バスタブのめだか(水槽の中で冬が去る) *添削前

バスタブのめだか(水槽の中で冬が去る)

登場人物
由良(ユラ) 23歳。新任の小学校教師。
来日(ライヒ)18歳。不登校。

場所 由良の部屋


時刻は22時過ぎ。
由良は1DKの部屋に帰る。
奥の部屋は暗いが、同居人の気配がある。
由良は黙ってドアを開ける。

来日 おかえり

絨毯に寝そべり来日は言う。傍らにはスマホや携帯ゲーム機が転がっている。

来日 ただいまくらい言ったらどう?
由良 お風呂は入ったの
来日 ん……身体が動かなくて。動かなくてというか、床と張り付いて
由良 いい加減臭う
来日 こう、這いつくばってでも浴室に向かおうとしているのだけど
由良 洗濯物取り込んでないの

朝から閉まりっぱなしのカーテンを見て言う。

来日 まだ。あ、洗い物もまだだよ。怒られる前に

由良は深いため息をつく。窓を開けて服を無造作に取り込みベッドに投げる。

来日 ああ、冬の夜の匂い
由良 着替えて
来日 急かすな。今日中には入るから。
由良 ……
来日 ごめん、一番風呂は由良ちゃんだったね。シャワーだけにするよ。お湯溜めとくね。うーいよっと……

掛け声と共に座った姿勢になる。ジャージの背中から後ろ髪まで、車の轍が付いたようにぺったんこだ。

由良 また行くの
来日 んー
由良 止めて
来日 もうアポ取ってるし
由良 止めなさい
来日 うるっさいな。サマーに餌やれば?昨日から断食だよ

由良は黙って水槽のめだかに餌をやる。飢えた魚たちは瞬く間に水面を啄んだ。

来日 丸洗いしてこよ。フロは魂の洗濯よっと……ふんっ、んとこしょ……

来日、立ち上がれない

由良 出てって
来日 ……ほら、来た
由良 知らない大人からお金を貰うような人と一緒の部屋に居られない
来日 分かった、分かったよ
由良 いなくなってよ。荷物まとめて、家に帰りなさい
来日 分かった、今日はもう行くから……
由良 出てって!

由良は肩を震わせ泣いていた。

来日 どうしたの

来日は由良に近寄る。

来日 仕事?学校が辛かった?だから言ってるじゃん。教師なんかクソだって
由良 何を、不登校の癖に
来日 辞めちまいなよ
由良 来日は、学校に行けよ!ここでダラダラしてないで!これ以上私を困らせないで
来日 なに保護者みたいなこと言ってんの。ここで暮らしたらいいって言ったの由良じゃん。手に負えなくなったらさよなら?
由良 ならせめて家事を済ませておいて
来日 それはごめん……。でも、そんな泣くなんておかしいよ。疲れてるんだって。5時半に出て帰りは22時なんて。だから先生なんかになるなって
由良 じゃあまた水商売で生計を立てるの
来日 今が辛いならそうすればいい
由良 私は、同じ道を進んで欲しくないから……
来日 違うよ。……優しいし、谷木さんは
由良 そんな甘いこと言ってるから!もう忘れてる。だから私が
来日 ……
由良 保護してあげているのに
来日 違うじゃん。私たち、恋人じゃないの
由良 なら、なおさら裏切りでしょ
来日 そんなこと言ったことないじゃん。パパ活するななんて
由良 普通言わない……

由良は膝をつきソファに寄りかかった。

由良 お風呂入ってきて
来日 うん
由良 そしたら、出て行って
来日 いつもならこの辺でおしまいじゃん
由良 駄目だから
来日 ……
由良 大人が高校生と付き合ってるなんて、犯罪だから。まして私は教師なのに
来日 なら私が高校生じゃなくなったらいいの
由良 高校はちゃんと卒業して!
来日 できないよ。もう無理。疲れちゃったし
由良 私も疲れた
来日 ♪もう嫌だって疲れたんだってがむしゃらに差し伸べた手を振り払う君♪……今の間にお湯張っとけばよかったな

来日は由良の布団を敷きながら、

来日 どっちにしても今日は谷木さんに会いに行くから。食費も浮くしいいでしょ?ご飯食べて、お話するだけ。谷木さんのビジネスの話、興味あるんだよね。あ、晩ご飯だけど、昨日の晩ご飯私手付けてないから食べちゃったらいいと思うな。お味噌汁はお鍋のまんま……駄目になってるかな?冬は大丈夫だよね。経験則的に……。谷木さんは多角的に事業を展開していてね、今は介護施設を経営しようとしてるんだって。これからお年寄りは増える一方だから投資するにはこれ以上なく安定した業界だって。でも、どこも働き手がいないって……あれ、先生も足りないんだったよね?どこも人手不足だなあ。とにかく、動ける元気なお年寄りがお互いに支え合いながら施設を回していけば、従業員の人数も賃金も抑えられるからローコストで運営できるって……。私ネカフェのシャワーで済ますから、由良ちゃんもう入っちゃいな。

喋りつつ服を見繕っていた来日は、薄いカバンにメイク道具を詰め込む。

来日 じゃあ、行ってきます
由良 ライヒ
来日 え?
由良 ……
来日 何
由良 ……
来日 何もないんじゃん

そのまましばらく来日は由良を見つめる。

来日 タイツ脱ぎな、むくむよ。……ジャケットほつれてる。直せるかな?……あ、もしもし、谷木さん?お疲れ様です~。あの、今日ですけど、同居人をフロに入れてやらなきゃいけなくなって、アポなしでお願いします。え、同居人?恋人ですよ~。いたのかって、そりゃ言いませんよ。年上の女の人ですけど、谷木さんは嫉妬したりしますか?しない?それは良かったです。ではまた、連絡お待ちしています~はいはい!

来日は電話を切ると、浴室に向かう。

来日 今の間に、お湯張っとけば良かったな


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