アラビアンナイト2と「毛ガニデパート」の話をしよう

体の芯から凍えるような風が雨戸の隙間から入り込んだ、去る2月某日。タイムラインを流れてきたあるツイートを見た瞬間に、全身が色めき立つのを確かに感じた。

け、けっ、毛ガニデパートの新作~~~~~~~~~!!!!

2022年現在、数多の音声作品が毎日のようにDLsiteに並びます。時に胸を悶えさせるほどに甘く恋愛を疑似体験させる作品、今や一大ジャンルと化して今宵も多くの人の耳と精神たましいを癒すASMR、はたまた特殊な性癖の坩堝を満たすえっちなジャンルなどそれらは枚挙に暇がない。
多くの作品やサークルが立ち並ぶ中にあって、初めて出会った時から変わらず私の心を鷲掴みにし続けている毛ガニデパートの新作。それも圧倒的な知識のバックボーンから創造された緻密な世界観が、浅見ゆいさん演じるシェヘラザードの清涼かつ情緒深い語りによってしなやかに育まれ、睡眠の供に聴くという音声作品における楽しみのひとつをかの千夜一夜物語とリンクさせた傑作・「アラビアンナイト</breath>」の続編とあっては、心躍らぬほうが無理というもの!

発売日の2/7は奇しくも前々から楽しみにしていた「体を張ってエロゲ作り!」シリーズの新作もリリースされ(余談だけどこちらも大変良い作品だった)、これはもう音声作品において歴史が動いた特異点と称しても過言ではないのでは…?と仕事帰りに覗いたスマホを握りしめたまま震えてしまった。それくらい衝撃度は最大だったのである。

閑話休題。アラビアンナイト2を購入し、トラックリストを見る。前作から1年の時を経てなお、シェヘラザードが物語るあの夜は途切れることなく続いているのだと言わんばかりに煌々と輝くトラック1のタイトル「第六夜」のニクい質感に魅了され、物語に耽溺する―。


面白かった。傑作の続編も期待に違わぬ傑作だった。大海原を舞台にした千夜一夜物語は、今回も変わらず豊かな没入感をもたらした。
その興奮も冷めやらぬまま、せっかくなので同サークルが世に送り出した作品との思い出と共に振り返ろうと思うのでした。

(ネタバレが大量に含まれる記事です。ご容赦のほどをお願いします。)




これまでの作品を振り返って

やさしい吸血鬼の殺し方

時は遡ること2019年1月16日。DLsiteの新着一覧にて一つの音声作品に出会う。

やさしい吸血鬼の殺し方」は100円という驚くべき低価格に加えて、ジャケット画像「なし」の異様な存在感を放ってリリースされた。
当時の音声作品売り場は、現在のように企業やプロの声優に加えてVtuberが参入するスターリングラードもかくやという激戦区…ほどではなかったものの、いちユーザー目線でもレッドオーシャン化が肌で感じ取れていた時期でもあった。改めてランキングに上った作品群を見直すと、現在への過渡期にも思える様子がちらほらと伺えます。
そんな折だっただけに、この作品を見た瞬間に「あ、妖しい…。具体的に何がというか全てが…」みたいな感想を抱くのもまぁ、無理からぬものがあったと言えましょう。

実のところ吸血鬼はいわゆるジャンル、属性として好きなので、まぁ怖いものみたさで作品概要は見ておくか…安いし、吸血のトラックあるかもわからんし…くらいの気持ちでリンクを開き、作品内容欄でまず圧倒された

なっが•••!音声作品は没入感を高めるため、主人公―聴き手のバックボーンは極力排するのが常道というもの。そこをあえて実在の人物をモチーフとすることの特異性と、青柳るうさん演じる吸血鬼の可憐でいてどこか浮世離れしたミステリアスな雰囲気に、一言で表せば「呑まれた」のでした。

