色、褪せて
「........」
何をするわけでもなく、自分の部屋の天井を眺める。思い返すのは河川敷での出来事ばかりだ
あれから二週間が経った。僕の怪我は少しよくなり、巻かれている包帯は少なくなっている。心の傷はまったく癒えないが
久しぶりの実家だというのに、懐かしいという感情は湧かない。彼の言葉が僕の心に黒いよどみとなって重くのしかかる
話し合ったってしょうがない
彼は僕に対してそんな事を思っていたのが酷く悲しい。僕の友人から全てを聞いた。彼の知人からの悪質な手紙はずっと届いていた事、僕を狙い始めた事、それを守ろうと二人で行動していた事。僕は、何も知らされていなかった
彼の事がわからない。どうして何も報告してくれなかったのか。彼なら大丈夫だと何度も言い聞かせるように信じていた。だが、約束は破られた
彼に裏切られた。大好きな人に、信じていたかった人に裏切られた気持ちは僕の心に深く大きな穴を空ける
嫌な息苦しい気持ちを紛らわそうと外に出ようとする。玄関に向かうと、そこに置いてある昔使っていた自分の傘が映る
「......高校の頃、この傘で二人で一緒に帰ったんだよね」
雨の中、互いの手を握って帰ったあの幸せな思い出が蘇る。そんな傘を持って一人で外に出た。あの日と同じような強い雨が降っている。共に歩く人も、繋ぐ手もないけれど
何処に向かうでもなくただ無心で歩み続ける。その足は勝手に海へと向かっていた。それなりに距離があるはずなのに時間がかかった気分はしない
暗くよどんだ厚い雲が空を覆い、強く降る雨と吹き荒れる風によって海は激しく荒れ狂っている。いつもの穏やかな波の気配を感じさせないほど高い波が浜辺に押し寄せる
「こんな海じゃ落ち着かないか」
海でも眺めて落ち着こうとしていたが、普通に考えればこの天気なのだから当然だ。相当参っているみたいだ
少し前までは分かり合えていたはずのものが、今はこの曇天の空のように何も見えない。描く未来の形も見えない
「......また、色が無くなったよ」
今の僕の世界に、色はない。全てが白黒のように見えるつまらない世界
色褪せた世界に目を瞑る
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