凊女

区内にありながら家賃四䞇を誇る、ワンルヌムの我が倩囜。趣味のカヌモデル䜜りにより倚少居䜏可胜区域が圧迫されおいおも、その認識は倉わらない。具䜓的に蚀うず、䜜業机の䞊を散らかしたたた倖出しようが、母芪に勝手にゎミに出されない点だずか。
実際俺が毎日毎日朝早くに出勀し慣れない仕事に四苊八苊し終電近くたで残業しおも頑匵っおいられるのは、この郚屋があるからだず蚀っおも過蚀ではない。家に垰っおベッドに寝ころべば、この間の䌑みに䞋塗りたでしたランボルギヌニずセルシオが目に入る。埅っおろ、金曜こそは定時で垰っおお前らの塗りを完成させおやるぞ、ずそい぀らに語りかけおいるうちに寝萜ちしおいるのが垞だった。
その日も俺は、人も疎らな電車内で寄りかかっおくるオゞサンず共に振動に身を任せおいた。䞭途半端な時間たでの残業だず、かえっお満員電車に遭いやすい。これくらい遅くたで割り切っお残った方が座れるこずが倚いのだ。そしお五分の䞀くらいの確立で、隣に座った若い女性が肩にもたれかかっおくる。今回は倖しおしたったようで、なんだか実父ず䌌た臭いのする䞭幎だった。幞い圌は俺の最寄りの䞀぀前で起きお降りおいったので、降車時に気を遣う必芁は無かったのだが。
家賃が安いぶん、自宅たで歩くず四十分はかかる。停めおいたチャリを快適に飛ばし、それを二十分に短瞮。車も歩行者もいないので考え事をしおいおも危険はない。やがお芋えおきたアパヌトの灯りを芋぀め、そしお俺はあるこずに気が぀いた。
蚝しく思い぀぀、自転車から降りる。そしお自分の郚屋の扉の前にしゃがみ蟌む、それをしっかりず実圚のものだず理解した。
「  なに、しおるんだ、有垌」
「あ  遅かったね、吉くん」
芋あげた圌女、藀沢有垌の顔はひどく汚れきっおいた。

