーフェクトコミュニケーションで笑うが。
いやでも目で追うのがやっとの剣戟を前にして解説キャラやってる商人の息子お前ほんとになんなんだよ?

副題にもなってる「聖名ホーリートーン」ですが、これの設定がまた良い。王位継承者は真の名を知られるとそれをもとに敵対勢力から呪いを受けるリスクがあるので、神殿長が付けた名前は秘匿しつつ普段は愛称を名乗っていく•••という、魔術や呪術と隣り合っている古風なファンタジーの香りを感じさせるの、こういうのが良いんですよ!格式高い宮廷の生活が徐々に輪郭をもって描写されていく中で、秘匿されてきた暗殺の歴史が影をちらりとみせる血なまぐささ!
幼き日に結んだ友情の果てにDXの聖名を知ってしまったルーディが命を狙われ誘拐されるという、政治色が強まることでもたらされる新たな騒動の緊張感は火竜との戦いとはまた違った味わいでありながら面白さに引けを取らないもの。

「幼き日に友と結んだ約束」は言葉にすると懐かしいだけのものにも思えますが、アカデミーで貴族社会の一端が垣間見えることでまた異なる側面が見出せます。利害や家名の上下で結びつく貴族の世界では、それらを取っ払って友情を育むことは困難なもの。そんな中で、ただ純粋に友と友の間に交わされた子供の約束が生み出す、手の届かないほどの遠さと目を焼くような輝きを守りたいと思う尊さは、夢見る少年ではなく大人の階段を上りつつある彼らだからこそより強いのではないのでしょうか。

そして7巻、カンフーアクションもかくやというDXと六甲の突入シーンは、連載中にさらに強化されたであろう、おがきちか氏の画力パワーによってより強烈な迫力と共にお出しされる!!いやもう発勁格好良すぎるんだよなぁ!!!それどころか火竜に傷をつけられたことで「竜創」を得た腕は命を奪うレベルの呪術すらレジストする、尋常ならざる異能の力を見せ、みせ…みせてねぇ!!この主人公またやせ我慢してる!!!聖名を知られても呪いは効かないからルーディを狙っても無駄だと世間にパフォーマンスする、己の命をベットした渾身の賭け!この「友を救うためのハッタリ」は、フィルとティティの馴れ初めに通じるものを感じます。決死の覚悟からなる命がけで結ぶ友情。

「…自分で決めたコトでも あとになって何度も何度も
あれでよかったのかって思い出す
手を離したら 取り戻せないかもしれない」

この見開きでまた泣く。未だ心を占めるマリオンへの愛とそれを失ったことで残る傷跡が飛び込むように目を奪う情景の哀切で苦しくなるし、ルーディ達が命を張るほどに掛け替えのない存在になっていたことで嬉しいやらもどかしいやら、というかお前そういうことはちゃんと言えよ!!!

DXを命を救うために竜胆のジェムを使ったものの、それだけでは呪いを封じきれない。そんな絶体絶命の展開で最後の手助けとなるのが希少な植物を管理するウィフテッド、というのはオッ上手いとこ繋げたな?でもそのくらいじゃ驚かないぜと構えを解いた瞬間に明かされる、「彼はバチカン公国でDXたちが間接的に助けたロクサーヌの夫」なんて真実が飛び出すもんだからうっわやられた!!!と天を仰いでしまった。彼らは2巻の終わりで馴れ初めが語られていたのもあって「この人があのロマンスの主役か~~~!!」と嬉しくなっちゃうし(あれが番外編未満の扱いとかやっぱおかしいって!)、失恋で終わる旅の途中で交差した幕間が、ここにきて命を拾う縁に巡り還る展開とか嫌いな人がいるわけないじゃん!!

眠りに落ちたDXに懺悔するルーディでアァ~~~となるし、事後処理でライナスが父親と丁々発止のやり取りを繰り広げるのでこれまた見所が尽きません。「客と寝て関係ない人間を殺そうとする」リスデンを非難する商人として一本の筋を通したプライドが光るとともに、「ダチを殺しかけたんだぞ!!」と怒りを露わにする青臭さ!いやたまらないですよこんなん!!

聖名編では六甲の更なる成長が描かれるのもいいですよね。主の命を守るのは障害を排除するだけではなく、彼の周囲―もとい世界を守ればこそ。一振りの刃として純度を落としながらも、一人の人間としてほんの少し豊かになる六甲いい…。

ウルファネア編

出典:おがきちか「Landreaall:11」 https://bookwalker.jp/de6f1295d2-59d7-407e-8b2c-1b212e3569ba/

騒動を経て友情が深まったDX達(部屋でたむろしてるの良すぎんか????)に訪れるのは「銀蹄祭ミュージアム・バル」。舞踏会でエピソードを一つ成立させるのも貴族社会の豊潤さや、本作がもつ懐の深さを思わせます。

この回でグッと好きになったのはカイル・タリーズですね。聖名編では口車に乗せられるやや情けない点が目立ったものの、アンちゃんに「イオンが社交界デビューするのにエスコートするのビビってるやつおる?」とか煽られ「聖王国の騎士に臆病者はいない!!」と反射的に啖呵を切ってしまったり(口をパクパクさせるイオンの可愛さとアンちゃんのヤバ表情ほんとすき)、ちょっと直視できないほどに歯の浮くようなセリフを連発しつつも様になってる姿に、ああ、この人根っからの「騎士」なんだ…と微笑ましい気持ちに。
カイルは愛と栄誉のために剣を振るう騎士の理想を体現してるというか、英雄譚からそのまま出てきたかのようなロマンチックさがいいですよね。でも女装竜胆に思いっきり懸想するの笑うでしょあんなん!シリアスとギャグの両方が出来るのは逸材ですよ

ダンスパーティーで庶民のフィルはウェイターのバイトしてたり、ダンスが上手い貴族のティティは引っ張りだこだったりと身分の貴賎に拘らずその場にいるあたりも、文化として成り立っている様で惹かれますね。「女性が男性に『ドレスの紐がきつい』というのは誘ってる証」みたいなスラング要素があるのも素敵です。あと、初読の時はスルーしてしまったものの、レヴィがフィナーレのパヴァンヌにチルダを誘うシーンで思わず甘酸っぺえ~~~~~~!!て心が洗い流されてしまうな。当アカウントはレヴィとチルダのカップルがLandreaall作中最推し、二人を全力で応援するものです。よろしくお願いします。

