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2017 年アヴィニヨン演劇祭 『アンティゴネ』参加報告 SPAC新人俳優が体験したアヴィニヨン演劇祭

【日仏演劇協会会報 復刊8号】掲載記事を転用

2017 年アヴィニョン演劇祭 SPAC『アンティゴネ』参加報告

  ~ SPAC 新人俳優が体験したアヴィニョン演劇祭〜

             宮城嶋遥加(SPAC 俳優)

2017年、SPAC『アンティゴネ』(宮城聰演出)は、アヴィニョン演劇祭にオープニング演目として招聘されました。宮城作品がアヴィニョンで上演されたのは2度目、アヴィニヨン演劇祭のオープニング作品をアジア圏の劇団が上演するのは史上初であり、多くの関心を寄せていただきました。アヴィニョン法王庁中庭の舞台全面に水を張った装置や、仏教的価値観と『アンティゴネ』を重ね合わせた演出など、フランスや静岡での公演の記事を読んでいただいた方も多くいらっしゃることと思います。
私は2017年度から本格的にSPAC作品に出演しており、『アンティゴネ』が初めての海外公演でした。SPAC新人俳優としての視点からその稽古や現地での様子などを書かせていただきたいと思います。
 『アンティゴネ』の稽古が始まったのは2017年3月。稽古初日には、出演する俳優とスタッフが集まり、演出や舞台装置についての説明がありました。新人の私は先輩俳優のアヴィニョン演劇祭にかける思いや宮城さんの情熱に圧倒されていました。
『アンティゴネ』はアヴィニョン演劇祭より前、5月にSPACで開かれるふじのくに⇄せかい演劇祭で上演されました。静岡とアヴィニョンでの公演では、舞台の大きさが異なり、法王庁中庭の大きな壁も再現できません。アヴィニョンでの上演に近い形で、静岡のお客様に楽しんでいただけるよう準備していきました。『アンティゴネ』では本編前に数人の俳優があらすじ説明をするのですが、その演出もギリシャ悲劇になじみのない静岡のお客様に楽しんでいただくための工夫の一つでした。
静岡公演が終わると、本格的にアヴィニョン演劇祭に向けた稽古が始まりました。法王庁の舞台は間口が40m、実際の舞台の広さを取るためにはSPAC専有の劇場とは別に稽古場を探さなくてはならず、スタッフの方は苦労したようです。稽古場となったのは、専有の劇場のすぐそばにある調整池(雨天時に水がたまるようになっていて、普段はコンクリートの広い場所になっている)と、清水港マリンターミナルの多目的ホールです。調整池は近隣に住宅地もあり大きな音が出せなかったので、立ち位置や移動経路の確認、日が沈み劇場に戻ると演奏やセリフ稽古というスケジュールでした。マリンターミナルには楽器や大道具を持ち込んで稽古をしました。会場は変わっても実際の舞台を正確に再現した場ミリ(床面にビニールテープで実際の舞台の大きさをかたどったもの)があり本番に近い装置が準備され、SPACスタッフの力と公立の劇団であることの強みを感じました。
SPACメンバーがアヴィニョンへ到着したのは6月28日の夜、翌日から仕込み作業が始まり、俳優も大道具、衣裳、音響、楽器など班に分かれて作業を行いました。法王庁には観光客が毎日訪れますが、私たちの劇場入り後も例外でなく、観光客の間をすり抜けながらの作業でした。舞台は法王庁の中庭に組まれ、楽屋は法王庁の建物内にありました。上を見上げると厳かな雰囲気の天井、世界遺産であるアヴィニョン法王庁にいるのだと気が引き締められました。
 アヴィニョンでは開演時刻となる22時に合わせ、夕方に集合、俳優トレーニングと演奏稽古、返し稽古、日沈後は照明を合わせた稽古があり、深夜~早朝にホテルに戻りました。私は初めての海外公演だったので、体調管理の方法や必需品を先輩から教えていただき、風邪と怪我はないよう必死でした。到着後数日は6月の下旬でしたが夜は冷えました。法王庁中庭は風も強いのです。舞台全面に張った水の中に立つため、水が入らない靴を履いているものの足から冷たさが身体全身に伝わってきました。日本から持参したカイロを使って寒さをしのぎました。日中は熱く、夜は寒く、最初の数日間は体調管理が難しかったです。
 演奏に使う楽器も水を張った舞台上に置かれました。宮城作品では棚川寛子さん中心に作った劇中音楽を俳優が演奏します。数多くある楽器が水につかないよう、楽器台やマレット台を俳優が工夫して作り、静岡から用意していきました。毎回稽古が終わると俳優で手分けして楽器は全て建物の中にもちこみ、水がついていないかどうか確認したり、乾燥剤をかけたりしてメンテナンスをします。私は楽器を扱うのは初めてでしたので、扱い方やメンテナンスなど、先輩に教えていただきながら試行錯誤しました。劇全体からすると、楽器一つの音は小さなことのように思えるかもしれません。しかしその楽器が不調を来すとそのシーンの音は崩れ、作品全体の質に繋がります。楽器の管理やメンテナンスのような小さな作業一つ一つが宮城作品のクオリティを支えていて、自分もそれを支える一部にならなくてはと思いました。
 演劇祭が近くなるにつれアヴィニョンの街には人も、パフォーマーも増えていきました。オフ部門の劇団の方がチラシを渡しに来たり、路上パフォーマンスがあったり、街全体が活気に溢れていました。SPACの『アンティゴネ』は概ね高評価で、出演者パスをかけていると、「『アンティゴネ』に出演していましたか?」と声をかけられることもありました。
 一つ印象に残っていることは、法王庁の照明スタッフの方に舞台裏を案内していただいたことです。普段入れない部屋に機材が置いてあり、開演前にどう動かして準備するのか教えてくれました。スタッフが仮眠を取ったり身体を動かしたりする部屋もありました。照明スタッフのオフィスになっている場所には法王庁の舞台で上演された歴代の作品と演出家が書かれたポスターがあり、SPAC『アンティゴネ』もその一つに入りました。案内してくださったスタッフさんは2か月後のスイスのローザンヌでのSPAC『ロミオとジュリエット』の公演にも駆け付けてくださり、今も連絡を取っています。緊張した毎日の中で、現地のスタッフとの交流には助けられました。
 「アヴィニョン法王庁の舞台は世界中の俳優が憧れる場所だから、ハルカみたいな若いときにこの舞台に立てることはとても羨ましいことなんじゃないかな」法王庁のスタッフと話す中、このようなことを言われ、我に返りました。初めての海外公演で体調を整えて稽古と本番に臨むことに必死だった毎日だったのですが、確かにここはアヴィニョン法王庁の舞台で、自分はそこで仕事をしているのだと、嬉しいと同時に何だか申し訳ない気持ちになりました。アヴィニョン演劇祭に出演したという大きすぎるほどの貴重な体験をどう活かしていくのか、これからの演劇人生の中で考えていかなければと思っています。