そこからは迷いなく購入、即視聴。描かれていたのは移ろいゆく時代。進歩する科学が世界から神秘を剥ぎ取っていくロンドンにおいて、科学者のヘンリー•キャベンディッシュと吸血鬼の関係は日の差さぬ地下牢の中で醸成されていく。「瀉血」という、日進月歩の医療知識において現代では否定されているものの、当時では至って常識であった治療を絡めたストーリーもまた興味をそそる。
人付き合いが極度に苦手な科学者と、時代に取り残された吸血鬼が織りなす人生の証は44分の時間に濃縮され、やがて孤独を埋め合うように訪れる結末に思わず胸を締め付けられた。暗闇の中で育まれた関係性を想起させるように、ジャケットの「no image」は翻ってキャベンディッシュ本人が見ていたであろう無明の視界と、同時に確かにそこにいたはずの吸血鬼の少女を幻想的に実感させるのでした。

胸に染み入る後味を噛みしめながら同梱された「解説」のファイルを見て、更に度肝を抜かれた。参考文献の数々とそれに裏打ちされた設定、吸血鬼の伝承や当時の世俗、キャベンディッシュの人生について圧倒的な密度で文献を参照したことが察せられる解説と、それら数々の考証が「バイノーラル音声作品」の媒体に落とし込まれ、世界を造成している様が与えた衝撃は今なお色褪せず私の記憶に君臨し続けます。設定を知った上での2度目の視聴は、物語への没入度を更に高めるだけでなく、知識を得たことによるプリミティブな興奮で胸を高鳴らせたのでした。
「我等と死人は夜の底を疾く駆ける」―。あの時代に、二人の物語は、愛は確かに存在したのだと幻視するほどに構築された物語は、今までにない新鮮な感動をもたらしました。

これほどのシナリオを書くなんて、よもや高名なライターさんに違いない…!と打ち震えながらサイト内やTwitter、ci-enを探すも当時は全くヒットせず、普段通り感想ツイートはしたものの「この人を音声作品から逃がしちゃいけねぇーーーッ!!というかそもそもこれが埋もれる世界があってたまるかよーーー!!!」と、メガンテを打つポップみたいな心境で当時はちょいちょいTLでおススメした記憶がありますね。

きょにゅーJ○を孕ませるお仕事

そこから音沙汰なく、実に半年以上もの沈黙を破ってリリースされたのはまさかのR-18音声作品
きょにゅーJ○を孕ませるお仕事」(18禁作品のためリンクは省略)のあまりにも直球すぎるタイトルは嘘でしょ!?!???と思わず三度見くらいしてしまった。見間違いを疑いながらサークル名をクリックして、あ、間違いなく氏の作品だ、えっほんとにぃ…?という感じでした。なんというか、こう、普段NTRジャンルを書いている作家が年上純愛モノ同人誌を制作したと思ったら続編がガッツリNTRだった、みたいな二重三重の驚愕があった。

倫理観崩壊、新世界!
J○〇ませ合法化!
〇〇〇に積極的なおっぱいJ○に、いっぱい密着〇〇〇社会貢献!
とっても〇〇〇な幸福市民性活!

(作品紹介より。一部伏字にしています)

リビドー溢れる紹介文に、なるほどこういう方向性もアリか…と飲み込みつつも、「新世界」「幸福市民」のワードにおや?と心を騒がせるさざ波のような違和感。そして「摂氏36.4度」をはじめ各トラック名を見た瞬間、それは確信に変わる。

そう、甘々なR-18作品でありつつもこの作品の背景に描かれているのはディストピア理想郷ユートピアと対になる、オタクならみんな大好きなアレです(極大主語呪文)。
とにかく甘々、全編に渡り退廃的どろどろなほどにえっちな作風でありながら、言葉の端々を時に気付かぬようなさりげなさで、「耳のとこ、引っ掻けないようにしてくださいね」「何度も練習」など奇妙なワードが通り抜ける…。それはさながら、いずれ起動する爆弾のタイマーが視界の端で数字を減らしたかのような緊張感がありました。そして最後に特大の閃光を放って幕を下ろすラストの快感!