それと並行して、フィルが従騎士の訓練に参加して前へ進んでるのがめっちゃ好き。「外周出が従騎士になれると思ってるのか?」と問われたフィルが、かつてのように己を卑下することなく「アカデミーに来てからずっとそんな風当たりだ。どこにいてもそうなら、上を目指すって決めた」と、輝きを宿した瞳で真っすぐ見据えて返すのが、DXと出会ってから今までの物語!!!と打ちのめされる!しかもこれ、DXが「どこにいても上を目指すって言えたら格好いいよな」と言うコマがサラッとあって関係性の円環構造になってるのがあまりにもズルすぎる…。フィル、卑屈なところからスタートしたのもあって足掻く者の精神が放つ尊さを見せつけてくるよね…。

DXがついにお見合いしたかと思えば破談に終わり…そしてメイアンディアとついに対面する、まさしく作中の重要ファクターともいえる回が差し込まれてるのもグッときますね…。星空の下、望めば塔の天辺まで連れて行ってあげられるし無邪気にそこからの景色を笑って見てる二人、「何になったって名前の前に何かがくっつくだけだわ」というこざっぱりしたディアの言葉が、名前の前につくモノによってどうしようもない重みを伴う現実になってしまうのはもっと先のお話で…。

これまではDXが友達のために当然の如く命を張ったり、相手が本当に欲しかった言葉を投げかけるなどの美点が描かれてきましたが、このウルファネア編では「竜胆を想ってかけた言葉によって彼が窮地に陥ってしまう」、ある意味でDXが成してきたことが自らを貫く刃のような鋭さで帰ってくる辛さがあります。DXの清廉さと曖昧さが同居した好ましい人間性もさることながら、英雄的な活躍を成した王位継承者という「血」の貴さが周囲の背を押してしまうのは、彼の無自覚な主人公属性が招いてしまう重みを痛烈に突きつける。
それでいて、自分の影響力を恐れてしまい六甲を縛っているのではないか?とどん詰まりの結論にたどり着いてしまうことや、そこから「友に手を伸ばすために立ち上がる」ことで、彼が英雄的資質を持ちながらも迷い続ける未熟な若者という側面に光が当たり、より強い魅力を生み出すのが本当~~~にいい。完成されてないからこそ、それを補い新しい自分だけの形を作っていく様に惹かれるのですよ。
友が巻き込まれている継承問題に首を突っ込まずにいらいでか!とばかりに前を進もうとするDXに、イオンが「ついていかない」展開がまた目を奪われてしまう。竜胆を助けるのはDXにしかできないように、エカリープを出る際に「自分に何が出来て何が出来ないのか知りたい」と言っていたイオンが「自分にしかできないこと」である天馬の仔を世話する乙女を全うしようとする、背中合わせの関係で互いの成長を感じて胸に迫るものを感じるんだよな~~~!!
(余談ですが、ウルファネアへ乗り込むパーティーにアニューラスとウールンの二人がいる辺り、RPGの特殊マップイベント戦を思わせる楽しさがありません?強力だけど経験値を引き継がないスポット参戦キャラみたいな)

そして竜胆の兄・竜葵とDXとの決戦、この竜葵がまぁ強いのなんの!ニンジャたちの反応でその剣技がひとかどの才覚なのだとは描写されてきていましたが、この時点まで目立った敗北がなく無双に近い活躍をしていたDXが放つ一手一手がいなされ逆に追い詰められていく展開には思わず手に汗を握るというもの。いや神剣をぶったぎるの本当になに!??

「DX!君に…兄上の何がわかる!!父上や家族の――…ことを…知らないくせに――」
「俺はリドのことならわかる。リドは家族のために怒るのが竜と戦うくらい大事だって知ってる」

終盤でのDXと竜胆のやりとりがまたグッとくる。DXが己の影響力が人にどう及ぼすかを、竜胆が兄の内心を「知らなかった」のを相補するかのように、それでも触れ合う二人には「知っている」ことがあるのだと。この章で語られた命題が、聖名編での会話をリフレインすることで彼らの間に培われた友情の深さとともに昇華されるこの瞬間の熱量!!

そしてその熱量が流れ込むクライマックスたるや!
柔術や傭兵の剣術ではサムライの刀には及ばず、竜創はなんとか刃を凌げる程度。神竜から賜った神剣は両断され…と満身創痍に至ったDX。エカリープを出る前の彼が身に着けた力を総動員してもなお届かぬ窮地に、事態を終結させる決め手となるのが「王立軍の典礼を示す『騎士の剣』」の構えであり、「王位継承者の言葉は時に『魔法になる』と諭す友の言葉」の二つ、すなわちアカデミーに編入してから彼が得て、これまで積み重ねてきた出会いと成長の結実なのだと、「我が名と聖名、天駆ける蹄と英霊の名において」の口上が高らかに宣言される光景で思わずうおおおぉぉ!??と口から洩れる感嘆を止められなくなる…、積み重ねた会話や展開の回収がうますぎる、これほどまでに面白いシナリオが許されるのか!??

ひと段落した決着から全てを丸く収めるのが、政治側にたつアニューラスの手腕や竜胆を見捨てたかと思われたアカデミーからの手紙というのも、単純な力だけでは回らない世界の奥深さが垣間見えます。
ギャグ回だった「猫はしか」で、ただでさえ男子生徒の教育によろしくない五十四さんがさらに特殊性癖を喚起しそうな趣きから始まったウルファネア編が、まさかのはしかバイオテロで上手いこと収まるのは正気かこれ!?と爆笑してしまいましたが。実直すぎるきらいがある竜葵と、政治の酸いも甘いもかみ分けたアニューラスが妙に息の合った掛け合いをするのもまた味わいがありますよね。この後もしばらく交流があるのがほんと笑う。

なんでかんで尾を引く熱を感じつつもしっとりと爽やかな情感を以て語られるエンディングが、これから二人がさらなる成長をするための途上なのだと感じさせるとともに、「夜の果て」がもたらす意味の余韻で満足度の高いため息が出る………。



アカデミー騎士団編

出典:おがきちか「Landreaall:13」 https://bookwalker.jp/de6d58fd5f-b908-4534-9f93-798207cc0d30/

余韻の残り香もそのままに突入するのが「アカデミー騎士団編」!DXたちがウルファネアに旅立ってすぐ、アカデミーに残ったイオンたちに視点が移ったエピソードです。
ここの面白さは、なんといってもウルファネア編から間髪入れずに移行する急転直下のスピード感!突如アカデミーを襲うモンスター群、王城の騎士団は大型モンスター討伐で遠征しており学園内にはほとんど生徒しかおらず、謎の毒で命の危機に陥る生徒が出る中でどう打開していくか•••!?という刻一刻とめまぐるしく状況が変化する緊迫感。これまでとはまた違ったジャンルのエピソードまで面白く書けるの無敵か?身分の違う生徒たちが閉鎖空間に閉じ込められることで一悶着するあたりの王道展開を踏まえてるのも見応えがあります。

