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親切な人④

鼻の奥がツンとした。このままではいけない。
「どうすればいいんですか? こんな俺にも価値があるんでしょうか?」
俺は親切な人にすがるように言った。
「何か思い当たる節があるようだね。もちろん君にだって、これから人としての価値を高めることはできる。人の価値とはつまり・・・」
俺は息を飲んで親切な人の言葉をまった。
「間違いを認めることだ」
間違いを認めること? その真っ当すぎる言葉に肩透かしを喰らったような気になった。
そんな俺の態度に気づいた親切な人は、首を振りながらため息をついた。
「間違いを認めることは、そんなに簡単じゃない。間違うことがとても簡単なだけに、それと比べたら雲泥の差と言っていいくらいの難しさだ。例えばさっきパチンコ屋で、君は座る台を勘で決めたろう? おそらく出る雰囲気がしてるだとか、少し輝いて見えるだとか」
どこかで見ていたのだろうか? 無邪気に台を選ぶ姿を見られていたのだとしたら恥ずかしい。そうだとしても、ここまで俺の感情が読めるものだろうか。
「それが間違いだったってことは、今、君の状況が証明している。ちなみに、今日君が座るべきだった席は、君が座った席の右隣だった」
「なんでわかるんですか?」
俺は思わず大きな声を出していた。
「空き缶を蹴るのと同じくらい、天下の往来で大声を出すことは間違っている」
「わかった、わかりました。その間違いも認めます。だから教えてください。どうして当たる台がわかるかるんですか? あっ、そんなわけないか。なるほど、それは比喩的な意味なんですね。自分の勘など当てにならないってことへの」
一瞬でも、親切な人に対してなんらかの教えを乞おうとした自分を恥じた。
この人は親切な人と言う名の変人だということを忘れてはならない、と思い直した。
そんな俺の様子を見た親切な人は、少し悲しい顔をした。表情のない表情をなんだか読めるようになってきた。
「今、君はひとつ正しいことをして、同時にひとつ間違いを増やした。つまり、間違いを認めたことは正しい。それをなしに次の一歩はありえない。しかし、勇気ある一歩を踏み出すと同時に、君は他者である私を否定した。間違いを認めた次に大切なことは他者の言葉に耳を傾けることだ。たとえそれがすぐに自分にとって受け入れがたい話であっても」
「受け入れられるわけないじゃないですか。未来でも見えない限り、当たる台なんて誰にもわかりっこないですからね」
俺はさも当然のことだというふうに、顎を突き出していった。どう考えても俺が正しい。

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