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小さな幸せを

*このお話は以前上げた名も知らぬ貴方に静かな想いの続編となっています。こちらだけでも楽しめますが、以前のも読まれるとより詳しく楽しめます




ここは何処にでもある小さなカフェ。私はここでマスターのおじさんと二人で働いている

高校を卒業して大学生になった今もアルバイトとしてずっと続けていた。このままここで働きたいと思うほどには私はここが気に入ったのだ

もう数年もいれば慣れたもので常連さんからも顔を覚えてもらっている。あれから様々な技術をマスターから教わり、今ではもうすっかり一人前として扱ってもらっている

アレンジや一風変わったものを取り入れてみたりとメニューを考案するのも中々楽しい。マスターには若い子の意見はいつも新鮮で素敵なものと笑っていたが、私としてはありきたりなものだと思うんだけどなあ

もう2月も終わりを迎えそうで、そろそろ春に向けた新しい季節限定メニューをどうしようか考えながら接客していると

カラン

「いらっしゃいませ〜」

「こんにちは。いつもより早く来ちゃいました」

高校の頃から常連さんとなっていたあの男の子がやってきた。時間は11時、ランチタイムが始まったばかりだ。彼も大学へ無事に入学したようだが、前より来る時間がバラバラになっていた

まあ講義とかいろいろあるもんね。私も講義の影響で出れない時もある。そして、あの恋人である彼とも関係が続いているのも察していた

「ふふ、ランチのお客様第1号ですよ。お好きなお席にどうぞ」

「はい」

そういって彼はいつもの窓際のソファのある席に座った。最近の彼の定位置だ、ふかふかのソファと窓からの景色を楽しんでいる様子だ

お水と暖かいおしぼりを用意して持っていく。彼は少し熱いのが苦手なようなので少しだけ他のより冷ましておいた

「おしぼりとお冷になります」

「ありがとうございます。あ、いい感じに暖かい」

「熱いの苦手そうにしてたので」

彼はよく私の小さな事にも気付いてくれてありがたいような、少し恥ずかしいような気分になる。でも、それも悪くない

「嬉しいです。あ、この冬限定のランチメニューまだやってますか?」

「はい。パスタとピザ、どちらかお選びいただけます」

「じゃあ、春菊と玉ねぎのパスタで!」

「パスタですね。お飲み物はいつものブレンドホットコーヒー、コク深めでよろしいですか?」

「はい!お願いします」

大体来る常連さんの特徴や頼まれるメニューの傾向は全て把握している。マスターからもよく言われていた。今お客様が何を望んでいるかを察すると喜ばれる、と

実際、意識し始めてからありがとうと言われる事が増えて私も嬉しい。そっとメモして覚えた甲斐があった

「あ!コーヒー食後にするか聞くの忘れてた!」

キッチンへと戻ってコーヒーの豆を選んでいる所で思い出す。いつも食後に頼むと覚えているが確認もしないのはよくない。やらかしてしまったと思っていると

「あ、食後で大丈夫ですよー」

男の子から大きな声でこちらに向かって返事が帰ってきた

「あれ!?声に出てました!?」

「ふふふ、はい。ばっちり聞こえました」

少し小っ恥ずかしくなってしまったが、男の子しかいないし気にしないようにしよう。奥でマスターが声を堪えて笑っているのを流しつつ、コーヒーを淹れようと動きを再開する


しばらくしてパスタセットが出来てチラリと男の子がいる方を見ると、ノートPCを開いて何か作業をしていた。邪魔しては悪いかと思い、メモ用紙をそっと置いてそこにセットの内容であるサラダや小鉢の内容を書いて静かにテーブルへ置いた

「う〜ん….」

チラリと興味本位で見てしまうとなにやらレポートを書いているようだ。私もよくレポートに悩む事があるから気持ちがよくわかる。心の中でそっと励ましてその場を去った


あれから少しして、あの男の子から声をかけられた

「すいませ〜ん」

「はい、どうされましたか?」

彼はまたメニューを開いていた。あれ?今パスタを食べている最中なのに?デザートかな

「この、日替わりサンドイッチをテイクアウトしたいんですけど出来ますか?」

うちのサンドイッチは中身を毎日日替わりにして飽きないようにしている。隠し味はほんの少しのからし。これを目当てに朝来る人もいるくらいの人気メニューだ

「はい、出来ますよ。いくつお入れしますか?」

「じゃあ、4個お願いします」

「かしこまりました。お渡しは会計の時でよろしいですか?」

「はい。えへへ、彼と一緒に食べようかなと思って」

「ふふふ、素敵ですね。選んでいただいて嬉しいです」

少し恥ずかしそうにしながらも、どこか幸せそうな彼の笑顔に私もつい心が綻ぶのを感じた。こういう幸せそうにしている顔が私は大好きだ

「そういえば、春になるからそろそろまたメニュー変わりますか?」

「はい。実はどうしようか少し考えている所なんです」

流石ずっとここに通ってくださるだけあってメニューの変わる時期も把握されている。あまりこういう裏話的な事は話したらいけないのかもしれないが、なんとなくこの人にならと思っていた