DXが不在なのも相まって、生徒一人一人に焦点が当たったるのもまた魅力的!生物学専攻生が未知のモンスター「スピンドル」を解剖することで生体や対抗策を研究するところから始まり、野戦に長けたイオンが敵の生態を分析、身軽なフィルが偵察をしたことから脱出ルートを構築し、ルーディがジェムを喚起して補助に回り、戦闘経験のあるライナスや騎士候補生たちが女子達を逃すために剣を取り、トリクシーと交信して全体を俯瞰するティティが指揮官•••など、ネームドキャラもそれ以外も、全員が「自分にしか出来ないこと」を全うする群像劇であり総力戦の様相を呈しててボルテージが最高潮になる〜〜!!!
各キャラが別の地点で戦いつつも時に合流する、場面転換に伴うイベントもまた緩急がついてて好き。チルダとソニアがイオンを本気で心配しながらも野性味あふれる様に慄く場面のなんともいえない愛らしさで笑っちゃうし、追い詰められていく状況下でもティティとフィルが悪態をつきあう一幕なんて、二人の間に醸成された並々ならぬ友情の一端が垣間見えます。

今回の主役はルッカフォートマイナーことイオンでしょう。DXが飄々としたままに動いて周りが追随するのとはまた違い、対立しかけた生徒たちを一喝したり、候補生達の胸に名誉の火を灯すなど戦場の乙女とはかくやと言わんばかりの輝かしい魅力を発揮します。その上で技巧を駆使して立ち回る戦力としての強さがあるので惚れ惚れしてしまう•••。

出典:おがきちか「Landreaall:12」147.152頁 https://bookwalker.jp/def336f1d8-ed54-4963-86d4-4a32410ea767/

アカデミー騎士団と銘打たれた回だけあって、騎士候補生たちが見習いであっても、確かに騎士の魂が息づいてると実感できる描写の数々も圧倒的な信頼感を強めます。カイルが皆を前にした時の宣言(レイが台本を書いたというのがまたニクい演出!)や、女子だけでなく他の生徒を守るべく前線に立ち剣を振るう展開で胸が熱くなるし、ここにきてゼクスレン教官の「騎士の剣は力なき者を守る」教えが育んだ強靭さを思わせるのも好き。イオンが戦闘で八面六臂の活躍をするのを目の当たりにして「深く考えてる状況じゃない!みんな夢だと思え!特にRケリーには」「言わないで!!」とクスッと笑える一幕も雰囲気いいんですよね。

DXたちがウルファネアに乗り込んだ直後の時系列を活かした展開も見事の一言。前編の終盤でアニューラスが語った「学長・寮監・校医に騎士団派遣教官のご印章です。ついでにチューターのサインもあります(汚ッたねーな)」の一言で片づけられた書類の裏に、ここまで壮絶なドラマが隠されていたのか!と細かな要素を最高の味付けで回収するの作劇が上手すぎる…!ケリー寮監やレイといった、政治の世界にウェイトを置く大人側のキャラクターたちが命をかけて守り、繋いでいったバトンが竜胆を救ったのだとここで分かるの株が鰻登りになるしズルい!!

当エピソードのエンディング、実は作中屈指で好きなんです。フィルが実家のある市街地を見てくると言い、候補生に「街は騎士団本隊が守ってるからアカデミーより安全だったはずだぞ」と返された時のこの反応!

出典:おがきちか「Landreaall:13」166頁 https://bookwalker.jp/de6d58fd5f-b908-4534-9f93-798207cc0d30/

これ凄い上手いのが、悪態をつきながらも言葉とは裏腹にフィルに攻撃的な意思がないのが一目で分かるこの表情ですよ!あくまで彼にとって軽口の範疇であって、だからこそハルたちの心を抉っているのが目を見張る。

同じ場所で命をかけたのに、「騎士団は外周を守ったはずだ」と堂々と言えないだろう残酷な事実。確かにそこにある壁を痛感させられたことでハルが流す涙の、その清らかな純粋さがなによりも輝かしい•••。
そして続くジルの言葉がまた胸を打つ。今日を経験した多くの候補生たちが大人になった時、候補生もそうでない者も分け隔てなく命をかけて共に戦った仲間たちが政治に携わるいつかの日に、きっとフィルへ「外周だって騎士団が守るに決まってる」と言い返せる日が来ると、未来は今この時から続くのだと示すことで胸に希望が満ちて…、そして時は少し流れ、満点の星空の下で寝物語に騎士団の活躍を話すイオンとDXたちの構図で話を締める美しさ!

Landreaallでは「人々がその手で作り過去から今、未来へ続く歴史」と「人から人へ語られ伝わる伝承や物語」の二つが作品の主題だけでなく展開の傍流に至るまで組み込まれています。
アカデミー騎士団たちが生きた今日がいずれ遠くない未来で変化につながる転換点になるであろうマクロな歴史を思わせる雄大さと共に、戦い抜いた一人一人の活躍が語られるミクロな物語の視点が交差するこのエンディングは、まさしく本作の醍醐味を凝縮しつつ昇華したハイライトだと!!声を大にして言いたい!!

後日談もまた素敵な後味を感じさせます。騎士の義務と誇りの萌芽を見出せつつもライナスにいいように扱われるシメオンのいじらしさったらないし、少年たちの活躍が大人に認められる武勲となるの好きなんですよ。
極めつけは補生顔負けの活躍をしたイオンと女子たちを救う活路を見出したフィルに、女子寮からかつてファレルが使ってた武器を鋳なおした勲章である「オーダー•オブ•スキレット」が授けられるとか文脈の繋げ方が秀逸!!!継がれた歴史が新たな誉となって紡がれていく展開良すぎるよ~!
それはそうと、ファレルのスキレットの代わりにイオンがモンスターと戦い抜いた武器であるデッキブラシが「新たな女子寮のお守り」として裏口に飾られる激アツエピソード、これが話の肝になるどころかコマの端っこで消費されるのどうみても配分がおかしいだろ!最早それ1つで短編書けるレベルのやつでしょ!!極上の素材を惜しげもなく使うことで贅沢を表現するタイプの料理人かな?



