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童話『ヘイゼルとぼく』前編

 ヘイゼルはとてもきれいなネコだ。うす茶色の毛にオレンジのしまが入っている。でもぼくが一番きれいだと思うのは目なんだ。茶色と緑で、太陽が当たるとすごくきれいに光る。ネコの目はいろんな色があるけど、ヘイゼルの目の色はヘーゼルっていうめずらしい色なんだって。そう。ヘイゼルっていう名前は、目の色からとって父ちゃんがつけた。ほんとはぼくがつけたくていろいろ考えていたんだけどね、言う前に決まってしまった。くやしかったけど、ヘイゼルっていい名前だよね。かっこいいよ。
 ぼくとヘイゼルは仲がいい、と言いたいところだけど、一番仲がいいのは父ちゃんだ。父ちゃんが知り合いからもらってきたから、これは仕方ないかな。
 父ちゃんが仕事から帰ってくると、ヘイゼルは家のどこにいてもやってくる。ご飯を食べている時は近くにいて何かもらっているし、おふろに一しょに入ることはないけど、テレビを見ている父ちゃんのヒザの上で丸くなったり、なでてもらってのどをゴロゴロ鳴らしたりしている。ぼくがいくらなでてやっても鳴らしてくれないから、これにはちょっとはらが立つ。
 次に仲がいいのは母ちゃんだ。なぜなんだろう? ご飯をやったり、水をかえたり、散歩や遊びに連れていくのはぼくなのだから、なっとくがいかない。ご飯を作るのが母ちゃんだって、ヘイゼルは知っているのかな。父ちゃんがいない時は、たいてい母ちゃんの近くにいる。ぼくが学校から帰ってきてもよってくることはないけど、母ちゃんが買い物から帰ってくると飛んでくる。母ちゃん、きっとぼくに内しょでおみやげを買ってるにちがいない。
 でもね、ぼくは父ちゃんや母ちゃんが知らない、ヘイゼルのひみつを知っているんだ。たまに目が緑色に光る。夜暗いところで光るんじゃなくて、昼間でも、それまで茶色だった目がとつ然緑色に光るんだ。緑色の目で、ぼくをじっと見ていることがあるんだよ。不思議だと思わないかい?

『わたしの名前はヘイゼル。そう、ネコだ。ネコがしゃべるなんて、不思議に思うかい?
 たかし君、わたしのご主人の息子さんのことだけど、わたしと仲良くしたいなんて、とんでもない話だよ。わたしは今三才。ネコの三才はもう大人だ。人間の三才みたいに考えないでほしい。ご主人やおくさんと友達なのだ。人間の言葉を借りれば、大人の付き合いというやつだ。たかし君はまだ子ども。わたしの相手をするには、ちょっと早すぎるようだね。散歩には連れていってもらうけど。
 たかし君が言ったように、わたしの目にはちょっとしたひみつがある。緑色の目になっている時、わたしは人間と話ができる。だれとでもできるわけじゃないよ。まず親しくしている、わたしの家族である三人。そして親しくなりたいと思うほどいい人。
 おどろかせてはいけないから、まだ話していない。自分でもいつ緑色に変わるか分からないからね。でも家族とはいずれ話してみようと思っている。ご主人やおくさんとは話が合うんじゃないかな。大人の会話というやつだ。あともう一つ、わたしは別の力も持っていると聞いたことがある。
 人と人のつながりがあるように、ネコにはネコのつながりがあって、別の力のことは以前、仲間の一人から聞いたんだ。彼の知り合いの知り合いが聞いた話だから、どこまで本当か分からないけど、ヘーゼルネコは大切なものを守るための不思議な力を持っているそうだ。でもそれだけでは何のことだか、さっぱり分からないね。本当にわたしにそんな力があるのかも分からない。ただわたしには人と話をするという、仲間のだれも持っていない力がある。だからもしかしたら、あるのかもしれない。いつか分かる日が来るような気がするよ。
 おや、たかし君がよんでいるようだ。あの声は散歩に行きたがっているんだな。かれのことは両親よりわたしの方がよく知っていると思うよ』

 ぼくはヘイゼルを自転車の前カゴに乗せて、走り出した。行先は公園。ちょっと今日、学校でくやしい思いをしたからね。
 二時間目の体育の時間は、大きらいな鉄ぼうだった。四年生ともなると、さか上がりができるようになるやつがふえてくる。でもぼくはまだできない。ちょっとした事件が、さか上がりの練習中に起きたんだ。
 ぼくはいきおいをつけようと、地面を思い切りけった。そのしゅん間、手がすべり、せなかから落ちた。息ができなくなるほど強く打ったのに、クラスのみんなは笑った。エミちゃんまで笑ってた。ぼくの落ちた時のかっこうがおかしかったと、後でアキオが言っていた。それを聞いた時、まだせなかがいたかったけど、心までいたくなった。だって好きな子に笑われたんだよ。きずつくよね。あんなくやしい思いはもうしたくないから、次の体育までにできるようになるんだ。公園の鉄ぼうで練習するんだよ。ヘイゼルと遊ぶのは練習が終わってからだ。
 何度も何度も地面をけって足をふり上げる。でもおしりが上がらない。何がいけないんだろう。手の平がいたくなってきたので見ると、マメができていた。鉄ぼうをにぎるといたくてたまらない。みんなこんないたい思いをしてできるようになったんだろうか。やけくそになって思い切り足をふり上げたら、また手がすべった。
「あぶない!」
 今の声、だれ? そう思ったしゅん間、せなかを強く打って息がつまった。
 いたみが引くまで地面に転びながら、ぼくはさっきの声のことを考えていた。周りにはだれもいないんだ。もしかしてヘイゼル? まさかね。ヘイゼルを見ると、目が緑色に光っていた。

                           (後編に続く)

○第21回グリム童話賞に応募した作品です。


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