悪戯

Mくんが外出する。事務所のホワイトボードに、行先と帰社時間が記入されている。
その時間を確認すると、考えを巡らせ始める。
さぁ、何をやろう。

去年くらいから、ずっと飽きない遊びがある。仕事中、Mくんが外出している間に、彼の机周辺に何かしらの仕掛けを施す。帰社した彼がいつそれに気づくのか、ワクワクして待つ。その仕掛けに気づいて笑ってくれたら、大成功。
ただそれだけの些細な遊びだが、楽しい。

今までにやってきた仕掛けは、イロイロ。
勝手にMくんの机から彼の名刺を抜き取り、写真をコラージュして貼る。または、彼の机の上にある卓上カレンダーに、写真を貼り付けて、オリジナルカレンダーに変えてしまう。机のマットに、小さく切った写真を挟んだこともあった。

使う写真は、たいがいMくん本人のものだ。ラインで送ってもらった自撮り写真が多い。
出張中の駅のホームで撮った、タバコを咥え、こちらを睨んでいる姿の写真は、ガラが悪く見えたので、名刺に貼り付けて、肩書きを「各種風俗スカウト」に変えた。

顧客の工場に行き、クリーンルーム専用の作業着を着た時の写真は、インチキ医者っぽく見えたので、また名刺に貼り付けて、肩書きは「産婦人科医(触診のみ)」と変えた。

Mくんの写真は、すごい。
インスピレーションが湧きっぱなしである。
中でも、これぞ奇跡の1枚、まさにベストショットだというものがある。

それが、これだー。

どういうことだ!?なんなんだ、この夕陽と線路をバックに、陶酔した表情で(お見せできないのが非常に残念)腕を広げるこのポーズは!
全盛期のGLAYか!!

これをMくんにいきなり見せられ、爆笑した。仕事中なのに、涙が出るくらい笑った。笑いのテロである。笑わない人間がいるのか、急にこんなの見せられて。

笑いの発作が治まってから、事情を詳しく聞くと、彼が大学時代カナダに短期留学をした時の写真だという。写真を撮るのが趣味だという男の子に出会い、頼まれてモデルになったそうだ。確かに、色味や構図が上手な気がする。

Mくんは、そのカメラマンに細かくポーズや目線を指示されてた、と言い訳していた。
にしても、だ。にしても、ノセられて、そこそこイイ気持ちになっちゃってるのがよく分かる表情である。
恥ずかしい。若気の至り、ここに極まれり!

さて、こんな奇跡の写真を見せられて、私の悪戯心、いや、クリエイター魂に火が点いた。

この若気の至り写真は、何かに似てる。
アレだ。そうだ、人気の若手俳優やジュノンスーパーボーイコンテスト特別賞のヤツが出す、「ライフスタイル・フォトブック」だ。
スカした写真に、ありきたりのポエムが一編添えられた、中身の薄いあの本。

よし、それ風のものを作ってみよう。

この浅すぎるポエムで、恥ずかしさも倍増だ!!

しかも、他にも同テイストの写真が3枚も(!)あった。それらにもすべて恥ずかしすぎるポエムを添えた。

さっそく印刷し、本のように綴じた。表紙には、Lifestyle photo book の文字。素晴らしいモノができた。そしてMくん不在の隙に、机に忍ばせた。してやったり!!

この時は、悪戯という範疇を超えた、会心の出来栄えに、もはや「見てくれ」という気持ちが強くなってしまった。そして、彼が帰社するやいなや、「すごいのできたから、見て」と伝えた。それを見たMくんの「これは、アッパレですね!」という言葉が、何よりのご褒美となった。

仕事中に何をしてるんだ、とお叱りを受ける行為かもしれない。いや、確実にそうだ。
でも、私はもちろん仕事は真面目に遂行している。自分にも他人にも厳しい方で、仕事中は何かとピリピリしている。そうせざるを得ない仕事内容でもあるのだ。

しかし、Mくんへの悪戯を考えている時、写真をハサミで切り取っている時、仕掛けた後に彼が気づくのか、気づかないのかヒヤヒヤしている時、私は心から楽しんでいる。
その間、後輩がダラダラと職務に関係ないネットを盗み見ていることや、尊敬できない先輩がミスの言い訳ばかりすることや、派遣社員が2日も休んだくせに呑気に子供の自慢話をしていることには、目をつぶれるのだ。
その時間だけ、イライラが消失する。

もし、この悪戯行為を禁じられたら、私の仕事への意欲と集中力は少し減じてしまうだろう。
些細な必要悪と、許してほしい。

そして、何より、悪戯のターゲットにされ続けても、文句も言わず、仕掛けを必死で探してくれるMくんよ、こんな私を許してください。
(あと、写真の無断掲載もついでに許して)


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