夏季休暇編

出典:おがきちか「Landreaall:15」 https://bookwalker.jp/deacc7c60d-bbf3-4174-abae-e981edf67281/

激動の長編が立て続けにきたのもあって箸休めの日常回はより映えますね。故郷で原点に立ち帰るとともに、槍熊の群れと幼少期のDXが織りなす初めての殺人と別離が、時を経てDXの友となった竜胆達と「共に葡萄を食べる」ことで過去を共有する、朗らかな春の日差しにも似た温かさがいいよね•••。

ここでは何気にライナスの商売観が語られるんですよね。「関わる人間全てが得するのが本物の商売」とする家訓は、ともすれば金の汚さやがめつさを薄らと感じさせてしまう商人だからこそ輝くような矜持を感じさせます。ライナスはどこまでも地に足がついた現実主義者だけど、同時に誰よりもロマンチストなのが格好よくて好きだし、それを見守るルーディとの関係性がまたいいよなぁ。リゲイン夫妻に手土産を忘れない抜け目なさもまた良し!

日常回とはいえ今後の伏線やテーマの下地作りも惜しまないのがまた面白い。始まりの地であるエカリープで登場するクエンティンは玉階であり洞詠士と、火竜編における重要人物のアニューラスとマリオンの要素を含んでるので「新たな幕開け」を爽やかな風と共に運びます。
王政撤廃を掲げるクエンティンに対し、DXがこれまでの戦いを経たことで人の上に立つものとしての視座の一端を身に着け、その問答に臨んでいるのが積み重ねって趣きです。革命の真実が他でもないリゲインから明かされることで、DXが歴史の闇に隠された真実を知り「騎士とは、王とは」と考える導線が作られるのも今後につながる新たなステップですよね。(今にして思うとクエンティンのハグ術式、かなりハンタのボマーだよね•••。リリースして議会の空気とアンちゃんが爆発するし)

ここではファレルとクエンティンの挨拶が好き。「お出迎えできなくてごめんなさい、庭で小鳥の歌声につい没頭してしまって」「心の準備ができて幸いでした。突然あったら浮かれてどんな醜態をさらしたことか!」と突然繰り出されるロイヤルな挨拶の応酬で胸やけするし、何よりファレルの領主婦人としての側面は初めて見るので、だ、伊達に場数を重ねてないんだ…!と戦慄してしまった。
そしてよもやロビンの父親探しという短編クエストみたいな趣のイベントが、次のキャンペーンに繋がる超重要フラグだとは思いもよらず•••。

DX・イオンがそれぞれ別口でディアと急接近するのもこのエピソードの妙味!偶然居合わせた妊婦の出産に立ち会い、一緒にマリオンの冒険を題材にした劇を見に行くデート回を経ることで、DXの心中に名前のない感情が生まれるこのもどかしさ!!でも二周目を経てもアレが恋バナとは思わねーよ!!
イオンも堅苦しい王城の中にあってディアが心休まる居場所になると共に、「貴族の結婚とは」に考えが及ぶようになるんですよね。この辺りでテーマの移り変わりと並行してディアが作品の表舞台で存在感を高めていくのが自然と伝わってきます。
そして様々な伏線を内包し、舞台はまた次のステージへ•••


女神杯編

出典:おがきちか「Landreaall:18」 https://bookwalker.jp/de109e579a-d034-4e95-b498-0e02a6b1b834/

新米騎士たちが繰り広げる馬上槍試合こと「女神杯エスナリア」は乱戦の趣きが強かったアカデミー騎士団とはまた違い、礼に則した騎士と騎士の決闘じみた格調高さが溢れてて別ジャンルの戦いという風情で痺れます。DXがアプローゼをレディとして尊重する態度とかいいよね…。
それでいて槍や盾がバラバラに破砕され槍の一突きで落馬する絵面の派手さは、命を賭けた戦いが描かれた前エピソードに一歩も引けを取らない迫力でまた目を見張る!

馬に乗るのがてんで駄目だったDXがアプローゼにリードされるように、持ち前の戦士としての柔軟さを活かして勝ち進んじゃってる、格好良くもあるはずなのに本人が一番困惑してる絵面のギャップがまた笑う。これ生徒たちは気付いてないのにリゲインなど一部の人間は察してるのもまたギャグとしての完成度を高めてるんだよな~。ファレルが歴戦の傭兵だからこその視点で試合の解説をするのも、領主婦人の側面を押し出しつつも実力はなんら衰えてない格の高さを匂わせます。
試合の幕間においても、スレイファン卿が語る過去の重みを感じさせるとともに、歴史を背負いつつ未来に希望を抱く高潔さといった描写が夏季休暇編からの命題に深みを与えていて味わい深い。というかスレイファン卿、話が進むごとに格がインフレし続けてるしクレッサールを経てなおストップする気配が全くないの本当に凄い方だ…。

そして騎士が得物を提げれば、そこには試合の数だけドラマが生まれる華やかさもこのエピソードの見所というもの!
アカデミー騎士団を経てハルやシメオンなどの掘り下げがなされた結果、サブキャラたちの試合ですら趨勢にやきもきするのは、さながら選手のバックボーンを知り贔屓のチームが出来たことでスポーツ観戦がより楽しくなるのにも似た感覚がありますね。
ワイアットとパーヴェルのライバル同士の激突はまさしくスポーツにも通じる清々しさがあるし、そのワイアットが怪我をしてもなおDXと本気の勝負を求める在り方のシンプルな格好良さが響きます。
竜胆が故郷―竜葵から贈られたサーコートを着て試合に臨む場面はウルファネア編での確執(と、二人が思い込んでいたもの)が少しづつ解消される爽やかさとともに「家名を掲げる」誇りが武勇を滾らせるし、ティティを倒す際の静かな、それでいて張りつめる一撃は武器を槍に持ち替えてもなお変わらぬサムライの技巧を感じさせて唸らされる!
ついでに忘れたころに「女装竜胆に心を奪われ続けるカイル」なんて劇物でてくる上に益荒男と化した竜胆でバカほど笑ってしまった。ウルファネアとか後のダンジョン編でもここまでの気迫みせてなかっただろうが!!

女神杯編の一押し回といっても過言ではないのが100話。無思慮な一言でチルダの夢を蔑ろにしてしまったレヴィが、それに気づいたことでわざと試合に負けて自分も「夢を諦める」その悔しさや怖さを身をもって知る――どこまでも愚直でいじらしい、命を賭けてないからこそ生まれる爽やかさな青春の彩りが心に広がる素晴らしさで良すぎる~~~!!!!!と盛り上がってしまった。その上サブタイトルの「騎士の中の騎士」から溢れる誇らしさで胸がいっぱいになるでしょこんなん!!!この話だけで二人がめちゃくちゃ好きになったし、レヴィとチルダ一生幸せになってくれ……の気持ちで埋め尽くされてしまった。103話の扉絵あまりにも良すぎないか!!??

