見出し画像

『明け方の若者たち』感想

カツセマサヒコの『明け方の若者たち』を読んだ。

まあ、Twitterで知ってる人は知ってると思うけど、彼とは友達だ。この本に関してもちょっと前に些細なやり取りをした際、献本くれると言ってくれた。でも俺はちゃんとお金を出して読んで、彼の見ているところで忌憚なくイジリ倒したいので、自腹で買った。なので感想を忌憚なく書きます。

さあいくぞ。


本を読んだ純粋な感想

まあ、内容はどっかで見聞きしたような話の寄せ集めだ。

冒頭にパンチの効いたやつを入れてみた。でも悪い意味じゃない。むしろ良い意味で言っている。良い意味でどっかで見聞きした話の寄せ集めだった。じゃあどこで見た? 俺は彼じゃない。実際こんな経験をしたことがあるか? まあ作中の描写と近い体験をしたこともある。あるにはある。けど全部じゃない。そもそも俺はこの主人公みたいに真っ当なルートで就職していない。

じゃあ作中の描写をどこで見たか。頭の中だ。

急に大雨が降ったり、かといえば雲の切れ間から太陽の光が差したりすることもある、だけど根本的にあんまりスカッとしない、ちょうどいまぐらいの梅雨みたいな世界。そんな世界で生きている俺らは時々「いま急にこんなことがあったら」「あの時ほんとはこうだったら」なんてことを妄想する。

そんな“もしかしたら”の先にそれがあった。

夜中、都会の駅の構内か階段にうずくまって泣いてる女の子を見たことある? 俺はある。その子に声をかけたことはあるか? 俺はない。きっと彼女は何かとてもつらいことがあって一人で泣いているんだろうけど、キモいナンパ男みたいになるのもあれだからそっとしておこう、なんて思いながら素通りする。
でももし、そこでその子に声をかけたらどうなった? 彼女が本当は「誰かと話したい、誰かに聞いて欲しい」と思っていたら? なんかのきっかけで話すことになったら? その彼女に想像していないような背景があったら? そこから彼女と俺のストーリーが始まったかもしれない。

そんな煮え切らないボンクラ野郎が常々妄想している“もしかしたら”の先を描いていた。それなりに誠実で、一途で、真面目で、だけどそれなりにズルくて、不誠実で、怠惰で、他人のものを奪ったり奪われたりしながらこんなクソみたいな世界で日々泥仕合を繰り広げている、そんなやつらの間に“もしかしたら”が投じられたのだ。

“もしかしても空虚な世界”があるだけだった。

なんだよこれ。虚無じゃねえか!

文中に差し込まれるどうでもいい情景描写がやたらとリアルだ。映像が感覚を伴って浮かんでくる。湿り気を帯びて肌にまとわりつく夜中の空気、明け方の気怠い感じ、繁華街の生臭いニオイ、居酒屋の喧騒、隣にいる誰かの気配、体温。総じてなんだか生ぬるい。
朝、彼女が帰った後で部屋に残った飲みかけの缶ビールに口を付けた時みたいな生ぬるさ。読み終えた後、そんなオール明けの朝みたいな倦怠感と孤独感が押し寄せた。

俺はあんまり読書家じゃないから小説としてのよしあしはわからない。「小説かくあるべし」みたいな読書家からはそんなに評価されないかもしれない。でも個人的には読んだ後しばらく脱力した。

文章というのは一種の圧縮ファイルだ。それを読み手が解凍したとき、頭の中にどんな感情が、どんな情景が、どんな想いが展開されていくか、そこが一番重要だ。少なくともその点において『明け方の若者たち』は粗削りなインディーズバンドの1stCD的な良さがあった。伝わってきたよ。生ぬるいビールみたいな虚無が。

マサヒコと俺と昔のTwitterの話

とまあ、純粋な読書感想文はここまで。ちゃんとネタバレしないように書いたぞ。さてここからはマサヒコと俺と昔のTwitterという気持ち悪い話を交えながら話します。キモ耐性のない人間は引き返したほうがいいです。忠告したぞ。したからな。

いまから遡ること十年近く前。Twitterではこういう虚実入り混ぜた“もしかしたら”をツイートする風潮が流行っていた。

夜中、同棲してる彼女と一緒にコンビニに行きたい。下らない話しながら毛玉だらけのお揃いのスウェットで暗い道を歩いて、ハーゲンダッツのアイスとか買って、帰りは荷物持たないほうの手を繋いで帰って、アイスを冷凍庫にしまって、それからめちゃくちゃセックスしたい。同棲してる彼女いないけど…。

こういう感じのやつ。いま適当に作った。140字ぴったりだぞ。彼のフォロワーなら彼がよくしている“妄想ポエム”としてお馴染みだと思う(最近はしてないな)。以前はこういうツイートをしているやつがわりといて、恥ずかしながら俺もよくしていた。俺たちより前からしているやつもいた。

