見出し画像

富士山(2)

富士登山で怖いのは、高山病だ。
どんなに登山の経験が豊富でも、高山病に罹ったら最後、山を下りなくては回復しない。私もそれが心配ではあったが、実は少しだけ自信もあった。
なにしろ、私たちは長野県の標高600メートルくらいの土地に住んでいる。ある意味、毎日高地トレーニングを積んでいるようなもの。若さも体力もない私が、唯一自信を持てる要素だったのだ。

富士山五合目で車を駐車し、高地に体を慣らすため、1時間ほど滞在した。
この日のために準備した登山靴に履きかえ、不足している物がないか最終確認する。他の皆も、眼鏡をコンタクトに変えたり、トイレに行ったり、各々準備を進めた。
Mくんは、ここに来るまでの路上で、後続車にいる我々に見せるために、車の窓から足を出して、ふざけていた。それを見て「あいつ緊張感なさすぎ!」と爆笑していたが、五合目に着き、いざ富士山を仰ぎ見ると、少し緊張してきた私。ホントに大丈夫かな、でもがんばろ、と心の中でそっと決意した。そんな時に、彼は登山用タイツをはいただけの下半身で、撮影したカメラの画像を見て、「なんだよこれー、思ってた以上にカッコ悪いんだけど。ダセー。」と笑っていた。・・・大物である。てか、ちょっとは緊張しろ。

午後7時頃、空が少しずつ暗くなってきたところで、我々はいよいよ出発した。私は無理しすぎないように、ゆっくり歩いた。Sちゃんも隣にいて、「そうそう、ゆっくりでいいですからね。」と声をかけてくれた。
最初は緩やかで幅の広い登山道だから、MくんとKくんとたむけんは、楽しそうに話しながら歩いていた。もちろん近くにいるから、その内容も聞こえているのだが、私は無視しようと早々に決めた。くだらないのだ。何度も「お前ら中学生男子か!」とツッコミを入れたくなるほど、無意味でアホな会話を延々続ける。冷静なSちゃんは、「あいつらは無視でいいですからね。」と言ってきた。私も心中で、「あいつら元気なの今だけだぜ。しゃべりすぎて後で高山病になっても知らんし」と念じていた。
そんな気配を感じてか、MくんはSちゃんに「なぁなぁ、S、ここで立ちションしてもいい?」とからみ、「Mさん、絶対ダメです。山を冒涜しないでください。」と半ばキレ気味に注意されていた。普段ならあり得ない。登山経験者としての強い自信が、Mくんという大好きな先輩への態度を大きく変えさせていた。
そう、ここで早くも、「仲間で協力しあってレッツ富士登山!」という美しい友情もの路線は雲散霧消し、
「登山愛好家+慎重になった女」vs「登山素人だけど楽しくやろうぜ組」
という対立構造が露わになったのだった。

休憩中も、Sちゃんはタバコを吸うMくんに「やめた方がいい」と注意して、「うるせぇな、お前の山みたいに言うんじゃねーよ。」と返り討ちにあっていた。しかも、すぐに自分も吸いたくなって「やっぱ一本だけください。」とすがっていた。対立していても、しょせんSちゃんはMくんに敵わない。その感じは、見ていて私も笑えた。

山小屋が密集する八合目あたりまで来て、登山道は幅も狭く急峻になり始めた。しかも、富士登山の絶好のタイミングである梅雨明け一週間後という週末で、混雑がひどかった。一歩進むにも、前の人が進むのを待って、という状況が始まった。最悪の渋滞である。しかも、風も強くなり、急に寒くなってきた。元気だった「お気楽組」の3人も、さすがに口数が減り、ひたすら歩くだけの状況が続いた。
富士山には八合目の次に本八合目という地点があり、その次が九合目、そして頂上になっている。しかし、素人で予備知識のあまりなかったメンバーは、本八合目の存在を知らなかった。八合目からの過酷な道程で、九合目がくると信じて疑わなかった地点で「本八合目」という表示を見て、絶望した。当然、私も。
その時、Mくんは愛好家チームのザキに訊ねたという。「え、ザキくん、これどういうこと?九合目じゃないの?」すると、普段は大人しくMくんに反抗などしようはずもないザキが、「知りませんよ!」とキレたらしい。まぁ、彼も疲労のピークで、遅々として前に進まない状況にイライラしていたのかもしれない。
そのため、対立構造は「愛好家2人vs素人4人」にマイナーチェンジ。私が「お気楽組」に参入したのだ。いや、もうこの時は誰もお気楽でなんかなかった。だって、もうその時すでに朝の3時くらいで、頂上でご来光を拝むためには、一刻の猶予もなかったのだから。ご来光の4時半までには頂上になんとしても着かなければならない。でも、先を見ると、渋滞は依然として続いており、山道も大きな岩がごろごろと露出した、さらに険しいものになっている。

我々は無事山頂までたどり着けるのか、果たしてご来光に間に合うのか!?
チーム内の対立は、今後どうなる!?

つづく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?