一歩 後編
*このお話は一歩 前編の続きになっております。まだ読んでいない方は、先にそちらをお読みになる事を推奨致します
懐かしい温かさと独特の浮遊感が僕を包む。これは....夢の中なのだろうか。目を開けると彼の姿があった。だが、どこか幼い雰囲気を感じた。よく見てみると懐かしいブレザーを着ている。つまり、高校生の彼だ
「お前の事が好きだ」
......そうだ。あの時、彼の家で僕はそう告白された。今でもこの言葉は覚えている、忘れるはずがない。そうして、戸惑う僕の手を優しく握ってくたのだ。あの時の彼の手はとても頼もしく、温かかった
いや、彼の手は僕にとっていつも温かくて優しかった。彼の優しさと想いが詰まっていた。大好きだった
ギュッと音が出るほど強く自分の手を握りしめる
その手を、僕は拒絶した
はっと勢いよく目を覚ますと、見慣れた天井が広がっていた。どうやら友人が去った後、僕はベットで眠っていたようだ。時間を確認すると、もうお昼を過ぎていた。外はどうやら雨が降っているようで、バシャバシャと雨の音が窓を叩く音がする
「.....彼は、いつも優しかった」
高校から今までの彼との思い出を振り返る。僕はいつも彼に迷惑をかけて、困らせていた。だが、そんな僕に彼は仕方ないとどこか嬉しそうに笑いながら作業を手伝ってくれた、迷っても探しに来てくれた
酷い事をされた思い出などあるものか。どれも楽しく、優しく、幸せだった。いつまでも続くと思っていた
だが.......。いや、なぜ僕はもう彼との未来が無くなったと思っているのだろうか。彼は優しい、僕をきっと今でも"好き"でいてくれているはずだ。なら、僕と同じだ
僕も彼がずっと"好き"だ。これまでも、これからも。彼を少し怖いと思ってしまったが、嫌いになどなるものか。お互いが"好き"ならば、これからも未来は作っていける
「......よし!彼に会わなきゃ!」
彼に会いたい
今、僕の体はその気持ちで溢れている。あれだけ動こうとしなかった体が息を吹き返すように大きく足を踏み出した
「.......これで、友人としてできる事はほとんどやったはずだ」
つい先程、彼の恋人との話を終えて家を出た。少々長く話しすぎただろうか。お昼を過ぎていた事を時計を見て気づいた
「彼は.....いや、きっと彼なら大丈夫だろ。やる時はやるやつだって信じてるからな」
まだ家にいるだろう彼に電話をしようかと思ったが、これ以上はお節介が過ぎると判断した。ここまでしなくとも、彼はきっと一人で立ち上がれる
乗り慣れた電車を飛び降りて、見慣れた駅を駆け抜ける。ここは彼との初デートの思い出の場所。告白されてしばらくしてから、ここで彼とイルミネーションを見たのだ。まだ初々しかった反応をしていた事を思い出す
「こんなに可愛くてたまらない恋人が出来るなんてよ」
「好きになってよかった」
今でも思い出せるやり取りだ。あの日、僕は彼をもっと"好き"になったのだ
頭の中ではそんな事を思いながら、足はどんどん進んでいく。もうしばらくするとあの河川敷だ
河川敷にやってきた。冬の気候もあり、川がいつもより激しく流れているように見える。ずっと走ってきた僕も流石に疲れを感じてきた
ここではいろいろあった。学生の頃、二人で夕焼けに染まってトンボを見た事。彼を探して迷ってここに辿り着いた事。......彼と距離を置こうとした事
「ごめん、もう迷わないよ。待ってて、今行く。離れたくないから!僕は、彼とこれからも一緒にいたい!」
息を切らしながらももうひと踏ん張りとスピードを上げた。目指す場所まで、あともう少し
「ハァ......ハァ.......」
この季節にかなり汗をかいて雨に濡れながらもなんとか辿り着いた。傘は差していたが、走っていたためあまり効果は薄かった。見慣れたマンションだ。なんとか息を整えようとしていると、マンションからこちらにやってくる人が
「あ」
「やっぱりな。お前なら来ると思ってた」
友人が水を僕に差し出していた
「....うん。僕はまだ彼が好き。彼もきっとまだ僕を好きでいてくれているはず。だから、会いに来た」
