笑顔でいることは努力と、しなやかな強さがいるなぁと、感じている毎日だよ。でも、とても幸せかもしれない。
今。
すみわたる。
深呼吸をする
2016.09.10(Sat)
仕事:4月から取り組んでいた某研究所のサイトリニューアル、納品。ほぼ静的ページだが、検索エンジンや納品スタイルの異なりに時間割いてしまった。
その他、自社サイト更新関連など、自社関連多し。プラス、インバウンドの提案書作成(ただし、補佐)。
今は、自社アプリのSNSを使ったプロモーション企画進行中。
ただ、その中で「キャラクター」という商材を売るのか、「似顔絵」という商材を売るのか、よくわからない。
わからない、と思い続け、苦しくなって動けなくなってそんな自分に嫌悪感を抱いた。
二つのタイプの違うもの、相手のニーズ、必要としている誰か、面白いといってくれるであろうまだ見ぬターゲット。
やはり調べていくと、海外(特にアラブ圏)にフォーカスしてくのが一番なんだろう。
どうにか、SNSなどを用いてバズらせたいところ。
これをモノにするんだ、「自分の仕事」にする。
社内で、ある企業さんと漫画「いつかティファニーで朝食を」とのコラボサイトを制作していた。
私は別件に関わっていたため、その案件には関わらなかったが。
ひょんなことから、その原作をを目にする機会があった。断片的にしか目を通していないが、登場人物の、栞とリサになんだか魅かれるものを感じた。
―― 栞 既婚者。子育て中の主婦。「仕事」に精を出す旧友たちの話を羨ましくも感じている。
――リサ ヨガインストラクター。過去の失恋から自分の心身を変えようと、ヨガを通じて精神統一を行ったことから、インストラクターの道へ。自制、という言葉が似合う。
仕事をする、自分のものにする。居場所は自分で作るもの。
うまくいくはずないかも、
でも それでもいい
淋しいことも 忘れてしまっている 日々には 戻りたくないから
――自分のやること、そのさきを楽しむ。楽しさを生み出すこと。
ふとしたとき、思い出したい言葉たち。
自分のものにしたとき、仕事ってほんとに面白くなるんだ、と思った。
webスクール:
4月から、HTML/CSS Javascript,PHPとやってきているところ。
PHPが終わったら、MySQLに行く前に、レスポンシブに進む予定。
やはり、私はコーディングを早急に習得する必要がある。
(そして、私はプログラムが心底苦手だ。訓練校時代に比べれば、まだマシになったが)・・・コーディングも苦手だけど。
漠然と、サイトを作りたいという気持ちはある。有ると思っている。けれど、実際の私はUIやUXについて漁るだけで、実際はコーディング作業なんて、各段好きではないだろうし、と考えると、私は何がしたいのだろう?とも思う。
ただの勉強嫌いのガキでしかない。
やりたいけど、やりたくない。わからないからしんどい、わからないままでいるのもしんどい。使い勝手や心地よさを目指したい。
相手に喜ばれるもの、それを浸透させたいんだ。
プライベート:
友人にとても恵まれている。
知り合いの不幸があり、お通夜に参列させていただいた。故人は一度しかお会いしたことなかった方ではあった。
けれど、遺族のことを想うと、その人の死はとても辛く、悔しくて悔しくて、それこそ神や仏を恨むくらい。
そんななか、すがるように求めたのは、家業を継いで尼僧さんとしてお勤めする友人との"往復書簡“。
正直、かなり堕ちた。
身近な方で尚且つすごく感覚的にすごく好きだと思える夫婦であったからこそ、悔しくてしょうがない。
だけど、遺族の方の気持ちは、私なんかが理解しきれるものではないし、いずれはふと頭の中きら抜けてしまうのかもしれない。
忘れる、って怖い。
忘れないで、っていうのもなんとも苦しい。
当事者ではないからこそ、こんなことが書けるんだと思う。
恋愛面、人付き合いの面でも多少なりともなにかしらあったけれど、
大切なひと、身近なひとが生きて健康でいてくれればそれでいい。
そばにいられないのなら、何処かで元気にやっててくれていればそれでいいんだよ。友達であれなんであれ、縁があればきっとまた逢えるはず。
今はただ、故人の方のご冥福とご遺族の方の心と身体の健康、そして、生まれてくる新たな命のことを想うばかり。
あ。そうだ、同窓会もあった。
10人にも満たない、小さな同窓会ではあったが。
そこで、久々に会った友人。
特に印象的だった友人。
彼との別れを告げてきたという彼女。
彼女とは、趣味がとても近く、よく絵を描いて互いに交換しあってた。
今でも、彼女の実家にその絵はあり、私ももちろん保管している。
中学のときは、tama脱退前のポルノグラフィティと絵や漫画のことばかりだったなぁ。(& 吹奏楽部で一緒だったので、部活のこととか)