それでいて、みもりあいのさんの演技がまた巧い。無垢すぎるほどに無邪気、過剰なほど多幸的な雰囲気で演じられる女の子の声は、引っかかった違和感や特殊なシチュエーションで沸き立つ羞恥心を、こちらも気付かぬままに絡め取り、砂糖菓子のように甘く柔らかい夢見心地のまま優しく嚥下させる質感を味わわせます。
というか軒並みエロ描写が上手いんですよね…。段階をおって少しずつ性感を高める流れや台詞回しといい、単なるR-18作品としても十分なクオリティです。後ろから胸を押し付けたりトラック2が全体的に良すぎないか?かつ裏設定を知ることで更なる奥行きを感じさせる(どちらかというと「意味が分かると怖い話」のような感はありましたが)、シナリオを重視した作風は見事。

とーかの秘密

氏のR-18作品といえば、「とーかの秘密」も欠かせない。
あとがきにおいて「売れるやつ」「サークルの看板になるような作品」とあって流石に身も蓋もなくて笑ってしまったものの、リリースされた2021年初頭は音声界隈が徐々に変革されつつある時期だった(ちょっと荒れそうな話題ではある)し、実際私ももっとこのサークルを知ってほしいなー!と常々思っていたので、フックとなる作品ということでうんうんと頷くのでした。
かくして誕生した本作は、毛ガニデパートが掲げる「シナリオ重視」の看板に偽りない没入感と、女の子同士の繊細な絡み―百合が融合、昇華されたこれまた良作だった。
それは一言で表せば「耽美」。陽向葵ゅかさん演じる友達が、男性に告白された「とーか(聴き手)」に対し、性的なことを練習して応援する形でなされる本作。とにかく丁寧すぎるほどに丁寧な愛撫や、女体のどこをどうすれば快楽を生むのか、など柔和でいて刺激的な語り口が痺れるように官能的で、「よくわからないけど…いけないことをされてる…!?」という戸惑いと叡智な気分を沸かせます。ハグで柔らかさまで伝わるような演技は、さすが陽向葵ゅかさんだわ…と息を呑むほどにドキッとする。

スキンシップの延長で性を教え込まれるかのような悪戯っぽい触れ合いの中、壊れ物を優しく扱うような手つきで性感を開花させられる表現が、とにかく真に迫っていて凄い。細い指先、柔らかな手つき。髪や爪など女性の象徴じみた部位に言及するとこととかいいですよね…。友達からの好意や愛情が細かな言い回しや距離感で伝わるばかりでなく、聴き手であるはずの「とーか」自身が羞恥に悶えたり震えるような様まで幻視されるようで、シナリオとエロスが互いの相乗効果によって高められている、まさしく看板作品として作り上げられた完成度です。


生まれてくる事を望まなかったあなたのために

音声作品ではないですが、「生まれてくる事を望まなかったあなたのために」はそこからさらに踏み込んだ、「反出生主義」をテーマにした百合小説です。「タイトルに惹かれ方以外にはおススメしません」と書かれているけれど、なかなかに癖が強い作品。
あとがきにもあった、反出生主義と言えばフリーゲームの「Seraphic Blue」を思い出す。作中において同思想を掲げるのは主人公と敵対し最終的に打倒される勢力だが、それでいて生きる/生まれゆくことで発生する苦しみに対して善悪の結論を断じることのない、命に真摯な眼差しが垣間見えたのを覚えています。

そんな「生まれてくることを~」ですが、あとがきの通り百合と反出生主義の相性の良さに唸るばかり。社会に認められた幸福ではなく、自身が納得する生き様を送りたいと切なる願いを秘めたアイと、そんな彼女を想うユウとの逃避行がとにかく良い。少女二人が送るリアリティに富んだサバイバル描写と、そのなかに確かにあった楽しさや幸福、分かち合った心が紡ぐ日々は、溢れだしそうな慈しみを以て克明に描かれます。
命は親から子へ与えられるだけのものではない。熟さぬどころか果実を結ぶことない花々―そんな少女二人が終の住処において、名も知らぬ誰かから継承した優しさによって誇らしく生を全うし、いつか来る誰かのために遺す循環が巡った季節と重なり、寂寥感と満足感を胸に去来させる読後感が素敵な作品だった。死体埋めと飛び降りは百合の華だよな…


アラビアンナイト</breath>~錬金術師と魔神の物語~


さて、リリース順は前後するが、粒ぞろいの作品が星空のように集う同サークルの作品群にあって、私が一際惹かれているのが「アラビアンナイト</breath>~錬金術師と魔神の物語~」だ。