出典:おがきちか「Landreaall:19」147頁 https://bookwalker.jp/de4fa05751-5610-4a08-8b0a-1a0ac57bd061/

103話は女神編の中でも超ハイライトです。竜胆へ送ったつもりが竜葵に届いた手紙により、DXがディアに抱いていた印象の正体がそのヴェールを上げるようにつまびらかになる回。
ここの演出が悶えるほど素晴らしい。優勝した騎士の栄誉を称える花冠の乙女にイオンを使命するカイルと裏腹に全く決まってない!どうすんだこれ!??のわちゃわちゃ感から始まり、あの堅物・竜葵から「それはお前の運命の女だ」と諭されるなどという落差が笑いを誘うこの畳みかけ!!こんなん無理に決まってんだろ!
そんな狂騒にも似た空気が、壇上に上がるディアを見つけたことで一変する…。さっきまで場を満たしていた豪華な音楽や盛大な喧噪は遠く、ディアがDXの世界を満たし五感を占めるのが”魂”で理解できるほどの静寂がその運命の絶対さを叩きつけるようだし、どこまでも透き通った表情で発せられる「リド…運命を信じるか?」が、全ての感情を収斂させていく――。あまりにも、あまりにも演出の緩急がキマりすぎて振り落とされそうになる…!
続く104話ではフィルがちっぽけなプライドを捨て、DXの勝利のため従騎士隊に頭を下げて「従騎士のあるべき姿や振る舞い」に至る気高さと更なる成長を打ち出す格好良さが光ります。(DXとアプローゼの装備を整える隊の流れるような手際の良さや細かさ、完成されたDXの装備など細かい描写が巧い)
105話「レディ・アプリ」ではまさかのアプローゼ視点のモノローグ!茫漠としたDXに戸惑いつつもその感性に惹かれていったアプローゼが、DXに芽生えた恋心を愛おしみ慈しむように包む、レディとしての気質と歴戦の名馬に相応しい風格を漂わせる!こいつはやるかもしれねぇ…………


落馬クロッパー!!!!
こ、こんな勝負の一瞬前にコンセントレーションがどん底に叩きつけられて負ける展開とかマジ!?ここに至る盛り上がりを全部ひっくり返すの剛腕にも限度があるでしょ!!これには竜胆が珍しくキレるのもやむなしだよ。
この場面ではカイルのフォローが、まさしく式典の礼に精通した騎士のそれで好きですね。
ゼクスレンの「礼節は口を出すけど恋なら口出ししない」理論は、こう、嫁さんを見るとなんかゴツめの説得力があるなお前なというか、仮にも高貴な身分の学生と歳の差婚して即座に子を授かってるの、FEのペアエンドでもギリギリ許されるか怪しい代物では!?



クレッサール編

出典:おがきちか「Landreaall:25」 https://bookwalker.jp/def1b6a286-9a31-4a9d-9461-0f868e973374/

女神杯の表彰セレモニーの最中に乱入を果たしたのは、歴史のタブーとされた「不在の王女アブセント・プリンセス」の娘、ユージェニ姫!という鮮烈な開幕が良い。次代を担う未来の騎士たちの健闘を称える場に、歴史の闇に葬られた女王の忘れ形見が過去から舞い戻ったかのような構図の反転で唸るな…。

このエピソードは過去一で政治色が強いのも特徴ですね。新王ファラオンの即位を前に、ロビンが王の孫であると突き止めてしまうことで反王政派から命を狙われたり派閥争いの芽を影で摘むタリオ卿が登場するなど、煌びやかな表舞台とは逆にDXの周囲に深い影が落ちていく様に引き込まれます。ただ息子が愛した女性を助けたかっただけなのに、対する派閥に目を付けられ結果として死に追いやってしまったファラオン卿の悔恨など、政治劇がもつ「どうしようもなさ」が影をおとしている印象が全体から感じます。
それでいて、DXとディアの間に横たわる、伸ばした指先が触れ合わない絶妙な距離感がまた胸を騒がせる。「鎧が重くて逃げられなかったんだ」「そう…DXは騎士になったら屋根に上ったりできなくなっちゃうのね」の会話なんか、何気ない世間話のはずなのに無邪気にはしゃいでた幼年期の終わりと二人が身分差で隔絶された感を漂わせてグッとくる。

リゲイン夫妻と六甲が行方不明に!とまさかまさかの展開から、DX、ディア、変装したイオンとこれまたなんともいえないパーティで砂漠を旅するのも面白い。というかこれ見返したら、旅の序盤でアイシャ(イオン)の正体に気付きかけたDXにディアが天恵をかけて認識阻害をしてるのが察せられるコマがあって細かいですねこれ…。初見ではDXがぼんやりしてるとしか思えないのもすごい。
両親に危機が迫るなか過酷な砂漠の旅をする…というシチュエーションにも拘わらず、砂漠の民が使う術で秘匿されたオアシスに辿り着いたり雄大な景色に見惚れるなど、緊張感の中にもロードムービー的に和やかな雰囲気があってワクワクする。クレッサール人は部族ごとにそれぞれ生きつつも「戦士でない女は殺してはならない」などの掟をはじめとして、呪術の扱いが文化大系に組み込まれていることで香る異国情緒も素敵です。いやまぁ私がRPGの砂漠マップをめちゃめちゃ好きだからだよねと言われればそれまでですが、異国を描くにあたって気候や風土から生まれたのであろう文化とか信仰がはっきりと描かれてるのが良いんですよね…。

まぁ主人公が逆レされかけたり奴隷市場に売られる(公式で!!?)ロードムービーがあってたまるかといった感じではありますが、奴隷市場の里としてカリファが頂点にたってる「黒虹」にDXが囚われるにあたって、「王とはなにか」「民は縛られるものなのか」と、さらに思慮を深めていく流れなんですよね。王国を破壊しようとするクエンティンや、逆に国を存続させるために血を流し続けたオズモやスレイファンといった前編からのテーマの補完と発展のさせ方が、より複雑な構造をなしていく物語へ深みを持たせます。25巻で「里を持たない流民が誇りを語れない」との台詞が出る辺り、国や王の本質の一端をついているなぁと。それでいて、友であるライナスとルーディだけでなくかなり前の回で出てきた女性が話の本筋に絡んでくる味!

