氷河の幻流(添削後)

氷河の幻流

登場人物

長尾(70代前半) コンビニ店員
ダン(20代前半) コンビニ店員。留学生

場所 コンビニ店内

時 夕方16時頃

ダン ……ありがとうございましたー

長く続いた列の最後の客が店から出る。
自動ドアから冷たい風が舞い込み、長尾は手を擦る。


ダン 間氷期らしいですよ
長尾 え?
ダン 地球は、氷河期の中で暖かい間氷期ですよ
長尾 はぁ。だからどうだと?
ダン いつ氷期になるか、分からないです
長尾 ……?


外は雪がちらつき始めていた。


ダン 暗くなってきましたね
長尾 ああ
ダン 今日も行くんですか、配達
長尾 そうだね
ダン 雪も降ってますよ
長尾 悪天候の日はボーナスがあるから。これくらいの雪でつくか分からな 
   いけど
ダン 頑張って下さい

レジの時計が16時を指す。長尾の退勤の時間だ。

長尾 そろそろ
ダン お疲れ様です

ダンは備品の補充を始めた。


長尾 じゃあ、そちらも頑張って
ダン 川野さん、子供が産まれたそうですよ
長尾 え?
ダン だから、正社員になるそうです
長尾 へぇ……。ここの?
ダン さぁ
長尾 何、じゃあもう来ないの?……シフトは?

レジの横のバインダーを手に取ろうとするが、ダンの手とぶつかり床に落としてしまった。

長尾 ああっ


長尾はバインダーをしゃがんで拾おうとする。

長尾 …………痛い、痛い、痛たたた!

うかつにしゃがんでしまったことが祟り、ぎっくり腰を起こしてしまった。


ダン 大丈夫ですか
長尾 ……!
ダン 左側が痛むのですね?


ダンはカウンターから出てきて、長尾の左アキレス腱に親指と人差し指を添えた。


長尾 触らないでくれ!
ダン この寒さが原因ですかね。寒い朝は、足が吊るでしょ


痛みに悶えるが、いつもより痛みの引きが早い。


長尾 あれ……?
ダン 座ると悪いので、しばらくこのまま
長尾 ああ。悪いね……
ダン 年上の方を助けられないことは恥ですから

しばらくうずくまった体勢で休む長尾。


長尾 もう大丈夫だ。ありがとう。戻ってくれ
ダン 無理はしないで下さい
長尾 客が引いていて助かったよ
ダン いえ


ダンは落ちたバインダーを拾いレジに戻す。自動ドアのセンサーが反応して戸が開き、寒い風が入ってくる。街に反響した赤子の泣き声が聞こえた。長尾は下腹を抑える。

長尾 うう……
ダン まだ痛みますか
長尾 いや、これは……古傷で


先ほどの赤子の声が店の前の駐車場で聞こえる。
長尾は外に顔を向け、


長尾 ……川野くんの妻子じゃないか
ダン はぁ。サイシ?
長尾 こっちに来てるよ
ダン どうしてそう思うんですか
長尾 うらやましいよな
ダン え?
長尾 彼、17時から夜勤の人が来るまでの間だけ働いて、学生とかでもない
   のに。それなのに 奥さんができて、子供まで作っちゃうのか。おかし
   いね、こんなの
ダン 他人のことを気にしても仕方ないですよ
長尾 ……
ダン 長尾さんは他の人より元気じゃないですか。まだまだ大丈夫ですよ
長尾 無責任なことを言わないでくれ
ダン ……
長尾 さっきのはなんなの?足を抑えたやつ
ダン 中医学です。ホントはそれを学ぶために来たんですけど
長尾 ……
ダン はは

雪は数分前より激しくなっていた。


ダン 今日の配達はやめにした方がいいですよ
長尾 休んではいられない。でもとても疲れた。配達をしていて何より疲れるの は、綺麗なロビーのマンションで、ドアを開けたら子供が待っていた時だよ


赤子を抱えた女性が店に向かってきている。長尾はうずくまった姿勢から転がり、仰向けになった上下逆の視界でその女性を見ていた。

長尾 さむ……



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