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自作詩・自作掌編『終冬』

   自作詩『終冬しゅうとう

 桜鮮やかな春空
 執念深い雪の舞
 留まったのか飛び立ち損ねたのか
 池に空を眺める白鳥が一羽
 遠い仲間を思うのか
 ここにいる自分への後悔か
 白鳥は舞い降りる雪を眺めている

 春風が吹き雪を散らす
 白鳥は首を縦に振り鳴き出す
 大きく翼を広げ水面を走り
 春風に向かって飛び立つ
 ただ一羽鳴く声は
 ここにいる そこへ行く
 白鳥の声に聞こえたその声は
 私の声だった

 雪がやんだ青空
 鮮やかに桜咲く
 白鳥はすでに見えず
 ただ その声一つ


   自作掌編『終冬しゅうとう

 ここ数年は一度もないが、以前は四月でも雪が降る日があり、入学式は冬靴を履いた人も少なくなかった。今年は二月が暖かく、六月並みに気温が上がった日もあったが、三月に入ると急に気温が下がり、雪が積もっては一日二日で溶ける。数日、晴れや曇りで、また雪という日々を繰り返した。暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったもので、春分の日を境に春めいて、草花が一気に芽吹いた。
 四月。弘前公園の桜の開花予想が三日早まった。十年ほど前まではゴールデンウィークにちょうど満開を迎えていたため、四月下旬から五月のゴールデンウィークが終わるまで開催されていた桜まつりは、青森県内外の花見客の、のべ来場数は二百二十万人から四十万人ほどだった。桜の開花は年々早まり、弘前市はまつり期間を前倒しで延長して開催するようになった。結果、まつり期間は延びたものの、来場者数はぎりぎり二百万人を超えるほどになっている。
 私は桜まつりが好きではない。人が多すぎて、桜を見ているのか人を見ているのかわからなくなる。気に入った景色をゆっくり愛でることもできない。人混みの中にいるとそれだけで疲れるのもある。それでも公園の満開の桜は見ておきたいので、人々がシートを広げて飲み食いしている場所は避けて、園内を見ることにしている。
 一週間前から決めていた仕事が休日のその日は、朝からみぞれが降っていた。私は一度しまった冬靴を取り出し、傘を持ってバスで向かった。おそらく満開の桜は、この霙で落ちてしまうだろう。
 園内はさすがに人が少なく、私は背中にリュック、片手に傘、もう片方で霙が乗った桜の花をスマホで写したりして、西堀へ向かった。
 風で波立つ堀に霙が落ちている。地面は落ちた花びらで桜色に染まっている。空は雲が薄れ、明るくなってきていた。堀の中間辺りまで歩くと、そこに真白なワンピースを着て、白に赤丸の蛇の目傘を差している女がすっと立って堀を見つめていた。胸まである黒髪と傘で顔は見えない。傘には散った桜の花びらが点々と張り付いている。かなり人目を引く容姿だが、私の前を歩く人も、すれ違う人も、誰も彼女を見ない。
 さすがに話しかけるのにためらい、気にしながらも、彼女の前まで歩いた時、こちらを振り向いた。長い睫毛まつげにはっきりとした力のある目で私を見た。思わず立ち止まり、反射的にこんにちはと言うと、彼女は軽く会釈をしながらこんにちはと返してきた。周囲が気になったので見渡すと、後ろから来る人はおらず、前を歩いていた人とすれ違った人はどんどん遠ざかっていき、私たち二人になった。
「突然話しかけてすみません。あなたに伝えてほしいと言われたので、待っていました。ここを去るまでもう少し時間があるのでちょうどよかったです」
「誰からの伝言ですか。あなたとは初対面だと思いますが」
「私は少し離れた川に毎年来ては、冬の終りにまた北へ戻っております。今年もすでに仲間たちは戻っていきました」
 女は私の質問に答えずに話し始めた。
「今年はどうしてもここの景色をもう少し見たくて、仲間たちに後から必ず戻ると言って、こうして岩木山と桜が綺麗なここにいました。桜の花を見たのは初めてですが、美しくて儚い花ですね」
 女はそう言って蛇の目を傾け、桜を見た。その姿がとても美しかった。
「私も残りたいと言ったものがいたので、あなたの意思で決めなさいと私は言いました。いつもこうしているからとか、仲間たちがどうとかではなく、また、私にあなたの生き方を決めさせるのではなく、あなたがあなたの意志と気持ちと考えで決めなさいと。けっきょく仲間と共に帰って行き、私だけここでこうしていました」
 そこまで言うと女は空を見た。霙がやみ、空が明るくなり、あっという間に晴れ間が見えて、雲の切れ間から陽の光が柱のように数本、地上を、岩木山を、そしてその一本の光の柱は女と私に降り注いだ。
「あなたは何も思い煩うことはない。あなたの道を、あなた自身を信じて進みなさい。あなたは護られている。私たちが守っている。だから、あなたの道を、進みなさい。そう伝えるように言われました。では、私は仲間のいるところへ戻ります」
 女はそう言うと蛇の目を閉じた。同時に女も蛇の目も消え、一羽の白鳥がそこにいた。白鳥はがあと一声鳴くと堀へ降り、大きな翼を広げ、大きな音を立てながら水面を走り、飛び立った。時おり鳴きながら飛び去り、姿が見えなくなり、最後に一声、鳴き声が聞こえた。今年の冬も、あの白鳥に逢えるのだろうか。
 振り返ると桜の向こうに虹。
 私は再び堀沿いの道を歩いた。
 やっと冬が終わった。

   終


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