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リピート・ソウル(2)

夫婦で旅行する時、ほぼ毎度、私が道案内をするハメになる。
夫は地図が読めない男だ。

一緒に4回も行ったソウルでも、それは同じ。
最初に2人で行った時、私は「コーヒープリンス1号店」というドラマにハマっていて、そのロケ地となった市内のカフェに行くことに決めた。
その日は最終日で、15時にはホテルに空港送迎の車が来ることになっていた。午前中のうちにロケ地に行き、軽くランチでもして戻れば余裕だろう、と思った。

地下鉄でどの線に乗り、どの駅で乗り換え、どの駅で降り、どの出口から出ればいいのか、事前に調べる。それは、すべて私の仕事。でも、全然苦ではない。むしろ、海外でその作業をやることこそ、旅の楽しみとも言っていい。
件のカフェは、最寄の駅から少し離れていた。今は、ロケ地マップなどもっと充実していると思うが、その時はガイドブック内の雑な地図しかなかった。しかも、携帯もガラケーで、地図アプリなどは使えない。それでも、絶対にたどりつきたい、主演女優ユン・ウネになった気分で写真を撮りたい、そんな強い想いを持って、地図を片手に歩き始めた。

しかし、いかんせん地図が雑なので、自分の現在位置と地図が一致せず、行きたい方向を確認する作業が難しかった。「うーん・・・」と唸りながら、地図を何度も確かめる。分からなくて、だんだんイライラしてきた。

そんな時、傍らの夫は黙って付いてきていたが、荷台にイチゴを積んでいるトラックを見つけて、「ねぇ、ほら、トラックでイチゴ売ってるよ。すごいねー。」と話しかけてきた。イラっとした。
くそっ、こっちは必死で地図見てるのに、のん気にイチゴかよ!
夫はフルーツに目がない男でもある。

もう役立たずの(ヒドイ)夫は無視することにして、地図と格闘し、なんとか目的のカフェにたどりついた。コーヒーとケーキを注文し、店内の写真を撮り、機嫌を直した私。やっぱり、ロケ地に来られると嬉しいなーと思った。ドラマのロケ地に来る楽しさは、この時に初めて知った感覚だった。

その後、ホテルへと戻る地下鉄の中で、ふと私の中にイジワルな気持ちが芽生えた。のん気にただ私に付いてくるだけの夫に、ちょっとした悪戯をしかけてみようと思ったのだ。

ホテルの最寄駅で電車から降りた後、何も言わず、ホームを走り出した。
そう。夫を巻いてやろう、と思ったのだ。
いつも私が地図を見て歩く、それに付いてくるのはいいが、もし万が一私とはぐれた時、この男はどうするつもりなのだ。自分が宿泊しているホテルくらい自力でたどり着けないようでは、海外旅行に来る資格なんてない。よし、試してやれ、と。

しばらく全速力で走り、エスカレーターに乗ったところで、やっと後ろを振り返った。
すると、そこには必死な形相で私の後ろを走ってきた夫がいた。ちゃんと、巻かれないように付いてきていたのだった。

彼いわく、私が急に走り出して驚いたが、ここで私を見失ったら帰れない、と思い、必死で追いかけたそうだ。ただのん気そうに見えていたけれど、私をいつも視界に入れているように、彼なりに神経を尖らせていたと、初めて知った。そして、笑った。なんだ、忠実な犬みたいでかわいいじゃん、と。

この「ソウルの地下鉄で置き去り未遂事件」により、私は今後も旅の案内役は自分がやろうと決意し、夫も地下鉄の乗り方や路線図の見方くらいは覚えようと考え直したのだった。

つづく。

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