んで、今はお互いMr.Children派という。なんというシンクロ率である。
感覚的に似てる、という直感は大人になってもかわらず、不思議な空気感がとても楽しかった。
オトナになったんだなぁ。ね。
彼女は相変わらず、いい意味で冷静で、感性が鋭くて、人をよく見ていた。それがまた、心地良かった。
幼馴染でありながら、もはや13年ぶりくらいに再会した彼。
車の自動運転を、心理学の立ち位置から研究しているのだそう。
いくら、自動運転の技術が上がったところで、人が感じる恐怖、安心感 ―(この道、こんなに細いのにこんなスピード出しても大丈夫?)(あ、いまちょっとぶつかるかと思ったわ・・・)
そういう、いわゆるヒヤっと感。
面白いな、と思った。
モノ作りをする、という観点で近しいものを感じる。それこそ、UXの世界だ。
今までにないような画期的なシステムを使って、素敵なデザインをして、サイトやらアプリを作ったとしても、要はメインのターゲットが「使いやすい」「これが好き」というようにならないと、それは成功とはいえない。
その成功に近づくために、
プロトタイプを作成し、画面遷移や一般的なデザイン、ターゲット、ペルソナ設定、ボタンの大きさ、情報位置の整理、、、それらを行う。
優れたものが、相手に喜ばれるとは限らない。
13年ぶりの再会。楽しかった。
PHPの話もした。やはり、自動車工学系を学ぶとなるとプログラミング言語も多少なりとも触るらしい。(C言語とか名称は知っているけど、正直わからない)
話の流れで、自社サービスの一つである「似顔絵サービス」が、自動生成ではなく、海外外注デザイナーによるAIでの手描き、と伝えた。
もともとCADで線画を扱うことにたけていた彼らは、トレーニングを重ねて、AIで人物を描いているのだ。
人の目で見て、描いているからこそ、似ている。調節をすることが出来る。
それも、人が手がけるからこそ、ということか。
いずれは、人力から別の方法に変わっていくことはあるかもしれないが。今は、人の力が求められている。
俳優、海外放浪を経て、渋谷で移動式居酒屋を営む彼。
話す言葉、ひとつひとつに重みや、覚悟のようなものを感じたんだ。生い立ち、家族のことなど、様々なきっかけがあったのだろう。
身近な人を幸せにする、
来てくれた人が笑顔になれば、、
その方法論として、
「店」という空間つくりをはじめたんだね。俳優という道で駆け抜けてきて、また新たな道を見つけたんだなぁ、ってね。
そう思えた。シンプル、明瞭で潔い。
誰かが、「売上ってどうなの?」そういう質問をしてた。
それに対して、
次のこと、正直考えていないんだよね、と。
ほんとそうなんだろうな、と思った。
悪い意味じゃなく、やりたいこと。目指しているものを実現するために必要なことを考えているのであって。売上とか、そういうことをそんなに重要視してないんだろうな、って。
ひとつひとつの言葉が、重みが、落ち着きが、心地よかった。
ここ数日で、人のそれぞれの生き方を見た気がする。
Twitterでも思わず書いてしまったのだけど、
先日入籍し、旦那さんの実家である北海道に帰省していた彼女の言葉が、今の私に響いた。
笑顔でいることは努力と、しなやかな強さがいるなぁと、感じている毎日だよ。でも、とても幸せかもしれない。
彼女には、最近の私のことを伝えていない。
訃報を受けて、式に参列したことももちろん伝えていない。
彼女のその、ふわっと漏れた本音というか、日常の中の幸せを垣間見て、本当に安心した。嬉しかった。
幸せでいてほしい、って思った。
彼女だけじゃなく、自分も含めた周りの人、それぞれに幸あれ。
人にはそれぞれの人生がある。幸せがある。
ハナレグミの「深呼吸」が、身に染みる。
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このポエムのような雑記をタイプしていて、唐突に感じたことをメモしておく。今、人生って何?って訊かれたとしたら、今の私はこうやって答えるような気がする。
人生って、大きな海であって、人はそこでじたばたと泳ぎを繰り返しながら、前に進んでいくんだろうなぁ。
かといって、泳ぎなんて実際に水に潜ってみないことには体得できるものではないんだ。
だからこそ、もがき続けるしかないんだよ。
何が起こるか、わからない。何が出来るかなんて、わからないんだ。
思っていること、ただただ書き連ねた。
正直、書いている本人にしか、わかり得ないこともあると思うし、思考がぶれている部分もあると思う。
後からこの文面を観て、改めて言い回しを変えてみたり、はたまた「この時はこう思ったか」「今の私はこうだよ」みたいに、自分の振り返り、人に伝わる文章に近づければ、と思う。
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