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キミを探す④

昆虫採集と一緒で、網とかごを持って家に出る前に、お目当の虫が一体どのあたりによくいるものなのかを知っておくことは重要だ。
草原で這いつくばるよりも、くぬぎ林で木の上を見る方が、よっぽどカブトムシに遭遇できるチャンスは大きい。

いわゆる生息域だ。
虫や動物と同じように世の中のほとんどの事柄に生息域という考え方は存在する。

コアラはユーカリの木の上を好み、マッチョはジムのフリーウェイトエリアを好む。
スノードロップは修道院の庭に咲くのを好み、嫉妬は肥大し石化した自尊心を、ぐいと押しのけた下の、じっとりと湿ったところを好む。
猫は人の手の届かなきところを好み、童謡は母の唇を好む。
鳩が平和の空を好んでいるか議論の分かれるところだが、政治家は平等という言葉を好んではいない。

僕にとってのキミはどこを好む?
まず十中八九、間違いなのが記憶の中だ。
予測や予兆の中にだってキミはいるだろうが、一般的には記憶の中。
だいたいの女王蜂が巨大な巣の奥底の一番温かいところを好むように。

記憶とはいわば、アニメーションのコマのように連続するシーンの総称だ。
無数のコマのどの一枚を抜き取ったとしても、それはシーン、過去の一場面になる。
コロコロとよく変わる表情のせいで、同じ顔がない。
お決まりの顔、というのはあるんだけど、表情筋というやつはあまりにたくさんあって、その全てが同じ位置に収まっていることは一瞬たりともない。
無作為に抜き出した一枚が、僕の望んでいるキミの表情だとは限らない。
むしろそうでないことの方がよっぽど多い。
シーバス釣りみたいに、カタがよくないとリリースするってわけにはいかない。
当然のことながら、キミは放り出していい類のものじゃない。
僕は僕が望んではいるのとは違うキミとしばらくは向き合うことになる。
話は途切れがちなるし、妥協点も見つからない。
しかし僕は根気強く話かけ、根気強くキミの言葉を待つ。
それ以外に記憶に対して僕ができることはない。


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