「あー、確かに難しそうですよね。去年と同じでも僕は構いませんけど、お店的にはあんまりですよね」

去年は確かタケノコを使った料理だった。結構皆様からも好評いただけてマスターと一緒にハイタッチした記憶がある

好評だったから今年も、というのは悪くないがなんとなくつまらないような気もする

「そうですね〜。複数出すとしてもせめて片方は新しいメニューがいいですね」

「じゃあ!あれなんてどうですか?セロリ!春が旬ですよ」

「セロリ…」

考えた事がなかった野菜がやってきた。香り付けや彩りとして少量入れる事は何回もあるが、セロリをメインにした事はない

「どんな料理にするんですか?」

「一度彼が作ってくれたんです。セロリの中華炒め。海老とか人参とかいろいろ入ってる中にセロリもわりとゴロゴロと。意外に結構美味しくて!」

「ふむふむ」

パッとメモ用紙を出してサラサラと言われた事を書いていく。これは使えそうだ、まさかのありがたい意見を貰えた

「貴重な意見ありがとうございます。ぜひ参考にさせてもらいますね」

「本当ですか?やったー!出来たらぜひ食べに来ますね!」

「はい、またお願いします」

メモに書き足しながらキッチンへと戻る。奥からチラリとマスターがこっちを見ていた

「マスター。セロリですって」

「うん、聞こえてたよ。面白いじゃんね、やってみる?」

「いいんですか?」

「うんうん。いろいろ作ってみてまずはやってみよう。それにしても、やっぱり若い子の意見はいいね〜」

また出た。マスターだってたくさん面白い意見出すのにな

「あとこれ、テイクアウトのサンドイッチね」

ガサリと既にパックに入れられたサンドイッチが袋に入って渡された。わざわざマスターが作らなくても

「マスター、別に私がやりましたよ?」

「いいんだよ。あの子にはお世話になってるし。ちょっとだけ日替わりにはないサンドイッチも入れたんだ」

中身を見ると、私が知らないサンドイッチの中身が見えた。そんなのがあるなんて知らなかった

「私にもそれ教えてくださいよ」

「ふふふ、また今度な」

そんなマスターとのやり取りを男の子が見てそっと微笑んでいたのを私とマスターは知らなかった


しばらくして、男の子が会計にやってきた

「僕、お姉さんとマスターさんの会話とても仲良しで見てて楽しくなるから好きですよ」

「え….。ふふ、ありがとうございます。まさか見られてたなんてなんだか恥ずかしいですね」

「そんな事ないですよ。お二人が仲良しだから、きっとこのお店の雰囲気もより良くなってるんだと思います」

「そこまで言われると….。でも、そうだと嬉しいです。ありがとうございます」

「はい!それではまた来ます!ご馳走様でした!」

「「ありがとうございましたー!」」

カランと鳴って閉められたドアを見て一息つこうと下を見ると

「あ」

ガサリと音をたててまだ温かい袋を持って急いで店を出る

「お客様ー!テイクアウトのサンドイッチをお忘れですよー!」

「あー!!忘れてた!すいませーん!!」

慌てて戻ってきた男の子にホッと安心する。しっかり手渡して見えなくなるまで見送った



そうして夕方、混み始めそうな時間にカランと鳴ってドアが開いた

「いらっしゃいませー」

「ども」

入ってきたのは男の子の恋人である彼さんだ。彼さんが一人で来るのは珍しい

「おひとり様ですか?お好きなお席にどうぞ」

「あ、いえ、今日はちょっと持ち帰りをお願いしようかと」

おや、奇遇。男の子の事を伝えるか悩んだが、まずは注文が先だろう

「かしこまりました。どちらになさいますか?」

「……じゃあサンドイッチで」

これは伝えた方がいいだろうな

「えっと、すみません。実は今日のお昼、彼氏さんいらっしゃってまして」

「あ、やっぱり」

「はい。その際にテイクアウトでサンドイッチを頼まれてました。なんでも一緒に食べると」

それを聞いた彼さんが少し驚いた表情をした

「ははは、そうなんですね。考える事同じだったのか」

照れながら笑う彼さんを見てなんとなく二人の笑顔が似ているなと感じた。優しい幸せそうな笑顔だ

「仲睦まじくて大変素晴らしいですよ」

「なんか照れるな…でもありがとうございます。じゃあ….よし。ケーキってテイクアウトできますか?」

「はい、大丈夫ですよ。どれになさいますか?」

「シフォンケーキとチーズケーキ。ああ….あとガトーショコラも」

「かしこまりました。少々お待ちください」

キッチンに入るとマスターがなにやらコーヒーを淹れていた。コーヒーの注文などあっただろうか

「あれ?」

「ん?これ、あの彼さんに渡しといてよ。サービスだって。いつものお二人の好みのコーヒー。やっぱりうちのケーキにはうちのコーヒーが一番だから」

そう言って笑うマスターに私もついつい笑ってしまう。私も同じ事をやろうとしていたのだ

「流石マスターですね。はい、もちろんですよ」

二人ともお互いのためを思って買ってくれたのだから、ぜひとも心ゆくまで満足していただきたい。彼さんに手渡しながらそんな事を考える

私達のお店の味を二人で仲良く食べながら笑いあっている

そんな光景を思い浮かべて心が温かくなる。私達が少しでも、彼らが幸せに過ごせる一瞬を作れるなら


「またのご来店お待ちしております!」

こんなに笑顔になれる事などないだろう



お二人が幸せなら私達も幸せです


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