クレッサール編はDXの傭兵性と騎士性の二つが味わえるのも贅沢なつくりですね。黒虹の奴隷たちを雇い、誇り高い戦いの場へと導く姿は飄々とした生来の格好良さがあるし、ユージェニとの決戦における

「DX・ルッカフォートは我が剣であり我が守り手、アトレの火矢が汝の魂を騎士とする。あなたは私の騎士よDX!」
「イエス マイレディ」

でウワーーーーー!!!ってなる!!色々なしがらみに縛られる騎士のどうしようもなさが描かれたクレッサール編においてこの瞬間、ただ一人のために剣を振るう騎士ですよ!!!!隠し鞘を使う傭兵の剣術がユージェニに通じないのが女神杯とはまた別種な騎士同士の戦いと実感させるし、ここでファレルとの戦闘を持ち出すのが作劇の巧みさとユージェニの強さを印象付けて良い!

クレッサール編はユージェニの登場に重なるように、連なった過去が現在に手を伸ばす展開が随所にあるのも好きですね。
幼き日にライナスとルーディがイプカを殺さない選択をしたことが巡り巡ってリゲインを助け出し、それによりイプカだけでなくライナスも過去からの許しを得たエンディングが白眉だし、DXがロビンの父親を探す際に得た情報とイオン・ディアが紐解いたローハルト卿の手紙の断片同士が繋がることで、「ユージェニ姫の父親」とクエンティンの過去が明らかになるなんて歴史ミステリじみてて興奮した…!
なにより、ファラオンがローハルトの面影を残すロビンと邂逅したように、それら過去の悲劇が今を生きる者たちを救うドラマになっているのが、温かい心地を胸に広げて好きなところですね…。

また、同じサブタイトルの回が過去と現在の反復構造をより強化してるようにも思えます。
123話で祈りではなく隣に立って戦う道を選ぶイオンとリゲインたちを守れなかったことで護衛のアイデンティティが揺らぐ六甲が描かれ、152話ではクエンティンを殺そうとするイオンを六甲が「傷つける」ことで護った「Who am I」。
そして129話にて、リルアーナからザンドリオが滅ぼされた経緯を聞いたことで憎悪に囚われたクエンティンの過去が語られ、逆に155話ではリルアーナとの穏やかな日々の愛と若き従騎士の気高さに命を救われた過去を取り戻す「クエンティン」…という風に、それぞれキャラクターの別側面に光を当てるのがクレッサール編の構成とマッチしてて凄い。

そのクライマックスとして、思い出にしか残ってないザンドリオの景色とリルアーナとの過去がクエンティンの膝を折ると同時に救い、ユージェニの名前が持つ由来が明かされることで「革命の英雄」リゲインがリルアーナの騎士として報いを得るエンディング!名前という親が子に授ける祈りが、最高の騎士を祝福するの良すぎんか…?

クレッサールとアトルニア、遠く離れた国を舞台に場面が移り変わった物語が収束するカタルシスが壮大で良い。この回は振り返ると、いつものメンバーが誰一人欠けても丸く収まらなかったのが好き。ライナスとルーディがいなければDXが救出されなかったのはもとより、二人が残した宝石によってフィルがロビンとファラオンを引き合わせて、竜胆の施した解呪によって土壇場でDXはクエンティンの天恵を覆した。ティティも派手さはないものの事後処理で活躍したりと、離れていても友たちが1つの結末を引き寄せた趣が見事!オズモ卿のことも一気に好きになったなぁ•••。



新王編

出典:おがきちか「Landreaall:30」 https://bookwalker.jp/defd7991cc-028a-4fa2-941d-904458cefe9a/

「君の天恵のこと 誤解してた」
「ディアは、自分をすごくきれいに見せる天恵を持ってるのかと思っ•••」

こ、この男〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

「新王編」は実質30巻のみのエピソードで長編と言うには短いボリュームですが、DXとディアの関係性における一つの帰結として俺は正直この巻単体で語りたい!見てくれよこの最高の表紙!!深窓の令嬢に手を伸ばすために空をかけずして何が騎士かと言わんばかりの、その美しき跳躍を満天の星々が見守っているこの表紙をよ!!

絡まった糸を解くように、積み重ねた勘違いを溶かしたDXはついにディアが己に向けていた想いに気づく。運命の女性の心をはっきりと理解して•••

出典:おがきちか「Landreaall:30」18頁 https://bookwalker.jp/defd7991cc-028a-4fa2-941d-904458cefe9a/

やりやがったよコイツ!!!思えばDXはディアに対して「綺麗」とか思ったことを無意識に溢してきたというか、普段は思い詰め気味なほどに己の内に思慮を張り巡らせるタイプなのにこういうときは無拍子で想いを打ち込むのやめろ!なんなら1話でのマリオンへの告白も意図しないものだったし度し難いな本当に•••!
混乱に陥る竜胆、硬直する六甲、呆然とする五十四さんで笑うし、イオンが2ページに渡ってDXにエリアルコンボを決めて沈めるのちょっと堪えられないレベルで笑ってしまった。いや妥当だよその反応は!昔はお兄に勝てないよ〜〜なんて言ってたのに強くなったねイオン•••。

想いに決着をつけて「王妃と騎士」と自分たちの関係性をラベリングしたのにと憤慨するディアが可愛らしくありつつも、同時に切ない。騎士譚の王道である身分差の恋は、リルアーナと従騎士/ローハルトとイゼットの悲恋が物語の中枢に在ったクレッサール編を経たことで、そのいじらしさとどうしようもない無力感、そして想いを遂げようとすることで生まれる悲劇の解像度を否応なしに高めます。

訓練中も上の空、フィルに詰られどん底のDXがこぼした「好きだけど、それだけ」の言葉とそれに驚くティティたちでオオッとなる。こんなにはっきりと自分の気持ちを言葉にしたDXにもそうだし、それを聞いて意思をひとつにする友の爽やかさよ!
まるで初めからそうすると決めていたかのように、流れるようにDXとディアの逢瀬を手助けしようと駆け出すフィルたち。ここはフィルやルーディ、竜胆だけでなく、いつもニヒルなライナスと貴族社会のどうしようもなさを理解してるティティも凄く楽しそうな表情で準備してるのが悪友って趣でグッと来るし、「恋を応援する騎士」として申し分ないカイルも手助けに来てるのが熱い。更にはクレッサール編で人間としての心をより伸ばした六甲が、命令ではなく「したいから」DXの背を押す、これまでの長編エピソードの決算よろしく成長を果たしているのがサラッと描写されてもう胸一杯になる•••!