“サブカル女子大生”というありがちなキャラに妙に細かいディテールを差し込みながら歪んだ愛情をぶつけるやり方は、確か五周さんあたりが十年以上前にやっていた。俺もそういうのを見て、面白えなあと思って取り入れた。そのかたわら恋愛ポエムをつぶやいて人気者になるやつもいた。葛藤する女子男子の心の機微をふんわりゆるく肯定するやり方だ。十年前で言うとtommyさんあたりが顕著だった。俺たちはそういうやつらを「ポエマー」と揶揄していたし、そういう俺たちも「ネタクラスタ」と揶揄されていた。

彼がTwitterに殴り込んできたのはそれよりもうちょっと後だ。彼は当時のネタクラスタとポエマーを両方見てきたんだと思う。「ネタ」だの「構文」だのバカなことを喚きながらたかがツイートごときに必死になってる俺たちの姿をさんざん眺めていたんだろう。「痛々しいな、でも面白そうだな」なんて思ってたんだろうな。それで彼自身もやってみた。そしたらうまかった。

彼は自意識をこじらせ抜いたネタクラスタのシニカルさとポエマーの恋愛至上主義なゆるさをうまいこと両方取り入れた。いいとこ取りしやがったんだよ。そんでもって下北沢にいそうなルックスも武器にしつつ「カツセマサヒコ」というキャラを構築していった。まあ、なんだかわからないけど彼のツイートが一番そこらの男子女子の心を掴むんだよな。

そして時が経つにつれ俺たちの境遇は変わっていった。あるやつは生活自体が変わってTwitterどころではなくなった。Twitterより大事なものができた。あるやつは別のものにハマってTwitterに飽きた。あるやつはネットで作り上げた“設定”に無理が出てきて遁走した。あるやつはプライベートを暴露されてキレてTwitterを去った。でも彼は我慢強くTwitterをやり続けた。増えていく企業案件にもしっかり取り組み続けた。その結果としていまの彼がある。

昔、彼をいじって書いたツイートを彼自身がとても気に入ってくれたことがあった。

そもそもカツセマサヒコという存在自体が妄想だよ、お前らまだ気付かないのか? 僕は本当のマサヒコと会ったことがある、呼び出されたのはとある総合病院の一室、ドアを開けたその向こうには痩せ細った体躯の男がベッドに横たわり、全身に管を挿されたまま、虚ろな瞳でただ天井を見上げていたんだ…。

渋谷か新宿か池袋の居酒屋で「これほんと好きなんですよね、実際こういうところある」って言われた。覚えてるよ。

きっと彼は生粋の天才じゃない。閃きが突然降ってきて憑依するかのように物を作るタイプではないという意味で。サブ垢の自己紹介で自ら述べているとおり「カツセマサヒコ」というキャラクターを操縦している。頭で考えて動かしているのだ。俺たちひとりひとりのぼんやりした感情や情景を自らの感覚に重ねながら、なるべく多くの人が共感を抱く最大公約数に近いところを狙って「カツセマサヒコ」として発信し続けている。いいとこ取りもする。天才じゃないとか言ったけどこれめちゃくちゃすごいことなんだよね。冒頭で言及した「どっかで見聞きした感じの話」を書くのだって、そういう最大公約数的な部分を見極めるアンテナの感度が高くないと絶対できない。

でもそれだけなら単なるあざといやつだ。じゃあなぜそんなあざとい彼の書くものが妙に面白くて妙に引力があるのか。それは操縦されたカツセマサヒコというポップなキャラクターの奥に“虚無”があるからだと思う。この『明け方の若者たち』を読んだ後の感覚にきっと近い。なんだかよくわからない、彼女とオールで遊んでバイバイした後に飲み残したぬるい缶ビールに口つけた時みたいな、ほんと、なんとも言えない感じだ。きっとそのなんともいえない虚無が彼の本体の近くにあるんだろう。改めてそう思った。

ちょっと、いやかなり悔しい

まあね、色々言ったけど、やっぱすごいの一言だよね。だって小説だぜ。本だぜ。奥さん。あの頃みんなで競い合うように妄想と実体験をこねくり回して140字でツイートしてた“もしかしたら”を、実際に東京のどこかであったような生々しい話にして、本という形にしちゃったんだぜ。すごくね?
しかもよくあるインフルエンサーがツイートをまとめただけのやたら級数でかい本じゃなくて、書き下ろしの小説だぜ。おい小説だってよ? 聞いたか奥さん? こんな羨ましいことってあるかよ。ちょっと、いやかなり悔しいね。それは俺の、いや俺たちの“もしかしたら”のひとつだったからね。ほんとすごいよ。

でも、妄想と実体験をこねくり回して固めてきたなんだかよくわからない虚無のかたまりは、この『明け方の若者たち』で、世界に向けて思いっきり投げつけてしまった。結成からずっとスタジオやライブで育ててきたバンドの曲の大半を1stCDに詰め込んだ感じだ。もし“次”をやる機会が訪れたら、今回とは異なるまったく新しいやり方で、まったく新しいものを描かなければならない。さあマサヒコ、こっからどうする? 俺にはまるで見当もつかない。でも、もしそれができるとしたら、俺はその“次”もまた読んでみたいね。まあ大変だろうけど頑張ってほしい。応援してる。

とキツめの煽りを入れて、書評という体のよくわからない何かを締めます。


追伸:近々飲むっつーあの話どうなってんだ。早く候補日教えろ!

Twitter:https://twitter.com/haru_yuki_i