これに関してはもうあらすじを読んでほしい。物語性を重視した作品を数多くリリースしてきた氏による、アラビアを舞台に語り紡がれる極上のAlcamy Fiction(アルケミー・フィクション)・空想錬金物語の世界には大いに引き込まれました。

これは完全に自分語りなのですが…実は本作を聴く直近で「アラビアの夜の種族」を読了してました。生まれや人種を異にする主人公たちが運命に導かれるように悪徳の廃都・ゾハルに集結し、太古の時代から連綿と続く因縁に決着を付け、それが物語となり生き続ける…。その幻想的かつ煌びやかでありながら妖しい世界観に魅了された熱は冷めることなく、砂塵を巻き上げる風のように心に去来していた時期なのも相まって、本作アラビアンナイトへの高揚はこれまでと比較しても頭一つ抜けていた。

例えば食事、文化背景に至るまで、アラビアの美しく神秘的な情景が切り取られたかのような巧緻な物語が、千夜一夜物語の語り部「シェヘラザード」によって文字通り語り紡がれている幸福感、これがもうたまらない…!

身の丈に合わぬ魔神の力を得てしまった漁師が、あくまで素朴な善性を失わないままに錬金術の力を行使し、幸福を手に入れるかと思いきや報われることなくコミュニティから排除される…その物悲しさは、砂漠やモスクををはじめとした豊かな景色が描写されるからこそ映えるというもの。生命溢れる極彩色の海で漁を行い慎ましく生きてきた漁師が、地平線の先に待つ希望を胸に鮮やかな情景の砂漠をゆく中盤を経て、終盤では多くの財宝に囲まれながらもどこか茫漠たる空虚を胸に抱える様は、天候や時刻によって様々な顔を移り変える砂漠の様相を想起します。
そんな彼らが、「心があるから苦しむのだ」とエリクシルの盃をあおり、一面白の景色に覆われたコーカサスに移り住むに至った流れのどこか悲壮な美しさたるや。なかなかのものがありました。
錬金術に対する深い描写が、古来のファンタジー世界へさらに没入感を高めます。まぁ特定年代のオタクは好きですからね、錬金術。

恒例のTipsの充実具合も素晴らしい。アラビアンナイト原作があんなん(あんなん)とは知らなかったためエェーっアラジンとかシンドバッドってそういう感じだったの!?って驚いたし、続く容赦のない突っ込みの数々で笑ってしまった。作中に出てくる奴隷―マムルークたちや、重要なファクターとなる哲学についても深堀されていて嬉しい限り。
そして、それらの物語を紡ぐ、浅見ゆいさん演じるシェヘラザードですよ!時に涼やかに、時におどろおどろしく、まさしく物語を彩る演技でとにかく引き込まれたし、割と(というかほぼ)女っ気がない作品にも拘わらず細かな演じ分けがなされてるのがやっぱりというか、凄い。シェヘラザードのキャラもいいですよね。叡智に富んでいている才媛と疑いようもない風格だけでなく、マスターをからかって反応を楽しむ茶目っ気とか可愛すぎてびっくりした。

今後もこういった骨太な作品が聴けたらいいなぁ。ただ、参考文献のあまりにもな多さや、かかったであろう執筆コストに想いを馳せるとなんとも言えない気持ちになるし、とりあえず次の作品も楽しみですね。―そんな心持ちでいたところに、冒頭のツイート。その際の歓喜や衝撃が…分かるだろうか?いやだって、直近のツイート見てたら「あっ新作作ってるんだな~!俺は待ってますよ!」くらいには心で叫んだものの、まさか続編来るとは思わないじゃん!!!ありがとうございます!!!!!


