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あまい、あまい、雲。

綿菓子をはじめてつくった。

ぶおおおん、と唸る機械からどんどん薄い雲が出てきて、そこに割り箸を入れて回していく。少しついてきたら、割り箸を動かさないでその場でくるくる回すだけでついてくるから柔らかい綿菓子になるのよ。教えてくれた人はまるで魔法みたいにあっという間に大きくて丸い綿菓子を作ってみせた。

すごいですね、とため息をつくみたいに言うとその人にじゃあはい、と割り箸を渡された。瞬間、慄く。

「あの、はじめてで、作ったことなくて、あの、練習とか」

とおろおろするわたしにその人は

「大丈夫よ〜!あとよろしくね」

とさっさと別の屋台の方へ行ってしまった。え、え、と前を見ればきらきらした顔で綿菓子を待つ子どもたちの列。もうなるようになれ!とザラメをしゃらりと入れた。途端に薄い雲が生まれてくる。教えてもらったことを思い出しながら同じように割り箸を回していくけれど、どんどん思っていた形とは違う方向に膨らんでいく。違う、そうじゃない、そうじゃなくて!とわたわた焦っても軌道修正はできず、不恰好な形のものが出来上がってしまった。ごめんね、と言いながら子どもに綿菓子を手渡すと「へびみたいでかっこいい!」と嬉しそうに受け取ってくれてぐっと胸が熱くなった。ようし次こそは、と意気込んだは良いものの、しばらくの間へびみたいな綿菓子を量産してしまった。

小さい頃、お祭りに行くと親にねだって綿菓子を買ってもらった。顔よりも大きな綿菓子を受け取った瞬間のどきどきを未だ思い出せる。屋台の光がうっすら透けてきらきらと輪郭がひかる綿菓子は、魔法の食べものだった。嬉しくてかぶりつくから毎回のように手や髪や頬がベタベタになってしまって、呆れながら笑われていた。

曇ってね、触れないんだよ。

小学校の帰り道、歩道橋の上でちーちゃんに耳打ちされてからもう随分経つ。それなのに屋台に売られる綿菓子を見てあれは雲だ、と思うことを未だにやめられない。触ったらあっという間に溶けてしまうけど、でも触れる。甘い甘い匂いを残してなくなっていく、綿菓子は雲だ。

大きくなって何度か、綿菓子を作れる機械が飲食店に置いてあるのを見た。小さい子が大人に見守られながら一生懸命作っているのを見て微笑ましく思って、自分もやりたい気持ちがむくむくと出てくる。どうしようかな、今誰もいないな、やろうかな、と考えている間に次の親子連れが走ってやってくる。その後ろに並ぶ勇気はなくて、席に戻る。そういうことが何度かあって綿菓子を作る機会を逃し続けていた。それがまさか仕事の場であっさりと叶うだなんて。

へび型綿菓子を量産しているうちに、少しずつコツを覚えてきた。最初に割り箸で雲を絡め取る位置が重要らしい。ザラメを数回に分けて流し入れて丁寧に形をつくって行く。緊張しながらくるくると割り箸を回していく。気がつけばふんわりと丸い綿菓子ができていた。いつも買ってもらっていたような、大きな甘い雲。うわあ、と子どもと一緒に歓声をあげてしまった。はい、どうぞ。少し上ずってしまった声でそっと手渡す。ありがとう、と受け取った女の子の目はもう綿菓子しか見えていなかった。

それから3時間ほど綿菓子を作り続けた。ひっきりなしにやってくる子どもたちの表情はみんな同じようにわくわくしていて、数えきれないほどの本数の綿菓子をひとつずつ丁寧に作った。かつて魔法の食べ物だった綿菓子。今はもう甘すぎて半分も食べ切ることができないけれど。いつかわたしがもらったどきどきを今度はわたしがあげられるように。


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