見出し画像

好きだった人の好きだった音楽

好きな音楽がたくさんある。
イヤフォンを忘れたら遅刻しそうでも取りに帰るし、ライブにもひとりで行ける。タワレコで1万円を超えるほどの衝動買いをしたことも一度や二度じゃないし、下手なギターで自分が歌っちゃうこともある。

でも、その好きな音楽の半分くらいは好きだった人に教えてもらった音楽だ。

わたしが好きになる人は、みんな音楽が好きな人だった。そういう自分の世界観がある人が好きなんだと思う。おすすめを教えて、と言うと知らない音楽を嬉しそうに教えてくれる。YouTubeのリンクをラインに貼ってくれたり、CDをくれたり、プレイリストを作ってくれたりもした。そのひとつひとつを大切に聞いて、感想を送って、いくつかのアーティストを好きになった。

好きな音楽の話をするとき、人は少しだけ心拍数が上がる気がする。「好き」な世界を人に伝えるのは、いつだってわくわくするし、どきどきもする。「好き」な世界を共有しようとしてくれるその表情を見るのも、好きだった。

たとえ、その人がわたしのことを好きじゃなくても。

イヤフォンを分け合って聞いた曲、ふたりきりの河川敷で爆音で流した曲、車の中で流れていた曲、電話越しに口ずさんでいた曲。

いつどこで誰と聞いたかなんて思い出せない曲もある。流れてくる曲にいちいち胸が痛くなることもほとんどない。でも、たまに思い出す。

好きな人が教えてくれた音楽を、その人を好きじゃなくなっても、好きな音楽としてわたしの中に残っていること。

その音楽たちに、どうしようもなかった夜を救ってもらったこと。

好きだった人の世界の一部から分離して、わたしの世界の一部になった音楽を愛すことは、今までの生き方みたいなものを肯定するのだと思う。

同じようにわたしが教えた音楽も誰かの世界の一部になっていたら、なんて考えるのは傲慢だろうか。

好きだったあの人は、重いなって苦笑いするんだろうな。

そんなことを、Bluetoothイヤフォンの充電が切れた電車内で思っていた。聞きたい曲があったのに、悔しくて仕方がない。AirPodsは便利で好きだけど、明日からはコードのイヤフォンも鞄に入れておこうと強く誓った。

(あなたの、好きな音楽を教えてくれたら嬉しいな。)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?