それでもと、マリオンに告白したことで却って彼女を苦しめたことと重ねて臆するDXへ発破をかけるフィルの、「身の程なんかお前っ•••クソッ、どーなろーと•••俺がっ、俺が一緒に怒ってやる そんなもんクソくらえだ、行け!!」でもう感極まる。従騎士隊の訓練をはじめとして影ながらDXに支えられてきたフィルが、この土壇場でかつて己が言われた言葉でDXの心を支えるの、初めて友達になった日からこれまでの積み重ねが形を成した宝石のような輝きを放ってて泣きそうになった•••。場面や展開のリフレインで物語をエモーショナルに高めるLandreaallにおいて、このシーンは最も直球で心にガツンときました。こんなん読みながら行けーー!!てなるでしょ•••。
ここは普段、貴族の身分から成るレイヤー故かDXたちと一線を引く物言いが目立つティティが「無責任に友達を励ましてみたい」と言うのがいいですよね。また、カイルは「ディアが王妃になったら気持ちを完璧に隠さなければならないから、DXの言葉だけが彼女の支えとなる」とフィル達とは別の角度から告白を尊ぶ様が描かれるので、身分ゆえの価値観を掘り下げてて地味ながら上手い。

「私、王妃になるの」と言うディアに「俺にとって君は君だ。ただのメイアンディア」と返すDXがまた良い。何になったって、名前の前に何かがくっつくだけといったのは他ならぬ彼女なのだから。
きっと自分の望む言葉をくれるであろうDXの告白を、あえて遮るディアでまた泣けてくる。王妃として塔の天辺に行ってしまい、DXの想いに応えられないからこそ、あくまで対等の関係としていたい気高い在り方に込められた悲しみに身震いがするようだし、「さよなら」とだけ交わして抱擁する切なくも愛おしい姿でもう胸が締め付けられる•••。

相手へ想いを届けない選択をしたDXがオズモが会うのがまた、騎士と国の命題で始まった夏季休暇編からの流れを締め括る構成で唸る。騎士として背中を合わせた二人だからこそ、言葉少ないやり取りが深く沁み入ります。国を存続させるために犠牲となるディアを想ってのDXの問いかけを受け、オズモの目がアップになるコマで左右の表情が異なってるのが痺れる演出だし、そこから続くこのページが好きすぎる。

出典:おがきちか「Landreaall:30」89頁 https://bookwalker.jp/defd7991cc-028a-4fa2-941d-904458cefe9a/

王国を守る議長の建前がDXに突きつけられつつも、彼を小さい頃から見守ってきたおじさんが真に伝えたい言葉を届けたがっている。そんな思いがサラリと描かれる様がもうクールで•••。
そんなオズモと同じように本音と建前を使い分けたDXとディアが、気の置けない友人に心中を吐露する場面で終わるのが悲哀と同時に初々しさを感じさせます。そしてファラオン卿は王に即位し、新元号「ランドリオール」を定めることで前王の革命は終わりを告げ、新しい時代の始まりをもたらす華やかさに目を奪われる。
イオンとディア、ずっと仲良くしてくれよな•••!


騎士候補生編

出典:おがきちか「Landreaall:32」 https://bookwalker.jp/deada7a3a3-6bb5-47cb-8498-587dadc25b84/

DXの傷心旅行もとい槍熊をボーイの元に送り届けるところから始まる、日常回のオムニバスでほっこりする。いや学生としてのDXが描かれるのいつぶりでしたっけね•••。ウルファネアに寄って竜葵に妙な気を遣われたりニンジャのスキルツリーを伸ばすイベントいいよねとなるし、戴冠式の裏方にスポットライトがあたる「十年一歩」やライナスの家訓が巡り巡って一番の儲けにつながった「錦は金也」とか、単話でも安定したクオリティの高さです。

ひょんなことから巻き込まれるDXの人助け珍道中「5文字の冒険」と、貧しくも心優しい誘拐犯との和やかなエピソードである「ムーンウォーク」は共通して、人々の営みが交差して世界を回す様を感じさせます。

少し話は遡りますが、私は23巻EXTRAの「リンク・リンク」が好きです。反王政派で知られるブルーミー領の領主がDXを擁護していたのを見たソニアがイオンとチルダにその話をする日常回ですが、世間の情勢を気にしてるチルダの視点が加わることで隣り合う領の絶妙な政治バランスが浮かび上がり、DXの何気ない行為によってその天秤が傾きマスの値段に影響する•••という奥深いエピソードですね。バタフライエフェクト的な因果関係の連なりによりダイナミックな世界の動きを描くと共に、両方の視点を持つことで世界情勢の理解が物語性を伴って進む面白さが特徴的です。(エカリープから王都に戻る数ページを掘り下げてこんな面白短編書くの最強かよ)

翻って「5文字の冒険」ではメインに描かれるのは、DXが槍熊の掟と騎士道を貫いてある一家を守る格好の良い姿ですが、同③話でエカリープに帰還したリゲイン達の視点によって更なる深みが見出されます。
エカリープでは熱病による重症者が出た移民馬車が領内に来ており、助けようにも費用が捻出できず途方に暮れていたところ、DXに助けられた人達がエカリープに辿り着いて高価な「南天燭石」を寄付したことで金銭的対処ができた•••という縁が巡り巡った善き営みの話ですが、この話の起点を踏まえるとまた違った面白さがあります。
よくよく思えばDXが南天燭石を得たのは槍熊の仔をボーイ達の群れに届けたからで、更にはその仔はルーディがいたから王国まで連れてこられたし、なんならDXが奴隷市場に売られなければ、リゲインがクレッサールで誘拐されなければ•••と様々な因果が結びついたもので、どれか一つでも欠けていたらエカリープは危機に陥っていたと気付いた瞬間に背筋を冷や汗が伝います。それでいて一番の当事者であるDXはそんなこと知る由もないのがまた味わい深い!

