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久子

白川男爵から深夜に呼びだされ、何やら嫌な予感がした。

白川邸に到着すると妙に陰気臭い中年女性に迎えられ屋敷の奥へと案内された。
西洋建築の意匠が美しい白川邸にはかすかに異臭が漂っていた。

中年女性が押し黙って前を歩くので少し会話でもしようと
「何やら焦げ臭いですね」と言うと、
「ええ、ボヤがでたんです」とぼそりと返された。

「ボヤですか、それは危ない」
「ええ、火元が動いて大変でした」
「火元が動く?」
「ええ、燃えましたから。犬が」
「犬?犬が生きたまま燃えたんですか?」
「ええ。清隆様の犬が2頭」

清隆は白川家の長男だ。性格に難ありとの噂だがそれでも愛犬の死に様には同情を禁じ得ない。

「清隆様のお気持ちを思うと……」と私が口ごもると
「ええ、ですがそれももう終わりましたから」と返された。

「終わり、とは?」
「清隆様は先程亡くなられましたから」
「亡くなった?」
「ええ、上半身と下半身を斤でぷっつりと」

私は思わず眉をひそめた。

「警察には連絡を?」
「いいえ。犯人はわかっておりますから」
「誰です?」
「久子様です」

久子。たしか14、5歳くらいの白川家の末娘だ。

「久子様はどちらに?」一応訊いてみた。
「お部屋で眠っていらっしゃいます。どうやっても起きません」

一瞬の静寂の後、私はまた口を開いた。

「なぜ私は呼ばれたのですか?」
「貴方も久子様による殺戮の被害者ですから」
「私が?」
「ええ。未遂でしたけど。覚えてらっしゃらないんですか?」
「それはいつ頃のお話ですか?」
「4、5年前のことですけれど」

私には覚えがなかった。

「私は何をすれば?」
「久子様は貴方を殺そうとする直前、貴方に何か告げたはずです」

私には覚えがなかった。

「その告げられた内容を思い出していただきたいのです」

私には覚えがなかったが、久子の顔を見れば思い出せる気がした。

「久子様にお会いしても?」
「ええ。良いですよ」

私は眠り続ける久子と対面することになった。

【続く】



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