友人の目を見てはっきりと伝える。友人も僕から目を合わして離さない
「.......ああ。行ってこい」
「ありがとう。僕、君と友人でよかった!大好きだよ!」
そう言ってマンションへと走っていく。彼が待つ部屋へ向かわなければ
「......頑張れよ」
ピンポーン
またインターホンが鳴った。また彼の友人だろうか
ガチャ
「!?」
扉が開けられた音がした。鍵をかけていたはずだが......そこを開けれるやつは......一人しかいない
顔をあげると、扉の前には息を切らした彼の姿があった
「ハァ.....ハァ....」
「.........」
心から待ち望んでいたはずの彼を見て、何を言ったらいいのかわからない。会いたかったはずなのに、ついに会えたのに。まるで物が詰まったように言葉が出ない。彼に会わせる顔がない
そんな自分が更に嫌になり、静かに彼に背中を向けた。彼はゆっくりと俺に近寄ってくるのがわかる
「......なんで、来たんだよ」
よりにもよって出せた言葉がこれかよ。会いたかったとかを言えばいいだろうに、なぜか素直になれずにいる
「.......」
彼の表情は伺えないが、きっと傷ついただろう。こんな事言いたかった訳じゃないのに
トサ
突然、俺の背中に優しい体温を感じた。彼が俺と同じように背中を向けて寄りかかったのだ
「.....ごめんね」
彼からの謝罪に困惑する。彼は、何に謝っているのだろうか。謝るのは俺の方なのに、俺が傷つけたのに
「謝るのは.....俺の方だ。何も守れなくて、君を傷付けて....怖がらせてごめん」
「.....約束なんてね、実はどうでもよかったんだよ」
「!?え.....」
彼からの発言に驚きを隠せなかった。だって、あんなにも約束を大事にしていたように見えたのに
「僕は、どんな時でも君と一緒にいたかったんだ。ずっとこれまで君と一緒に過ごしてきた。だから、例え君の問題だったとしても、巻き込まれたとしても、僕は君と一緒に解決したかった。君の力になりたかった」
「........」
「心配してくれてありがとう、守ろうとしてくれてありがとう。君の僕を守りたいって気持ちはずっと伝わってた。でも、守りたいって気持ちは君だけ持ってるわけじゃないよ?
僕も君が大切で、心配で、守りたいって思ってる。君が僕に怪我しないでと思うように、僕も君に怪我をしてほしくない。傷付いた君なんて見たくないから」
「......あ」
それを言われて河川敷での俺の姿を思い出した。作戦とはいえ、あいつに殴られた跡や争った跡が目に見えて俺に残っていたはずだ。あの時、俺を見た彼は確かに顔を暗くした
「......ごめん。あれは、俺が考えた作戦だったんだ。絶対にあいつを捕まえようとするためにさ」
「.....そっか、作戦だったんだ。へへ、僕勘違いしちゃったのか」
「いや....勘違いなんかじゃないさ。俺は、君を守るためなら俺が傷付く事は厭わなかった。それでいいと思ってた。でも、間違いだったんだな。君が俺を大切に想ってくれていたのはわかってたのに....。
どうして、あの時俺はそんな事にも気付けなかったんだろうな」
ますます彼に会わせる顔が無くなった気がした。足を折りたたんで顔を足に埋めた
「ごめんな。俺、最低なやつだ。大好きな君の気持ちが見えなかった」
「.....僕も、君の事がわからなくなってた。何も言われなくて不安だった。どうしてあんな事をしたのかわからなかった」
やはり彼を不安にさせていたという事実に胸が苦しくなる
「君に嫌われたのか、とか邪魔だったのか、とかを考える時もあった」
「そんな訳ない!!俺はいつだって君が大切だったんだ!!」
少し大きめに声をあげたが、彼に悲しい勘違いはしてほしくない。そんな事など絶対有り得ないのだから
「うん、それを君の話で確信した。ありがとう」
彼が微笑んだような気配を感じた
「.....でも、君は俺を嫌いになっただろ?勝手に巻き込んで、傷付けて、不安にさせた」
「確かに河川敷での君は少し怖かった。でも、嫌いになんてならないよ。だって、僕を大切に思ってくれたからこその行動だってわかったから。
