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透明な傘

雨の匂いが好きだ。それが「ペトリコール」と呼ばれていることを最近知った。ペトリコール。なんとなく舌触りが良くて思わず口にしたくなる。正確には雨の匂いではなくて、雨が降って地面から立ち上がる匂い、だそうなのだけどちょっと難しいことはよくわからない。ただただあの匂いが好きで、とても安心する。

だけど雨自体はあまり好きじゃない。つめたいし、濡れるし。お気に入りの服を思い切りよく着れないし、着たとしても後悔するし。水たまりに気づかず突っ込んじゃって、つま先からじわじわと濡れてくるあの感覚なんて最悪だ。だからレインブーツを買おうとここ何年かずっと考えている。それなのに雨がやむとそれをすっかり忘れてしまうから、未だに手に入れられずにつま先を濡らし続けている。

精一杯の抵抗として、80センチの大きくて透明なビニール傘を好んで使っている。リュックまですっぽり入って風さえなければ濡れない。可愛い柄の傘にも憧れるけど、今使っているものに慣れているからどうにも小さく感じて頼りない。あとビニール傘越しに見える景色が結構気に入っている。雨が等しく街を濡らしていて、いろいろな光が反射しているのが見えるから。特に夜は良い。濡れた傘が移り変わる信号機の色に滲むのがきれいで、いつまでも見ていられる。

いつか、雨の夜の街を写真で切り取りたい。できれば日曜の終電が去ったくらいの時間の駅前の交差点がいい。何台も列になって動かないタクシー、誰も渡らないまま点滅し始める信号機、眩しいコンビニのあかり、古いスナックのネオン。全ての光が穏やかに雨に滲んで夜の中にぼんやりとたゆたっている、その景色を撮りたい。もちろんビニール傘を片手に、ね。


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