ゆっくり行きたい

昔から自分を偽って生きてきたせいで、今も大抵のことを偽っている。

私は幼い頃から読書が好きで、絵を描くことが好きで、ひとりで自分だけの世界に閉じこもるのが好きだった。鉛筆や消しゴムをキャラクターに見立ててアテレコする遊びをひとりでやったりしていた。母は私を、のんびり屋さんだね、マイペースだねと言った。姉と口喧嘩になると必ず、言葉を頭で組み立てる時間が長いせいで負けた。恥ずかしがりで、仲良くなるのに時間がかかるタイプだった。「ゆっくり」が性に合っているのだという自覚は幼心にもあった。


小学6年生のとき、それまで仲が良かった女の子に突然冷たくされた。私は普通に息していただけだったから、今でも何でそんなことになったのか全然わからなくて、私って悪くなかったよなと自分に確認するときがある。
その時は、それまであんまり話したことのなかった別の女の子が、大丈夫だよひとりじゃないよ、って言ってくれて、仲間に入れてくれて、それで救われた。ヒーローっているのかあと思った。中学は別々になってしまったから、彼女とはもう長らく会っていない。

中学1年生のとき、それまで仲が良かった女の子グループから突然外されそうになった。私は普通に息していただけだったけど、今になって当時を思い出して、私が普通に息してることも嫌だったのかなと悲しくなるときがある。
その時私は辛かったけど、誰にも相談しなかった。人に頼ることが昔から苦手だった。差し伸べられた手は掴めるけど自分から助けを求められない子だった。なぜか人に頼ることはいけないことだと思っていた。自分の問題なんだから、自分ひとりで何が悪いか考えて、その弱点を克服しなきゃと思っていた。
当時の私が考えた末たどり着いた答えは、私はおもしろくて明るい人間じゃないから、きっとそれがグループのノリに合わないと思われてるんだろう、ということだった。だから私は作戦を立てた。朝学校に着いたら元気よく挨拶して、にこにこして近づいて、けたけた笑いながら会話しよう。もうそういう人間になってしまおう、性格を上塗りしてしまおうと決めた。「この日から私は、明るく楽しい人間になる」と手帳に印をつけもした。

私の失敗はそこだったのかなあと考える。

そんなグループにしがみつかなくたって、1人になったって良かったのに。自分らしくいられる場所がそこじゃなかっただけなのに。ゆっくりでよかったのに。でも私は気づかなかった。友人を失わないために自分を偽った。飾った。明るく明るく、楽しく楽しく。友達がいなくなることが、たったひとりになることが、怖くて怖くて仕方なかった。
結局は私のいたグループは、私を嫌っていた子たちとそれをよしとしない子たちに分裂した。単に相性のよくない人間が離れただけのことだが、そこからはずいぶん楽になったと思う。

でもその時から厄介な癖がついた。人に好かれる自分になろうとする癖。これはなかなか決定的だったと思う。私の人生における、なかなかの決定打。
みんな明るくて楽しくてかわいい女の子が好きでしょう、黙ってるより喋ってる方が好きでしょう、だったら私はそうなればいいよね、と考えた。高校に入ってからもそうした。私は「かわいくて頭が良くてにこにこしているいい子」だった。高校生活はとても楽しくて、周りの子はみんな素晴らしい人間で、クラスも部活も、自分が一番自分らしくいられる場所だったけど、それでも、そこにいたのが本当の本当に自分だったとは言い切れない。そこにいたのは、1枚、ベールをかぶっている自分だった。今思えば、私は好かれようとして好かれている人間だと、鋭い子ならきっと気がついていたのだろう。あの頃の私をはたから見ていて、全員に好かれる人間であろうと奔走する姿はどんなに滑稽だったろうかと想像すると、全身が爛れそうに恥ずかしくなる。

大学に入って、それがもっと顕著になった。怖かった。嫌われることが。うまく馴染めないことが。本当はアニメも漫画もYouTubeも音楽も、好きなことなら有り余るほどあるのに、そんなのも全部ひた隠しにして、「いい子」を装った。我ながら気持ち悪くて嫌になる。
私は私のほんとのことを何も明かせなくなった。深夜ラジオを聴いているとか、中学生みたいな下ネタでもげらげら笑うとか、疲れた時は平気でコンビニのごはんばっかり食べるようになるとか、他人に明かしたらその他人の価値基準で判断されそうなこと、色眼鏡で見られそうなことは言えなくなった。この人、そういう人なんだ、と思われるのが怖くなった。

自分のことを明かせないのは自分に自信がないせいだ。自分のことが嫌いだからだ。誰かに、家族にすら、頼ることができないのは、自分程度の人間が他人の手を煩わせちゃ駄目だと思ってるからだ。その気持ちはずっと心のどこかにある。小学生の頃からずっと。
生まれ持った性格というものは、直そうと努力しても絶対直らないと、東海オンエアの虫ちゃんが虫ころラジオでいつか言っていた。引っ込み思案でマイペースな私のままで今日まで生きてくればよかった。無理に自分の性格をひっくり返そうとしなければよかった。ひとりで解決しようとせずに、わたしはゆっくりのんびりがいいんだって、素直にだれかに言えばよかった。好きでもない人のおもしろくもない話に笑ってるわたし、本当に大嫌いだ。

自分のペースを守って生きられるところを見つけたい。幸いなことに、信頼できる友人はいる。家族もいる。のんびり生きたい私を見守っててくれますか、助けてくれますかと、縋ってみたい。頼ってみたい。
自分のベールを少しずつめくりながら生きようと思う。ゆっくりやらせてください。

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