歯車のララバイ

子どもの時によく聞いたリズムは成長してからもたまに思い出すと思うんです。自分にとってのそれは祖母の家で聞いた歯車仕掛けの印刷機の音でした。

昔は本州に住んでいて夏休みには必ず北海道の祖母の家に泊まりに行っていました。(当時は)比較的寒冷だったこともあって過ごしやすい気候、おいしい食べ物、何よりもやさしいおばあちゃん。夏休みに北海道に行くことが何よりの楽しみだったのです。そんなおばあちゃんの家には工場がありました。木材を加工する工場です。

工場といっても町工場のようなもので大規模ではありませんでしたが、そこは子供にとっては最高の工作場だったのです。いらない木の端切れが大量にあり、木のいい香りが漂っていました。トンカチと釘の使い方も教えてもらい、作業をしている従業員に遊んでもらいながら思うがままに自分のものを組み上げていきました。今思えばだいぶ迷惑かけてたと思います。ろくに周りも見ないクソガキがトンカチと釘で遊びだすんですからね。ヒヤヒヤしますよ。

何年後か、自分も仕事のお手伝いをやるようになりました。カンナ掛けの機械はコントロールが難しいのでできませんでしたが、釘の打ち込み機械の操作、加工した木の運搬、地面に落ちたくぎを首からぶら下げた磁石で拾うなど...子どもながら良い体験をできたと思います。微笑ましくかつけがをしないように見守っていてくれた従業員の皆さんには頭が上がりません...
生意気にもお給料(お小遣い)ももらっていました。その時に付いた肩書は「工場長」でした。工場勤めのサラリーマンの父が悔しがっていました。

数ある機械の中でも一番好きだったのが、印刷機です。今あるようなデジタルなものではなく、動力はモーター一つ、あとはすべて鉄の歯車。歯車が重々しく、それでも軽快にかみ合わさる様にある種の爽快感を覚え、目を輝かせていました。スイッチを押すと流れ始める歯車の音。モーターに合わせて加速していきやがて一定となるリズム。上から覗くと一つの無駄もなく複雑にかみ合わさるその機構。特に背面の一番複雑な部分が動いているのを見ると心が躍りました。どうしてこんな動きが実現するのか不思議で不思議でなりませんでした。そして何よりも思い出深いのは機械が刻む音でした。物心つく前から祖母の背中の上で聞いていたその音は心地よく安心できるものでした。幼少期に自由帳に描いていた絵は、すべて謎の機械のラインでした。今でも残っているんですけどね。このころから工学脳だったんでしょうか。

今でもたまに工場の香りを思い出します。うたたねをしたときにふと歯車のリズムが流れます。五感を通して感じた機械への思い入れ。自由にものを作れる試行錯誤の経験。きっとその時にもらえた、ものを作ることへの気持ち、機械への熱情は今後とも失われることはないでしょう。今でも自分は工場長のままなのかもしれません。


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