↓掲載された筆者プロフィール↓

※【日仏演劇協会会報 復刊8号】掲載記事を執筆した2017年当時のプロフィール情報を2020年4月現在、更新したもの。

【宮城嶋遥加(みやぎしまはるか)】SPAC 俳優。静岡県静岡市出身。2017 年春から東京大学大学院総合文化研究科に進学し、舞台芸術を専攻する。中学時代に SPAC の人材育成事業のシアタースクールに参加。高校時代には、SPAC のスパカンファン・プロジェクトに参加し、カメルーン出身のダンサー・振付家のメルラン・ニヤカム演出の『タカセの夢』に出演した。静岡大学在学中の 2016 年 2 月にオマール・ポラス演出の『ロミオとジュリエット』でジュリエット役に抜擢される。17 年には、『アンティゴネ』に出演し、静岡とアヴィニョンでの公演、2019年ニューヨークでの公演に参加。2017年 9 月から 10月にかけては、スイスのローザンヌでの『ロミオとジュリエット』の再演に出演し、ジュリエット役を演じる。その他の出演作に、宮城聰作品では『マハーバーラタ』(2018年‐2019年パリ・サウジアラビア・池袋公演)、『マダム・ボルジア』(2018年)、『イナバとナバホの白兎』(2019年、静岡・パリ公演、太陽の息子役)、『グリム童話―少女と悪魔と風車小屋』(2020年、少女・子ども役)。他に『変身』(小野寺修二演出、2017‐2018年静岡・上海公演)、『妖怪の国の与太郎』(ジャン=ランヴェール・ヴィルド演出、2019年)、『ペール・ギュントたち』(ユディ・タジュディン演出、2019年)、うさぎストライプ『いないかもしれない』(大池容子作・演出、※コロナウイルスの影響により公演中止)など。


■2017年アヴィニヨン演劇祭で上演された『アンティゴネ』全編映像は、演劇動画配信サービス「観劇三昧」にて配信しており、「くものうえ⇅せかい演劇祭2020」に合わせて、公演予定だった4日間(5月2日18:45~5月5日24:00まで)のみ無料で配信いたします。ご視聴は(https://v2.kan-geki.com/streaming/play/1025)から
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