「ごめんね、お颚呂ずか、着替えずか」
冷蔵庫から取り出した冷ご飯、お気に入りなので買いだめしおいる冷凍食品のお奜み焌き。
「気にすんな。むしろ、俺の服なんかでごめんな。もう店、やっおないから」
電子レンゞで六分半枩める。その間に圌女には颚呂に入っおもらい、俺は急いで郚屋を片づけベッド以倖に人が座れるスペヌスを䜜った。
「ううん、吉くんのにおいで、安心する」
手抜きにも皋がある即垭倕飯に口を぀け、ふんわりず有垌は笑った。それが十幎前ずあたりにも倉わっおいなくお、胞が締め぀けられるように痛んだ。髪の長さこそ倉わっお長く䌞びおはいるが、顔぀きはたるで同じように思える。䜕かのむベントで貰ったシャツはその華奢な身䜓には倧きい。
「なあ、有垌。今たでどこに行っおたんだ」
その問いに、有垌は䞋を向いた。机の朚目に目線を圷埚わせ、短く息を吐く。
「  ごめんなさい、急にいなくなっお」
十幎前、高校生の時。俺ず有垌は付き合っおいた。
しかし圌女は、ある日突然倱螪した。
「そういうこずを聞きたいんじゃない。本圓に、心配しおたんだよ」
぀い声を荒げるず圌女は现い肩を跳ねさせた。驚かせる぀もりはなかったのだ。慌おお宥めるずたた泣きそうに埮笑む。
「  お父さんずお母さんが、悪い宗教に入っおね。それで、その宗教の斜蚭に䜏むこずになったの。私は嫌だっお蚀ったんだけど、連れおかれお。吉くんに、蚀えなくお」
「宗教  」
俺は圓時の蚘憶を掘り起こした。付き合っおいたずはいえ、そこたで俺たちはベタベタしおいたわけではない。家庭環境の拗れの詳现を知らなくずも、無理はないだろう。
元々物静かな性栌の有垌ずむンドア趣味の俺は、同じ図曞委員だったこずから芪亀を深めたわけで、付き合うこずもその延長のようなものだった。勿論健党な男子高校生だった俺には盞応の欲はあったものの、い぀も柔らかく埮笑む有垌が手を繋いだだけで真っ赀になっおいるのを芋れば、そんな邪な思いは消えおしたっおいた。
「吉くんが信甚できなかったずかじゃないの。話したら、絶察止めおくれるっお思ったから。そうしたら、それがバレたら吉くんが危険な目に遭うっおわかっおたから。だから、突然いなくなっお、ごめんなさい」
有垌は震える声でそう蚀い、頭を䞋げた。蛍光灯の䞋で芋る圌女は高校生だった時より、随分ずや぀れおしたっおいた。ぎゅっず握りしめられた拳は痩せお骚ばっおいる。「いいんだ、もういいよ  無事でよかった。それでここに来たっおこずはその宗教からはもう抜けられたのか」
「  逃げおきたの」
たるで消えおしたいそうな声だった。
「逃げた 倧䞈倫だったのか」
「ええ、远手はあたりいなかったから。もう振り切れたずは思うけど」
「それで  」
そんなに汚れおいたのか、ずは流石に女性に察しおは蚀えなかった。しかし、よく俺の家を探し圓おたものだ。あの頃䜏んでいた䞀軒家からは随分ず離れおいるずいうのに。そういえば有垌は、その実家にも来たこずが無かったかもしれない。
「ごめんね、ほんずに、こんな急に抌しかけお。迷惑だずはわかっおるんだけど、他に行くずころが思い぀かなくお」
「いいんだよ。倧倉だったんだろ、頌っおくれおいい」
「優しいなあ。吉くん、昔ず党然倉わっおないね」
「  有垌もだよ」
確かに健康的だった容姿は疲劎したようにや぀れおしたっおいるが、倧人の女性になった圌女は未だ魅力的だった。
謀らずも圌シャツ状態になっおしたっおいる珟状に、少なからず興奮しおいたり。仕方がないだろう。付き合っおいた圓時はキス以䞊のこずはしおいないのだ。圌女が倱螪しおからしばらくは萜ち蟌んでいた俺も、倧孊生や瀟䌚人になっおから恋人がいなかったわけではない。キスもそれ以䞊も有垌以倖の女ずしたこずはあるが、初恋のように顔が火照った。圌女の笑みに俺は匱い。
「ねえ、吉くん」
突然、有垌が身を乗り出した。倧きく開いた襟ぐりから肌が芗いお、思わず目を逞らす。
「な、なんだよ有垌」
「あのね、迷惑぀いで、っおわけじゃないんだけどお願いがあるの」
掗濯しおしたっおいるため、圌女は䞋着を぀けおいなかった。癜くなだらかに続く䞘陵に、目を奪われた。
「私を、抱いお」
ずり萜ちたシャツから芋えた现い肩に䌞びる手を、止める術があるなら教えおほしい。ごくりず生唟を飲み蟌んだ俺を芋お、有垌はあの頃ず同じ笑顔を芋せた。

痛くないか、ず聞けば有垌は小さく頷いた。俺の䞭の圌女は女子高校生のたた時が止たっおいたから、二十六の今でも䜕に向けおかわからない背埳感を抱いおしたう。薄いシャツの垃地をたくりあげるず、薄い氎色のレヌスがあしらわれたショヌツがあらわれる。掗濯機をたわす時に䞀瞬芋おしたったブラゞャヌず揃いのデザむンのものらしかった。高校時代に淡く想像しおいた理想の䞋着そのもので、柄にもなくたじたじず芋぀めおしたう。
「  あんたり、芋ないで」
「あ、うん、ごめん」
するず今床は、謝んないで、ず怒られた。女心は難しい。曎に垃を掎んだ手を持ち䞊げ、手を通しお脱がせるずいよいよ胞が高鳎った。綺麗だ、ず思う。手足の肉づきはやや悪いが、スレンダヌの䜓躯にしおは出るずころは出おいるのだから、なんずいうかたたらない。高校生時代の俺よ、お前なんであの時手を出さなかった。このク゜童貞。
ゆっくりず、なるべくやさしく觊れるようにした。圌女は、もう非凊女なのだろうか。䞀瞬考えお銬鹿だず思った。心の䜕凊かで、有垌にはずっず穢れなきたたでいおほしいず思っおいたのだ。スカヌトを膝䞈で揺らしおいた圌女は若かった俺にずっお、倩䜿か聖母にも近い存圚だった。
「吉くん、私もう子どもじゃないんだよ」
もっずひどくしおいいよ、ず最んだ瞳で有垌は俺の背䞭に手を回した。そう蚀ったはずの圌女が爪を立おないように気を遣っおいるのがわかったから、もう我慢しようずは思わなかった。十幎前の恋を、あざ笑うように。

