<川村恵里佳ピアノ・リサイタル ~反復のOrient-Occident~> 鈴木治行作品プログラムノート

2021年9月30日 <川村恵里佳ピアノ・リサイタル ~反復のOrient-Occident~>のプログラムのうち、鈴木治行3作品のプログラムノートを事前公開します。

『Lap Behind』(2017)   
 この作品は瀬川裕美子さんの委嘱で作曲され、2018年1月に初演された。タイトルの意味は「周回遅れ」で、普通はあまりいい意味では使われない言葉なのだが、ここではそういうマイナスの意味あいは全くない。これは純粋に作曲上のプラクティカルな操作に関する命名で、もしスコアをつぶさに分析しようという奇特な方がいたら1周遅れの何かが見えてくるはずだが、聴覚的にそれを認知するのはおそらく難しいし、その必要もない。「反復もの」においては、記憶に引っかかる点を時間軸上に穿ち、その点が再び回帰してくる時に聞き手はそれを思い出す。点と点が結びつき、関係性が生まれる。その関係性の糸を編むのがここでの作曲である。これ自体は何も目新しい考えではないし、音楽に限らず、アート作品は何らかの関係性の創出とその知覚で成り立っている。ここでは、響きは、極端に言えば記憶に印をつける目印としてあって、響きそれ自体の主張より、生み出される関係性の方が上位にある。また、記憶への引っかかりというのは特定のいくつかの箇所がそうなのではなく、本来はこの曲に現れるすべての音現象がそうなり得る可能性を秘めている。その中のどれに反応し、記憶に引っかけるかは聴き手次第なのである。

『伴走ー齟齬』(1999)  
 『伴走ー齟齬』はCDにもなっている「語りもの」の2作目で、「反復もの」ではない。つまり今回のテーマの中では浮いている。ではなぜ1曲だけ「反復もの」でない音楽が混じっているのかといえば、焼肉屋に行って完全に肉ばかりだとさすがにくどいので、そこに付け合わせとして添えられる野菜のようなもの、とでも思っていただければよいかと。昨年の個展では「語りもの」シリーズから2曲が再演されたが、この『伴走ー齟齬』は2007年以来14年ぶりの再演となる。ここでまず目を引くのは、トモミンという謎の電気楽器だろう。この足立智美によって作られた創作楽器は、音もチープな上に細かいコントロールが難しいので、通常の使い方をするとそれが足枷になりやすい。そこで、ここではそうした特色を逆手に取ることにした。トモミンとピアノという取り合わせにおいては、いくら頑張っても美しく一体化したアンサンブルを形成するのは難しい。そこでは空間は2つに分裂し、溶け合わない剥き出しの異物感が前面に押し出される。映画音楽における、イメージを背後から支える透明な存在としての音楽のあり方に疑問を抱くところから始まった「語りもの」のコンセプトに沿い、物語に亀裂の入った音楽を重ねても、なおもまだ音楽はイメージの伴奏たり得るか、という問いかけがこの作品の基本にある。


『Pivot』(2021)  *世界初演
 『Pivot』、日本語タイトルは『回転軸』。「反復もの」においては、同じ素材が何度も回帰するのでグルグル回転し続けるイメージが自分の中にあり、それでつい「回転」、「円」にまつわるタイトルをつけてしまう傾向がある。曰く『同心円』、『楕円』、『偏心輪』、『天球儀』、『回転儀』、『回転羅針儀』etc。さて、『Lap Behind』の項で書いた「反復もの」の原理はこの『Pivot』にもそのまま当てはまる(ただし「周回遅れ」はない)が、『Lap Behind』と『Pivot』には、他にも様々な作法の違いがある。『Pivot』をいざ作ってみたら、これは「反復もの」の中ではおそらく反復が知覚しやすく、ある意味「反復もの」って何?という問いにわかりやすい答えを提示する作品な気がしてきた。典型とはいっても、これまで一度もやったことのない試みも含まれている。近年のこの路線における傾向として、同じ素材のテンポ違いを混ぜ合わせる、というのがあるのだが、この作品の後半では、異なるテンポでの音パターンの回帰が、伸び縮みする時間体験を生み出す。また、『Lap Behind』にも『Pivot』にも唐突に調性的なフレーズが現れ、そこに様式の齟齬を感じるかもしれないが、これも記憶に引っかかりを残すために他とかけ離れた音事象を持ってくる、という姿勢の表れである。これは、実体よりも他との差異を浮かび上がらせることを重視する記号論的な姿勢ともいえるだろう。


コンサート情報:

川村恵里佳ピアノ・リサイタル ~反復のOrient-Occident~
2021年9月30日(木)18:30開場、19:00開演
杉並公会堂小ホール
チケット:前売一般3000円、前売学生2500円、当日3500円
Confetti:http://confetti-web.com/circuit2021
0120-240-540

お問い合わせ:circuitiucric@gmail.com、
電話番号:080-5496-6854(石塚)
主催:CIRCUIT
文化庁ARTS for the future! 補助対象事業

program:
鈴木治行/Lap Behind(2017)
鈴木治行/伴走ー齟齬(1999)
鈴木治行/Pivot(委嘱新作) *世界初演
ベルンハルト・ラング/Monadologie V「ハッサンの最後の7つの言葉」(2008~2009)  *日本初演


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