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夢の話

部屋でごろごろしていたらスマホに着信がきた。いまどき着信を入れてくるような心当たりは仕事しかない。画面も見ずに取ったところ「◯◯の◯◯です、◯◯のものです」と聞こえてきた。◯◯のところがまったく聞き取れないので何度も聞き返しているとそのうち通話の声がだんだんノイズがかってきた。さらに声の背後に保留音のようなものが鳴り出した。視界の端に違和感を覚えるので横目で見たところちょうど部屋の入り口くらいに小さな黒い太陽みたいなものが浮かんでいるのにも気づいた。部屋を見渡したところカーテンレースの外が夕暮れ時っぽい色をしている。
完全にバグってる。これは夢だと気づいた。夢だとわかったので妙な現象はすべて無視することにした。スマホを切りカーテンを閉め、黒い太陽には触れないようにしながら家を出た。外は夕暮れ時ではなく夜だった。どうやら部屋の窓の外とドアの外は違うらしい。
俺は行きつけのバーに行った。バーには知り合いがひとりいて、カウンターの中に店長のおっさんがいた。知り合いはジンジャーエールを飲んでいた。それを見ていたら俺も酒ではなくジンジャーエールを飲みたくなり店長に同じものを頼もうとしたら「そんなものはない」と言われた。それを見ていた彼が「これはコンビニで買ってきたやつだよ」と教えてくれた。じゃあ俺もコンビニに行こうと思い、いつの間にか手に持っていた冷凍たい焼きと霜のついたかちわり氷の袋をバーの冷凍庫に戻そうとして、これいつの間に持ってたんだっけ? と考えた。そうか夢だった。改めて思い出してやっぱり考えるのをやめた。
それにしても整合性のない夢だ。バーを出ると郊外の国道沿いみたいな場所だった。その国道を歩いた。しばらく歩くと道の途中に急な階段があって、その横には水道管みたいなのが通っていた。触れるとひんやりと冷たくて結露していた。手すり代わりに階段を降りると下の階には昭和のまま時が止まったような街並みがあった。

そこで目が覚めた。変な夢だ。俺は時々変な夢を見る。
よくわからない街でよくわからない生活をしている。

一昔前によく見た架空の街の夢。そこは沖縄と中国を足して割ったような街だった。夢の中の俺はそこに住んでいて定食屋で雑用をして小銭を稼ぐ少年だった。アーケード街はいつも薄暗くて電球が半分切れている。店はたくさんあるがどの店もいらないものばかりを売っている。ある男の店は壊れた機械を売る店。ある老人の店は薄汚れた民芸品を売る店。他の店でも皆ごみのようなものばかり売っている。
勤め先の定食屋の料理もひどいもんだ。一番よく出るメニューはキャベツに油かすのタレをつけたもの。それと麻婆豆腐に似た雑巾みたいなにおいのもの。それを薄汚れた紙のお皿で出す。キッチンのおばさんが作ったそれを運ぶのが俺の仕事なのだ。みんな不味い不味い言いながらそのひどい料理を食べている。俺もつまみ食いしたことがあるが、正直本当に不味い。

架空の街。この街はたびたび夢に出てくるのでなんとなく覚えている。家を出て、通りをすぐ左折、路地を進むと細い下り坂がある。昭和レトロっぽい街並みが広がっている。細い下り坂の一番下の突き当たりに幅50cmくらいの交番がある。白いドアに交番と書いてある。そこをまた左折すると寂れたアーケードに入る。道は微妙にぐねぐねしている。そこを直進すると右に一つ目の横道。ここを曲がると雑草の生い茂る広場に出る。葦やススキのような草がぼうぼうに生えていて獣道が奥に続いている。獣道をさらに進むと上り坂になり森に入る。森はよくない気配がして怖いので注意。森を抜けると沼がある。ここはさらによくない気配がするのでペットの猫が逃げた時以外は行かないように。一つ目の横道を無視してまっすぐ進むとまた右に二つ目の横道がある。こっちは港に向かうトンネルに繋がっている。トンネルの中は油ぎった町工場のような空間。抜けるとそのまま漁港。足元は泥と油で汚いので転ばないよう注意。トンネルの出口の向こうに海。船が停まる港。海の水は意外なくらい綺麗。ここはよく魚が釣れる穴がある。でも釣りの道具を用意して行くとなぜか辿り着けない。港や森と逆方向に行くと喫茶店がある。喫茶店の隣には古いバンドのCDやグッズを扱う店がある。客の入りはあまり良くないようだが、時々、外国のコレクターが血眼になって何かを探しているのを目にする。どうやら一部の人にとっては価値のある物もそれなりに埋もれているらしい。

ある日、近くで暴動が起きた。なんでもきっかけは外国の軍人と現地の若者の喧嘩だそうだ。報復が報復を呼び、軍人がリンチされ、女の子が強姦された。街の若者たちは皆、手に鉄パイプやガラス瓶を持ち、軍人どもを殺りに行くぞと息巻いていた。
俺はその殺気立った若者の群れには加わらず、仕事のためにいつもの店へ向かった。表は荒れてるので裏道から行くことにした。廃ビルの地下を通り、錆びついた下水管の中を進み、柵の壊れたところを潜り抜けた。地元の者しか知らない秘密の道だ。
いつもの店へとたどりついたら、いつもと様子が違った。人だかりができていて、皆、いつもの汚れた紙のお皿で何かを食べながら、オオ、嗚呼と歓喜の声を上げている。涙を流している人もいる。壊れた機械売りの男が泣きながら食べかけの紙皿を見せてくる。おい、これ、うまいから食ってみろ、俺こんなにうまいもの食ったの子どものころ以来だ、母親が作ってくれた飯を思い出した、とのことだ。ちなみにその母親は外に男を作って逃げたらしい。壊れた機械売りの男の話は料理から自分の身の上になってきたので無視することにした。
キッチンの片隅に見慣れない佇まいの不思議な男がいることに気づいた。年齢は30代か40代。ぱっと見小汚いがどこか清潔感があって俺たちとは違う繊細そうな顔をしている。なんでもいつもの料理に彼が一手間を加えたら魔法のようにおいしくなったらしい。彼の料理を見てみた。見た目は前とまったく変わらない汚いキャベツと臭い麻婆豆腐だ。半信半疑で口に入れたら口腔で何かが弾けた。気がつくと俺も涙を流しながらキャベツを食べていた。なんだこれは。やばい。懐かしいような、温かいような、それでいて悲しいような、何とも形容しがたい気分だ。
彼は言った。噛み合ってないものを噛み合わせた。ほんの少しのことだ。ほんの少しのきっかけでいろんなものが変わる。人だって変わる。なんでも生き返る。
誰も意味がわからない様子だった。壊れた機械売りの男も、定食屋のおばさんも皆キョトンとしていた。俺はなんとなく意味がわかるような気がしたが、俺以外誰も理解できなかったようで、翌日からまた皆ゴミを売り不味い飯を食う生活に戻った。俺も忘れることにした。自分だけそれをわかっていたところでどうしようもないからだ。

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