アラビアンナイト</breath>2~蒸気義足のシンドバードと白鯨の物語~


前作は千夜一夜物語に対する予備知識なしで聴いたので、今作はシンドバッドの物語を予習するのでした。よくよく考えると読んだことなかったんだよなぁシンドバッド…。
島と見まごうほどの鯨、巨人や人喰い族など、現代にも通じる要素のある冒険ファンタジーでしたね。というかロック鳥―ルフの元ネタってこれだったんだ!?と無知を晒してしまう。

これはルク 雛を丸焼きにしてMPが切れたシーフォンを蹂躙する親鳥を許すな

スコットランド人の青年、ハーマンが故郷を飛び出してある目的のために故郷を飛び出した旅路。まずこの語りで物語の引力が加速度的に上がります。

アテネの島々が浮かぶ美しきエーゲ海を越え、狭隘なダーダネルス海峡を越え、サファイアの海と称される穏やかなマルマラ海を進むと行き先が見えてまいりました。
ヨーロッパとアジアが接する場所。
かつては、コンスタンティヌス1世がキリスト教を初めて公認したローマ帝国の首都コンスタンティノープルと呼ばれ。
そして、今はオスマントルコ帝国が統べるイスタンブルとなった都でございます。

音声作品を視聴する際は布団に包まって目を瞑る…それが最も集中できるのは分かっていましたが、この辺りは地名や建築物を検索しながら聞いていました。どこまでも澄み渡る海や美しいモスクの情景は、直接作品には関わらないとはいえ、世界の空気感と言いますか…目蓋の裏で物語の輪郭をより鮮明に補完します。

蒸気機関が実用化に至るまでの、幾人もの人々が関わり発展させた歴史と共に語られるifの世界史、「アラビアン・スチームパンク」。蒸気機関の歴史だけでもお腹一杯になるほどのボリュームです。この時点でもう物語に意識が埋没してしまう。チューリップの雑学が情景を更に彩り、蒸気機関車と砂漠と工業都市が並ぶ土地を走る雄大な景色がよりクリアになっていく。

異郷の地、世界最大の捕鯨基地で出会うスターバック、大男のクィークェグ…そして船長の「シンドバード」が登場して、新しい第一夜は終わりを告げる…。
いやもう凄かった。この時点で前作で上がり切った期待値のハードルをゆうに飛び越える面白さ。知った名前がここで登場して終わるヒキの強さも魅力的です。
正直言って、一夜一夜楽しみながら聴いていくのが臨場感をもたらすのは察していたものの、そのあまりにもな面白さにヒャア がまんできねぇ!と一気に聴くのでした。

クジラの歯を欄干に飾り、さながら船そのものが巨大な鯨の口かのように描写される「ピルム号」が出港してからのパートもぐんぐん魅了される。いや海洋冒険もの好きなんですよね。数多くの人種が船という共同体において一つの生命体のように行動し絆を深め合う、王道の展開が良いものです。
それでいて、夜の甲板をシンドバード船長が歩く際の足音の、バイノーラルを活かした演出が素晴らしい。カツン、コツン、カツン、コツンと左右でオノマトペが異なっているのが、「白鯨」のエイハブ船長よろしくどちらかの足が義足なんだろうなと察せられるとともに、しんと静まった夜を不気味に響く音で船長に対する緊張感が高まる…!

このシンドバード船長の演出は、捕鯨に取り掛かるシーンでもその狂気を強烈に印象付ける。鯨を発見したことで今か今かと船員たちが浮足立つ空気が、船長の登場によって一気に凍り付く…。そんな様を声の演技ひとつで表現しきったこの前後のシーンは、本作におけるハイライトの一つだと思います。
捕鯨のシーンから醸し出される、身が引き締まるような高揚と緊張もたまらない。知能に優れた巨大な生物を狩るために洗練された動きが目覚ましいだけではなく、それでもなお命がけでの戦いなのだと、生唾を呑むような臨場感で展開します。間一髪のところで打ち勝ったところなんか歓喜がそのまま伝わるようだったし、そのまま流れるようにシェヘラザードが肘を入れてくるので緊張からの緩和で余計に笑ってしまった。

鯨は捨てる部位がないなんて話は聞きますが、文字通り肉から油の一滴まで取りつくさんという勢いの解体の様子は迫力がありますね。脂身をくりぬく描写や、油の香しい高級感がより実感されるというか、この辺りはさすが毛ガニデパートだ…!と感嘆とした。シンドバードが鯨肉を一度海水に晒して血を洗ってからかぶりつく、そんな描写に「物語としては、血の滴る肉を食べて白髭を赤く染めるくらいの狂気を披露していただきたいところなのですが、イスラームには血を食してはならないという戒律がありますので」と挟むのもまた巧い。

