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トーキングヘッズ(脳のお喋り)が止まる時

少年Eはベッドに横になっていた。
ここ数日、ろくに食事もとっていなかった。
日増しに頻度を増していた、吐き気と制御不能な体への不快感は、
なぜか今夜は少しおさまっていた。

手を横に伸ばし、ラジオのスイッチを入れる。
どこかで聞いたことのある、アフロビートがFMから流れてきた。
あぁこれは、初めて失恋した頃、流行ってたトーキングヘッズの曲だな…。

懐かしいその曲に身を寄せながら、
少年Eの中に、いたずらに過ぎて行った、ここ数年の思い出が蘇ってきた。

親しい仲間の友情と裏切り、
クラスメイトへの、ほのかな思いと失恋…

少年Eは表向き、人間社会の青春の光と影を彩る、モチーフを演じつつ、
自分はこの人生という名の映画キャラであり、ディレクターでもあったが、
もはや、荒波に飲み込まれ、沈没寸前の船のように、
大海原を漂っていたるだけで徐々に心身のバランスを失いつつあった。

なんとか大学へ合格したものの、その年の夏、ついに心身が崩壊、
大学の保健室の職員に、
「実家に帰って、しばらく休養するように」と言われ、強制送還。

色んな病院で検査を受け、
結局、自律神経失調症と言う事になった(当時はそういう言葉しかなかった…)
その後、家から一歩も外に出られず、
毎日限界ギリギリ綱渡り状態の日々を繰り返していた。

ラジオから流れる懐かしい曲は次第に中盤に差し掛かかっていた。
デビットバーンはシャウトしていた。

『俺は自分に問いかける、俺の人生なんでこうなった?
こんなはずじゃなかったのに、何で俺の人生こうなっってしまったんだ?』 
                  (ワンス、イン、ア、ライフタイム)

曲はサビを何度もリフレインしていた。

今日の俺は珍しく、トーキングヘッズ(頭のお喋り)が無いなぁ…
と自分にツッコミを入れながら少年Eはラジオを切る。

またあの静寂がもどってきた
窓辺に見える月
自分に降り注ぐ青白い光

少年Eは、次第に何か布団や周りの壁たちが、
自分に働きかけてくるような違和感を感じた。

突然、ベッドが軋み体が少しづつ揺れ始めた。
えっ!地震?
…いや違う、揺れてるのは自分だ。
Eは少し不安になった。

そしてその次の瞬間だった。

「実家を出て東京に戻れ!」

あの声だ。

Eは久しぶりにその声をきいた。

しばらく呆然としていると、もう一度響いてきた。
「東京へ来い!」
Eはへたり込んでしまった。

翌日
家族が引き留めるのを振り切り、
何度も新幹線の中で嘔吐を繰り返し、
よろよろ這うように歩きながら
やっとの思いで下宿に戻った。

そこから、数十年、
「ハイOK…もういいよ、ご苦労様」と言われるまで、
少年Eの、お一人さま地獄巡りの大冒険は始まった。

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