「ムーンウォーク」は逆にDXが俯瞰側となる、彼のチェシャ猫性が存分に発揮された回。
人違いで誘拐されたものの悪い人たちじゃなさそうだし、勉強に集中するのにちょうど良いか•••とそのままでいたらあまりにも搾取されすぎてるロブたち誘拐犯の姿が目に余り、困惑する六甲やフィルと共に悪徳親方を懲らしめて万々歳なコメディチックな風味がまた面白い。これもロブたちからしたら「誘拐して脅迫状を送ってるのに一向に返事がないと思ったらなんか近況が良くなってた」だけど、DXと読者は彼らの純真さが巡って彼ら自身を救ったことを知っています。そしてその果てに息子を想うシャンクリー卿の言葉を聞いてエルマーの心を温めた、なんとも数奇な因果が巡る満足感の高い後味を残します。あと32巻表紙、天窓からロブ達を覗き込むDXの構図になってて素晴らしい•••。

人々の営みを縦糸と横糸に、それらが形作る世界をタペストリーの紋様と評する洒落た喩え話をどこかで聞いたことがあります。物語を通して、糸がもつ一本一本のきらめきを味わいその結実として描かれる紋様の美しさを俯瞰できる「読者」の立場は、なんて幸せなのだろうかとしみじみ思うのでした。


ダンジョン編

出典:おがきちか「Landreaall:37」 https://bookwalker.jp/de171741eb-161d-48f3-a0ca-538ce23da117/

王城の地下に広がるダンジョンへ潜る騎士候補生たちの訓練だったはずが、本来は深い階層にしかいない強力なモンスターが上層に溢れ出した上に、階層をワープする抜け杭が狂うアクシデントから大勢の候補生が地下に閉じ込められるダンジョン編は、今までの長編と比べてもかなりバラエティ豊かに展開する!


DXが六甲のイオンのどちらかとは最低でも行動を共にするのがこれまでの長編でしたが、逆に今回はその二人以外、竜胆やティティたち6人で冒険するので新鮮さがありますね。それでいて個々の強さもチームワークも描かれてきたこれまでを踏まえて「こいつらが全員揃って存分に戦うのが•••見たい!」というニーズを完璧に満たします。騎士と傭兵の剣を使い分けるDX、剣士の練度もダンジョン攻略経験もひとかどのライナス、ジェムを喚起させてパーティを支援するプリースト的なルーディ、指揮能力があるほかトリクシーと交信して情報を得られるティティ、索敵や遠距離支援ができる斥候のフィル、ズバ抜けて強いSAMURAIの竜胆など、各々の強みを活かして攻略していくのが堪らない!
ライナス達がDXを「騎士ではなく傭兵に天秤が傾いてる状態ならDXは指揮官をやれる」と理解してるのも、長編をいくつも乗り越えて醸成された関係性を思わせます。

散り散りになった仲間たちが戦闘の最中に集結し、それぞれの知識や技能を駆使してダンジョンを攻略するのは古き良きDRPGを思い起こします。思い起こしますというかこれ9割5分くらいWizardryですよね!??
いや当初は「おっ、DRPGチックな短編かな?」くらいに思ってたものの「なんかこうエッセンス、というより味が露骨に•••」「これどう見ても•••いやさすがに•••」まできてついに190話辺りで「もう隠す気ないレベルでWizじゃねーか!!」て笑ってしまった。完全にこれがやりたかったシリーズだよ!
徐々に減る食料や体力などのリソースに注意しながら、時に戦闘を避けたり安全を確保しつつ仲間のレベリングに取り組むのは独特の緊張感があるし、使わない装備を仲間に与えるくだりであるある!となってしまった。数秒で行き先が更新される抜け杭を利用して候補生達が情報を伝えるうちに独自の符牒が生まれる辺りは、友達と攻略情報を共有するゲーム体験にも重なります。
さらには攻略不可能なFOEが徘徊する階層があったり、モンスター避けを使ったら逆に活性化するトラップが「休日を費やしてマップ攻略したものの初見殺しで全滅した」あの日のトラウマを抉りにきます。冗談じゃねぇ•••
柱を目印にマッピングしてたら微妙にズレてたり、ルーディが竜胆の天恵を横取りするバグ技が発見される(次のアプデで修正されるやつ!)あたりの文脈はもう腹抱えて笑うレベルで楽しんでるんだけど、こんな濃厚なWizパロを紙面でやって許されるのか•••?とも心配してしまうよ!

ダンジョン攻略がメインでありながら、その外側を描くのも満足感が高い。トリクシーやディア、レイ達が過去の文献を漁ってマップの構造やモンスターの特徴をDX達に伝える、ダンジョンの内外で命をかけた戦いなのだと実感する構成がいいし、次第に建国史にまで繋がりそうなのが目を離せない。
それでいてプチリオールでイオンの装備を作る学生2人の物語があったり、なんかディアが変装して会いに行ってるほっこりエピソードがまた笑いを誘います。と思ったらレヴィとチルダのイチャつきまであるんですか!?!??感謝の気持ちで世界が満たされてしまうな•••。
議会や教会を巻き込んだ大規模作戦が展開される裏で、各セクションを繋げる折衝が描かれるのも多面的なドラマチックさで好き。有事の際に発揮される才能いいよね•••。

最新巻ではオリジンモンスターとの死闘が息をもつかせぬ迫力で見入ったし、最後の最後で勝機に繋がったのが、サポートに徹していたルーディが命をかけたバフなのが良い!「石になって助けを待つ」最後の手段を取らざるを得ない状況に追い込まれて、わちゃわちゃしつつもDXと竜胆、ライナスとルーディなどそれぞれの信頼関係を伺わせるやりとりが素敵です。でもこれ「あっこれ深い階層で棺桶になって救出を待つやつ•••」のWiz文脈でジワジワ笑っちゃうんだよな。




DXのキャラクターに惹かれたところからはじまり、世界観設定の奥深さや群像劇として高い完成度、さらには伏線回収の鮮やかさに至るまでめちゃくちゃ楽しんだなぁ。ダンジョン編のこの先もそうだし、全体の物語がどう発展していくかに思いを馳せると心が躍ります。Landreaall、最高〜〜〜〜!!!!








最新話(本誌ネタバレあり)

これを見るってことは•••「覚悟」してるってことですよね•••。ネタバレを踏む「覚悟」を•••!






もう居ても立っても居られずコミックゼロサム本誌を買っちゃったんですが、このダンジョン編が大詰めになってきた局面でサブタイトルの「アカデミー騎士団VIII」でうおおぉぉぉ!??ってテンションがブチ上がってしまった。こんなんサブタイ芸上手すぎ漫画じゃん•••。
カイルが戦線に復帰することで安心感が高まるし、ハルと共にフィルの家を訪ねた流れから斥候に特化した従騎士候補生たちが参加する、アカデミー騎士団で描かれた「共に戦う」様が補強されてるのヤバすぎる•••!肩を並べたあの時からずっと連なってきた物語の重厚さがもたらす興奮で目眩がするようだし、候補生たちからフィルが一目置かれてるのもいいよね。いい•••。

「DXたちと僕らは共に戦ってる!全員で帰還するぞ!On your Honor名誉にかけて!」の盛り上がり、やっぱこうでなくっちゃな〜〜!トリクシーの涙も次回まで引っ張るし、楽しみが尽きないぜ。

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