"Pinocchio" 嘘と本気の間で

アルバム『rainboW』初回盤 Bに収録された中間淳太さんの初ソロ曲”Pinocchio"。淳太さんが歌詞の中に巧妙に仕組んだトリックについて考えてみました。

淳太さんの意図とは違うかもしれないけれど、私の考察を。

最大のヒントは、淳太さんの「歌で聴いているときは幸せな歌なのに、歌詞カードで歌詞を見ながら聴くと悲しい歌に聴こえる」というコメントでした。

それはどうしてなのか。

そのカギは「ボク」「キミ」「僕」「君」「あなた」「アナタ」の使い分けにあるのではないかと思います。
鼻高々 はもちろん「すべては嘘」という意味。

繋がる糸、絡まる糸。これは不倫とか、決まった相手がいるのに、違う人に心惹かれることを意味しているのではないか。感情が絡まる・・・という。

本気じゃないときカタカナになる。「ボク」「キミ」「アナタ」「シアワセ」これは嘘。虚構。うまくふるまっている、ふるまおうとしている遊びの自分。本気じゃない自分。

本気になるとき漢字やひらがなになる。「僕」「君」「あなた」「幸せ」これは現実の自分のリアルな気持ち。遊んでいるつもりで、本気になったとき。

歌が始まったとき、ボクの恋は遊びだった。本気じゃなかった。相手も「キミ」つまりあくまで遊びの相手だった。決まった相手は別にいるけれど、この秘密の恋を楽しめればいいだけだった。

相手は「あなただけ」と言った。つまり本気だった。自分はそれに対して「アナタだけ」と返した。本気じゃなかったから。幸せな時間も嘘。自分も嘘ばかり。

しかし主人公の心は「本気」になる。本気の気持ちと、火遊びのような恋のやりとりが混じってしまう。

「あなただけ」と本気で言う。でも返ってきたのは「アナタだけ」つまり今度は向こうの気持ちが本気では無くなっている。操っていたつもりが、いつの間にか彼女が運命の糸を握っている。

虚構と現実、嘘と本当の気持ちが交差する。

…幸せな時間。 心から幸せを感じている。

「あなただけ」 本気で相手に誓う。

…シアワセな時間 鼻高々  でもそこにあるのは虚構の時間 重ねられた嘘
だから結局 自分はその虚構の中で 嘘を積み重ねるしかない 

…というような感じに読みました。音で聴いているときは、シンプルなラブソングだけれど、この使い分けの観点で見ると、まったく違う、心のすれ違いが続く悲しい恋の歌なのかなと。


初めての考察、ワクワクしました。
淳太さんの解説、楽しみです、楽しい謎解きの時間をありがとうございました!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?