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この文章を、手向け物として。


「おかけになった電話は、現在電波の届かないところにあるか、ご利用できません」
何度、このお姉さんから、このお返事を聞いただろうか。私がかけたのは、このお姉さんじゃないのに。

なかなか連絡が取れず、心がざわざわし始めた矢先、とあるメッセージが届いた。


文字は読めるのに、意味がわからない。画面に映し出された文字がバラバラに脳内に飛び込んで、情報が処理しきれない。

うそだ。

まだ、いっぱいしてないことあるじゃん。
夏から約束してた焼肉、行ってないよ。
しんどいのに免許更新に行って、これで一緒にドライブに行けるねって話してたのに、行けてないよ。
私の花嫁姿見てくれるんじゃなかったの?いつになるかわからないけど待ってくれるんじゃなかったの?


感情を処理しきれなくて、それでも落ち着かなくて、気づいたらひたすら30分くらい床の掃除をしていた。
夜になるまで感情が追いついてこなくて、暗くなってからやっと、朝知った情報をもう一度たどった。



もう会えないんだ。


言葉にすると同時にぼろぼろ涙が出てきて、堰を切ったようにあふれてきた。

大好きだった。家族みたいだった。戦友だった。親友だった。いつでも私の味方してくれた。私も味方だった。大好きだった。大好きだったのに。私のことも、大好きだっただろうに。

さよならも言わずに、行ってしまった。

どうしたって人間の命は終わりがくるようにできてる。仕方ないことは分かってる。それでも、悲しい。悲しすぎる。なんで人間界って、亡くなったら二度と会えないシステムになってるの。ちょっと悲しすぎるよ。


ふと、1年半ぐらい前に、こんな記事を書いたのを思い出した。

グリーフケアで大切なことって、亡くなった人への愛、その人への感情を自分自身が自覚すること。そしてその愛で自分を包み込んであげられるようになること、なのではないか。
きっと最初はショックで悲しくて、本当につらいと思う。固く重くのしかかるような感じ。

でも、その感情は無視したり無理に忘れようとせず、少しずつ、ていねいに時間をかけながら、その深い悲しみが深い愛だったのだと改めて自覚出来たらいいなぁと。
そしてその愛をお守りにして生きていけたらいいなぁと。思う。

当分はね
悲しいな。大好きだったな。はあ、悲しいな。
そんな気持ちと過ごしていくんだと思う。

でも私、この悲しさ、感じたくないわけじゃない。
それぐらい大好きだったってことだもん。

「そんなに泣かないでよ〜」ってお空の上から言われちゃうかもしれないけど、「うるさーい!悲しいんじゃー!急にいなくなってもうー!!!」って、ちょっと苦情を言ってやろうかなと思う。

私ね、もうすぐ誕生日ですよ。
ずっと前に「はるちゃん誕生日2月だよね?」って言ってくれたアメジストは、鏡台の上で、毎日キラキラしてるよ。

そのうち私1人で、2人分焼肉食べます。
海にも行きます。

その時にこのでっかいアメジストの指輪持っていくからね。これを目印にして、ついてきてね。


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