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大仏開眼への道2~確率0.1%の緊急事態

白内障の右目手術を受けた翌朝。
うっすらと目を開けると、視界がぼんやり朱色に染まっていました。
眼球内で内出血をしているのでしょう。まぶたが腫れて、眼球も重い痛みがあります。
カーテンを開けると太陽の光と熱量がズキンと目の奥に刺さるように痛みます。眼球が脈打つように光の熱量を感じるなんて初めてのことです。

この日はN医師から手術で起きたことの詳しい説明を聞きました。
白内障で白く濁った水晶体を破砕して取り除く時に、水晶体が入っている袋状の膜に穴が開いてしまった。
そして穴から水晶体の破片が眼底に流れ込んでしまった。
何度も洗浄を繰り返して欠片を回収した。
ごく小さいゴミが眼球内に残ってしまったかもしれない。

何度も液体が流れ込んで渦巻いて見えたのは、洗浄して水晶体の欠片を取り除いていたのです。
「先生、破れた膜のところは勝手に治ったりするの?」
「いや、しません。もしかしたら飛蚊症みたいになったらもう一度手術するかもしれない」
「破けたところは小さいの?」
「それがだんだん広がっちゃって…」

基礎疾患の高リスク

なぜ、水晶体の入っている膜は破損したのでしょうか。

実は糖尿病などの基礎疾患がある場合は袋状の膜が弱くなっていて、破れたり、切れたりすることがあるそうです。
私も1型糖尿病の基礎疾患があるので、特別に強い力を加えたり手術器具の操作ミスなどで破れたのではなく、膜が弱くなっていたために起きたのだと考えられるそうです。

糖尿病患者には常に高いリスクがつきまとうので、執刀医は糖尿内科の医師と緊密に連携しながら慎重に対応を決定しています。
それでも手術中に恐れていた事態が起きました。本当に糖尿病の合併症は様々なところで多重衝突事故のように起きるのです。
改めて手術の承諾書を確認すると、今回の膜が破れるケースは1%の確率で起こる可能性があると書いてありました。
事前の説明では「確率は限りなく0.1%」と聞いていました。この0.1%の確率で緊急事態が起きることが、糖尿病の合併症なのです。
それは1型の先天性でも2型の生活習慣病であっても結果は同じことです。
私の眼底には糖尿病患者が抱える黄斑浮腫、網膜症、そして白内障などがうじゃうじゃと潜んでいるわけですから、この先も油断は出来ません。

膜の破損した個所は視力に影響はないというので、そのまま経過観察をすることになりました。
N医師は「滅多に起きないし私も1年半ぶりです、こんなこと。次は大丈夫です」と言いました。
そう、次は大丈夫と言い聞かせるしかありません。アクシデントはもうたくさん。視力を取り戻すためには恐れずに前に進むしかないのです。
私は帰宅してから暗い部屋でじっと目を閉じるしかありませんでした。

悪夢ふたたび

3月30日
右目の手術から一週間、左目の手術。
今回は大丈夫だと何度も言い聞かせ、何度も何度も深呼吸をして私は再び手術台に横たわりました。
手術室の雰囲気が心なしか和やかに感じられます。手術担当の看護師たちが一週間前のトラブルを忘れるはずもなく、努めて雰囲気を和らげようとしてくれたのでしょう。
点眼薬の麻酔が効いてぼんやりしかみえません。さらに強烈なスポットライトで目がくらみ光と薄い影だけしか見えなくなります。
そして開始直後、再び異変は起きたのです。
「あれ? 吸わない、吸い込まないよ」
N医師の手がピタリと止まりました。
「動かないよ どうして さっきのどうしてさぁ あれ?」
またもや緊急事態が起きたのでしょうか。
私の目は一体どうなってしまうの?

手術室全体が明るくなったように感じられ、手術は完全に中断されました。
スタッフが室内灯をつけたのでしょう。
N医師「チップ変えて チップある?」
看護師がチップ、おそらく機械の部品を交換した模様。

~室内灯が消えて手術再開~
「違うな、あれ?吸わないよ。ダメだ」
手術台でダメだ、と言われた時の絶望。
私はどうすることもできません。

~再び中断~
「詰まった?ハンドル#$%&*+~回して、前のやつ詰まったか」
機械のパイプかどこかに何が詰まったというのでしょう。
私の前に手術を受けた人の「水晶体のカス」でも詰まってるのでしょうか。
ああ、そんなもの想像したくもない。
看護師が、前も修理出してさ…と話す声。
この機械ハズレを引いたのかも
などと、看護師たちの会話はすべて聞こえてきます。
10分近く中断したでしょうか。

~何の説明もなく手術再開~
ざわざわしていた手術室の全員が、今度は一斉に無言になりました。
何のトラブルが起きてどう解消されたのかはわかりませんが、水晶体の吸い出しもレンズ装着も作業は進んでいる様子。

そして N医師が沈黙を破りました。
「はい。今回は問題なく終わりました」

おいっ!あっただろ、重大な問題あったろ?トラブル起きただろっ!
心の声をぐっと抑えました。
N医師が何かミスをしたわけではありませんし、手術の結果も問題はない。
機械が何度か停止しただけで、私は怖い思いをしたけれど。
右目に続いて左目の白内障手術もトラブルが起きましたがなんとか乗り越えました。

翌朝、手術後の経過そのものは問題がなく、昭和の古いブラウン管テレビが液晶テレビに変わったくらいの効果を感じられました。
そして…先週ちょっと失敗しちゃった右目は、破片を摘出する時に眼底のド真ん中が出血したため、まだ少し焦点がぼやけて見えています。
腫れが治まるまでストレスをかけず養生しなければなりません。
大仏開眼への道はまだまだ遠いけれど、心の目が曇らぬよう、風景を楽しみながらのんびり歩くことにします。
~つづく~

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