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劇光仮面が全然わからない件(完全ネタバレ)

劇光仮面の感想を探すと皆んな「ヤバイ」「物語が動き始めた」「若先生の描きたいことがようやく見えてきた」しか言ってなくて、しかもこれが2集のときも3集のときも同じことを言ってるのである。まあ逸脱した漫画ではあるんだろうし、どうも俺たちは若先生をどこか侮ってしまうというのもあるが。人類史に刻まれる世紀の大傑作「シグルイ」を物した山口先生に対して侮りというのも道理の通らぬ話だし、作品を論じるのに作者を持ち出すのも感心しないのだが、しかしまあなんというか、安心して見ておれないのだ。シグルイは掛け値なしに面白かったし、山口先生の飛躍は嬉しい驚きで、わがことのように誇らしくも思ったものだ。しかしその後のエグゾスカル零と衛府の七忍はまあ消化しにくい作品で、駄作とは言わないが、あのシグルイを描いた男が一体何をやってるんだ? と首を傾げたというのが正直なところだ。そんなこんなでコアなファン以外はひととおり離れた頃にひっそりと連載開始したのが劇光仮面である。ネットの連中は「特撮愛がヤバイ」「物凄い漫画になりそうな予感」みたいなことを平気で言ってるが俺は正直、山口先生がこれをどこまで本気で描いてるのか量りかねました。これもまたおかしな話であって、本気だろうが浮気だろうが面白きゃあそれでいいのである。あるのだが、にもかかわらず読んだ奴がみな「特撮愛がすごい」とか胡乱な感想を言っちゃうのは何故かといえば、要は話がおもんねえからである。それをまっすぐ面白くないとは言いたくないもんだから「まだ話が動き始めてない」みたいな認知の歪みが発生するのである。

(以下ネタバレ。ビッコミで1巻分無料公開中)

俺は単行本派なので第一話をリアルタイムで読んだわけではないのだが、あらためて読んでみると主人公と思しき青年が自意識過剰気味な独白しながら全裸で片手懸垂(懸垂バーと絞首装置は、兄弟みたいによく似ている)したと思ったら鏡に向かって今日の会話を予行演習、大学サークルメンバーの葬式、大学時代の回想、「星をつなぐ者」、特美研メンバーによるもう一つの葬式、で一話おわり。これを見せられたらこちらとしては「続きが楽しみ」くらいの感想しか言いようがないわけである。わけであるのだが、先生ならもう少しわかりやすく語れるはずですよね? 一見さん向けのツカミとかも普通に入れられますよね? とも思うのである。最後のほうに家族消失事件の吊り広告が唐突に挿入されるので、まあこの連中が怪人とバトルするんでしょうね、くらいの予想はつく。

全然バトルしねえのである。特美研の連中が実相寺のアパートに集合して彼らなりの葬式としてゼノパドンのスーツを斬るぞ、というところからまた大学時代の回想に突入し、怪人の父・狭山章邸訪問、人間機雷、お風呂、占領下の「劇光仮面」、とあって、たっぷり100ページくらい回想してからの加速居合切り、ミカドヴェヒターの涙、あとは成田いちると大学行ってヒーローショー見て「人斬り実相寺」で一巻終わり。恒例のあとがき「一縷」では「仮面には物語がある。託された行動様式がある。」「捨て去るに惜しい自己など持ち合わせていない者こそが仮面を受容するための空洞を用意出来るのではないか。」と、作品のテーマと思しき問題意識をそのまま書いてしまっている。

これを読まされるとこちらとしてはまあ、じっくり丁寧に語ってらっしゃいますね、これから物語が動き出すんですね、くらいの感想しか持ちようがないのである。まあ敵が出てきて特撮スーツで戦うんだろうけど普通の連続殺人犯みたいなやつなのかガチの怪人なのか楽しみだよね、2巻を待とう、となるのであるが、いざ2巻を拝読すると大部分が人斬り実相寺事件、特美研の失敗の回想描写が陰鬱に執拗に続き、ページが9割尽きたところで「仮面は僕の良心を、人並みに補ってくれるものです。」「今夜 僕が見送ったのはただの新幹線じゃない。誰かと結ばれて 大部分の人が ”幸せ” と呼ぶ駅に運んでくれる大切な列車…」という強烈なパンチラインがぶち込まれてからの人間ぶどう弾。「失うときは 前触れもなく――」読んでる側は快哉ですよ。怪人出てきた! ついに物語が動き出した! 喜べ少年、君の願いはようやく叶う!!