そして遂に邂逅する白鯨。作中において「傲慢そのもの、怒りそのもの」と称されている通りの、神か悪魔か真のレヴィアタンの異名に恥じない残虐・凶暴性に圧倒される!明らかに人の狩りを知っている動きや、悪意を剥き出しにして人を殺し船を破壊する、まさしく人類が海洋に抱く恐れを一点に凝縮したかのような暴力はこれまでの鯨とは別の生命体だ…!と畏怖を隠せない。Tipsにおいて「神秘性のあるアルビノではなく、戦闘による傷で体表が白くなっている」と語られている辺りも恐ろしさを補強します。

次々に死んでいく仲間たち、クィークェグの特攻すらも一時しのぎにしかならない…そんな危機に、船の部品を使って一矢報いるジャイアントキリングの展開がもう盛り上がる!戦闘前にコーヒーを飲んで「俺、もっと稼いだら新大陸でコーヒーショップを開くんだ…」と露骨な死亡フラグをメインマストみたいにブチ立てるスターバックさんに乾杯…。

船員の尽力とシンドバードの狂気が打ち勝った満身創痍の勝利がもたらす余韻とともに、「盾に刺さると折れるし自重で沈むので一度きりしか使えない槍」と説明されたピルムの名の通りに船が海の底に白鯨を沈める決着や、「マストの上から見ると鯨が口を開けてる」ように描写された船から、引火した鯨油がその炎で船員を呑みこむ…。伏線回収というか、要素や描写をこう繋げてくるか!という、あるべきところにハマったかのような快感がいいですね~~!!

緻密な世界観を物語る、現代に蘇ったアラビアンナイトの2作目はこうして幕を閉じ、いやあ今回も面白かったな…!と満足のため息をつくのでした。シナリオ台本を見ると思いのほか説明のパートが長く見えるものの、実際に聴くと起伏のある展開や智慧に富んだ雑学の数々が物語への没入感を高め、あっという間に一つ一つのトラックが過ぎ去っていくのはさすがだぁ…としか言いようがない。
捕鯨のシーンは手に汗握る緊張感が溢れそうになる、刺激的なアクション描写によって前作よりメリハリが強化されるようだった。この辺りが物語のドラマチックさをより鮮烈に描写していたし、さらに筆致の迫力を伸ばす氏に敬意しかありません。その後の蒸気帝国について深く語られないのも、シンプルに「めでたしめでたし」で締めるおとぎ話の様で結構好みだったり。どっとはらい。

今作もシェヘラザード役の浅見ゆいさんの好演が光りました。前作よりさらに女っ気がない作品ながら、ハーマン、スターバック、クィークェグ、シンドバード…など、年齢や人種、背景も異なるキャラクターの数々を演じ分けて、かつ物語に奥行きと迫力をもたらしたのはさすがというもの。シンドバードのような、狂気に囚われた壮年男性の演技のタイプは初めてだったので、思わず聞き入ってしまった。
また、シェヘラザードそのものも魅力的で大変いいものだった…。前作でも距離が近かったりしましたが、抱き着く、腕枕を要求する、「マスターぁ、私マスターに愛していただけておりますかぁ?(この「ぁ」がほんとズルい)」と猫撫で声で甘えてくるあたりの「こ、こいつ強いッ…!」感が素敵。それでいて、体重を指摘されると機嫌を損ねたり、手を握るよう要求する可愛げもいいですよね。肘を入れたあとのわざとらしい棒読みとか、「呆れています。はい、ハーマンに対して呆れております」とツンケンするのいいよね…。額にキスをするヒロインは最強だってみんな言ってる。
冒頭のハギス、なんか聞いたことあんだよな…と画像検索したら例のアレでほんと笑う。


今までリリースされた作品と共に、今作「アラビアンナイト</breath>2」もとんでもないクオリティで私の琴線をかき鳴らしていきました。毛ガニ氏の今後の活躍を祈るとともに、改めて過去作の物語性にも思いを馳せるのでした…。


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