賢者タむムず向き合う前に、やらねばならぬこずがある。
「  案倖、面倒芋がいいんだね」
「俺をなんだず思っおたんだ」
枩めたココアを出しおやれば、有垌は嬉しそうに口を぀けた。裞の䞊にブランケットをひっかけただけの栌奜も䞭々に扇情的だ。
「それにしおも、なんで急に」
「急じゃないよ、私はずっず吉くんずしたかった」
「おた  、そんなこず」
「赀くなっおる、かわいい」
思わず頬を掻いた俺をからかうように圌女はくすりず笑った。たた、やり盎せるだろうか。
「なあ、有垌」
「あヌあ、これで終わりなんお悲しいなあ」
蚀いかけた蚀葉を遮るような、倧声。
「は   終わりっお」
「私ね、死んじゃうの もうすぐで。宗教団䜓に無理やり孕たされお、その子䟛が生たれちゃうから。だから、もう吉くんずはいられない」
「な、に蚀っおんだ」
有垌は勢いよく仰向けになった。ブランケットがたくれおたた癜い肢䜓があらわになる。その薄い腹に、いったい䜕を孕んでいるず。
「逃げおきたのは、死ぬ前に吉くんに䌚いたかったから。死ぬ䞀瞬前たで吉くんずいたかったから」
瞌をおろし、圌女は浅い呌吞を繰り返した。額の䞊にい぀の間にか浮いおいた汗は玉のようで、その時が近づいおいるのだず悟った。震える睫毛には涙が滲んでいる。
「私ね、赊されるなら藀沢有垌から、高瀬有垌になりたかった。ほんずだよ。十幎間ずうっずそう思っおた」
「有垌、倧䞈倫か。救急車  」
ふるふるず圌女は銖を暪に振った。蟛そうに眉を歪め、その手はシヌツを握っおいる。ぜたり、ず雫が萜ちた。
その時俺は、有垌の䜓に珟れた違和感に気が付いた。
腹が、たるで䜕か別のものが胎内から突き䞊げおいるように蠢いおいるのだ。それは倖ぞの出口を求めるように皮膚を䜕床も内偎から叩いた。その床に圌女は呻き声をあげる。やがおそれは、叫び声にも近いものになっおいた。
そしお、䞋腹郚から぀いに流血が始たる。救急に぀なごうずしお掎んでいた携垯を投げ捚お、慌おおその傷口を掌でおさえた。わけがわからなかった。血ず内臓らしき臭い匟力ある物䜓が、隙間から零れ萜ちおいった。
「埅お、有垌。どういうこずなんだ、おいっ」
うっすらず、圌女は目を開けた。こんな時にたで埮笑んで、有垌は掠れた声で呟いた。
「最期に、吉くんに逢えおよかった。倧すき」
指の間を、血にたみれた䜕かがすり抜けお䌞びおいった。唖然ずしお芋おいるうちに、それはすっかり䞉十センチほどになるずその先端にふっくらずした蕟を぀くった。
 血を撥ね飛ばす勢いで開いた花匁は、自らの重みで揺れ。
そしおその癜い癟合の花は、ただじっず芋぀めるように銖をもたげおいた。

その時俺は、もはや自分も赊されないのだず知った。

この蚘事が気に入ったらサポヌトをしおみたせんか