動き出さねえんだよなあ。3巻ではミカドヴェヒターがクライムファイターランキング1位だったという概念が登場し、その座を狙うヴァイパーがじっくり描写される。このあたりでそろそろ嫌な予感というか、これ本筋じゃなくて外人伝じゃない? 屈木頑之助もいいけどまだ3巻だし話の筋も全然見えてきてないよね? という心の声が無視できないものの、とはいえ1巻のお風呂とか足を閉じても肛門が見えるとかにくらべればまあ話を追いやすい展開ではあります。ぼくらランキング大好きですからね。いろいろあって廃遊園地でミカドヴェヒター対ヴァイパー戦、バトル自体は変に引き延ばさずきっちり決着まで描いてページは9割おわり、最後の最後で突然のアメイジンググレイスである。

衝撃の展開ではある。あるのだが、これ2巻とやってること同じだよね? 平時の自警団は単なる不穏分子であってコスプレ自警団が正義の味方になるためには悪の存在が要請される、何者にもなれなかった仮面まとう者たちがついに怪人と出会う、って同じこと2回やってますよね?? まあ、とはいえいよいよついに実相寺が怪人と対峙したわけで、ついに物語が動き出した! と4巻を待つわけであるが。

動き出さねえんだよなあ!! 2巻の最後で出てきたカブトムシ女がなんか別に怪人とかではないっぽい? というところから始まり、変死体とか不可能殺人とか(誰も信じてくれない怪異。特撮ドラマの第一話はそこから始まる。)、そしてついについに怪人と実相寺が対峙し、変身!開戦!!というところで4巻終わり、次巻は24年春である。実相寺のヤバさ加減というか一般人に大怪我させて前科ついて借金2千万背負ってサークルも廃部になったのに全然懲りてない異常性の迫力は出てたが、大きく見れば同じ話の3回目ではないのか。 ぶどう弾(出会わず)⇒アメイジンググレイス(出会った)⇒人龍(攻撃した)と、たしかにイベントは進行しているけれども、山口先生ならこれ1巻でツカミできましたよね? という思いも抑えがたくある。ようやく若先生のやりたいことが見えてきたとか皆んな言うけれども、「コスプレ自警団が本物の怪人に出会う」という定番の話を異常に丁寧に描いてるもんだから読んでる我々は果たして本当に怪人が出てくるのかどうかも予測がつかず、ハラハラしながら読んで、4巻でようやく怪人バトルが始まったのを見て「ついに話が動き出した!」と言ってしまっているだけなのではないだろうか!

賭けてもいいが5巻も怪人バトルはたいして進展せず、ゼノパドンの死因も語られず、たぶんコスプレ自警団FFF幹部の話とか始まるんじゃないですかね。でも山口先生の奇妙なところは、ヒキに全振りして話を引き延ばしているという感じはしないのだよな。回想編とサイドエピソードがこの物語に不可欠と確信してこういう語り方をしているのだなと思わされてしまうから、こちらとしては信じて待ちつつ毎回「ついに物語が動き出した!」なんて感想を言わされる羽目になってしまう。実相寺がいきなり一般人に大怪我させて逮捕、前科、というのもなかなか狂っていて、初回変身の初陣であればヒーローは勝利するし新装備のお披露目なら必殺技はちゃんと効くのが特撮のというか作劇の普通であって、必殺技が効かなくなったり主人公が驕って大失敗したりするのは映画の中盤になってからの話である。そういうお約束を無視していきなり実相寺が手錠かけられるもんだから読んでるほうは安心して見てらんないというか、こんなもん怪人出てくるに決まってるんだけどこれマジで怪人出てこないの!? と、皆さん仰る「予測のつかない展開」にハラハラするのである。この先も、「怪人バトル始まっちゃったし後の展開はだいたい見えたよね」みたいなことは全然なくて、また5巻でも異常な展開が繰り広げられ、ゼノパドンの死因は相変わらず語られないと思います。劇光仮面が全然わからねえ。

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