できることは自分たちでやるのが田舎流

このたびの豪雨で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

今年は各地で豪雨に見舞われ、川が氾濫する被害が相次ぎました。被害を受けたのは田畑だけでなく住宅地にもおよび、生活環境は一瞬にして一変してしまいました。

浸水が収まり、水が引いた後は片付け作業に追われることになりますが、あちこちで大量の流木が道路をふさいだり、周囲ががれきの山になったりしてしまいます。

被災した後は身体面の疲労はもちろんのこと、精神的なダメージも大きく、復旧作業を始めようという気持ちにはなかなかなりにくいものです。

しかし、田舎で生活している人たちは、「自分たちでできる復旧作業は、行政や業者が動く前にやってしまおう!」と考え、さっさと片付け始めてしまうようです。

Twitter上では、それを示すツイートがみられました。

かくいう私も田舎に暮らしていますが、上記のツイートは納得できます。確かに、田舎の人たちならワーッと集まって、できる限りの作業はやっちゃうだろうなぁ、と。

なぜ、田舎暮らしの人たちは一気に災害の後始末ができてしまうのでしょうか?その理由について考えてみました。

いろいろな機械を使いこなせる

田舎の人ならではの特徴は、いろいろな機械を使いこなせることです。
例えば
・チェーンソー:木を切る
・草刈り機:草を刈る
・消防用小型ポンプ:火災の消火+道路に積もった土砂の吹き飛ばし
・ユンボ:がれきの撤去

田舎ではまわりを自然に囲まれていることもあり、日常的に土木作業を行っている人も多いです。これらの機械を使える人が多く、特にユンボが使える人が何人かいれば、災害の後始末が一気に行えます。

いざというときに一致団結しやすい

そのほか、田舎ならではの特徴として、いざというときに一致団結しやすい、ということがあります。

災害などの緊急事態になると、田舎の場合はどこからともなく人々がぞろぞろと集まってきます。そして、その場の流れで相談が始まり、作業ができるようであれば作業できる人から作業を開始、手伝える人はどんどん手伝う、という感じで作業が進んでいます。

作業は応急処置的ではありますが、ひとまず生活に支障がない程度に復旧すれば作業は終了。

一見「無理じゃないの?」と思える作業も、それなりに人数が集まると意外と作業は終わるものです。

田舎に住んでいて「これこそが田舎ならではの良さ」と感じています。

田舎の人はゼネラリスト

田舎の人ならではの特徴として「ゼネラリスト」の一面があります。

今の社会では、基本的に専門的なことは専門家が行う「分業制」が主流となっています。業務を進める場合、中途半端な能力を持っている人が大勢いるよりも、並外れた能力を持っている人が少数いれば、業務効率が飛躍的に高まるためです。

言うならば「餅は餅屋」の発想です。

しかし、田舎暮らしをしていると、一つのことだけに特化するのではなく、さまざまなことをこなせるようになる必要があります。

あるときは魚釣り、あるときは野菜の栽培、あるときは草刈りを行い、あるときはチェーンソーで木材を切る、火災が発生したら消防用ポンプを使いこなして初期消火、などなど、一人何役もこなさなければなりません。そのため、気がつけばいろいろなことができるようになっています。

もちろん、田舎暮らしの人すべてがゼネラリストというわけでもなく、なんらかの技術に特化している人もいますが、大勢が集まれば、スペシャリストの人は高度な技術を活かし、トラブルの解決に向けて力を尽くします。

災害復旧作業において大切なのは「自分たちでできることは自分たちでやってしまおう」という発想です。そういう心意気があるからこそ、素人集団であるにもかかわらず、無事に作業を終わらせることができるのではないでしょうか。

まとめ

災害の復旧作業は、地元の住民だけでできない大がかりな作業もたくさんあります。例えば、壊れた堤防の修繕や流されてしまった橋の架け替えなどです。

地元住民だけではできない作業はやむを得ませんが、地元住民が協力し合って復旧作業ができるなら、素早く作業してしまった方が得策だと私は考えます。

災害が発生した場合、行政や専門業者の到着を待っていても、それがいつになるかわからないからです。災害が発生しやすくなった今の時代は、「自分たちでできることは自分たちでやる」という自立した発想が求められると思うのです。

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