僕の方こそ謝らなきゃなんだ。君の考えもよく知らずに怖いとか言ってごめん。君の手を叩いてごめん」
「.........」
この一ヶ月でたくさん泣いたはずなのに、また涙が流れてきた。ただ、この涙は、これまでとは違う。背中に触れた彼の優しさに、温かさに涙している
「ありがとう.....ありがとう.....」
涙を流しながらの言葉は彼にしっかり伝わっているのかわからないが、彼は俺が泣き止むまで優しく受け止めてくれた
少しして俺が泣き止んだのを確認すると、そっと彼が立ち上がったのがわかった
「え....」
咄嗟に彼に振り返った。久しぶりに彼の顔を見た
彼は優しく微笑むように俺を見ていた。その顔はいつか見たあの真っ直ぐ愛しき者を見つめる顔をしていた
「僕は君の事が好きだよ。これまでも、これからもずっと。世界で一番大好きで、大切で、僕の愛すべき人。
僕の幸せな未来には君が必要なんだ。だから、もう一度君の隣にいさせてください」
彼がそう言って俺に左手を差し出した。あの時俺が置いていったサファイアのブレスレットが見えた。あれからずっと付けてくれていたのか
手を握ろうと右手を伸ばすが、ふと脳裏に河川敷での事が蘇る。そのせいもあって、非常にゆっくりとおそるおそる慎重に彼の手に向かっていった
僅かにお互いの指が当たり引っ込めてしまった。彼も少しビクッとなったあたり、彼ももしかしたら怖い気持ちがあるのかもしれない。ビクビクしながらも、ゆっくりゆっくり指を絡めていき、ようやく手を握る事が出来た
こんなにもゆっくりと手を握った事はなかった。一度の恐怖がここまで変えるのだと思いながら、念願の彼の優しい体温が伝わってくる。
ああ....こんなにも彼の手は温かかったのか
「僕を諦めないでくれてよかった。まあ、諦めさせないけどね!」
彼が幸せそうな笑顔を見せた。その笑顔すらも懐かしいと感じた。俺が一番大好きな笑顔だ
「それで、返事は....」
「ああ、ごめん。もちろんだ、俺の隣は君しかいない。君の幸せを俺に作らせてください」
彼が返事を聞いて顔がパアアッと明るくなった
「やった!これからもずっとよろしくね!」
「ああ。心機一転、よろしくな」
この感じ、"あの日"と似ているな
「ねえ、新しい約束をしてもいい?」
「ん?」
「僕は昔から君の手が大好きだよ。今もそう、君の優しい想いや体温が伝わってくるんだ。
だから、この手を離さないでね。もう離れないから」
「....もちろんだ。
俺も離さない。離してなんかやらないからな」
お互いの手を強く固く握りしめながら二人で微笑む。離れた心が、またこうしてくっ付いた。彼とまた笑い合える事、これこそ奇跡と呼ぶべきなのだろうな
「あ、言うの忘れてた」
「なに?」
「......ただいま!」
「......ああ、おかえりなさい。ずっと待ってた」
二人で同時に抱きしめあった。お互いが求めていた温もりを、優しさを、心地良さを、彼の全てを感じるように抱きしめた
「お、雨が止んだみたいだな」
傘を差すのをやめて空を見上げると虹がかかっていた。綺麗な雨上がりだ。少し前まで積もっていた雪は雨と気温で全て溶けきっていた
「今頃仲直りしたんだろうな。まったく一時はどうなるかと思ったもんだ」
彼の恋人のマンションがある方角を見て呟いた
彼らは自分の幸せな未来のために、様々な恐怖を乗り越えて一歩を踏み出した
一歩を踏み出せば前に進む、当然の事だ
現に俺も今、こうして一歩一歩歩いて前に進んでいる。だが、時にこの一歩を踏み出す事が難しくなる
一度止まった足をまた踏み出す事がどれだけ難しいか、それはよく知っている。時の流れと共に、周りも人間も変わる。その流れの中で互いに変わりながらも同じ道を歩んでいける人がいる奇跡
共に歩む人と心を通わせて変化していく一歩の奇跡。彼らは新たに一歩を踏み出した。友人としてこんなに嬉しい事はない
「俺も新しい一歩を踏み出すとするかな」
まだ見ぬ出会いに期待を馳せて虹のかかる空の下、大きく一歩踏み出した
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