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私のルーロー飯には、お肉がちょっとしか入っていなかった

父が倒れて2週間になる。その間、私はずっと実家にいる。18歳で実家を出てからこんなに長期間実家に帰ってきたことはなかったと思う。年に何回かは帰省していたけれど、1回の滞在はせいぜい4、5日といったところだったから。久しぶりに帰ってくると、近所の様子が昔と比べて大きく変わっていることに気づく。とはいえ、いつ病院に行くことになるかわからないので、ひたすらステイホームで自宅待機を続けている。家で粛々と片付けをしたり、9月末に始まる仕事の準備をしたり。そんなふうに日々を過ごしているのだけれど、急いで持ってきた洋服や下着だけでは、雨続きの天気で洗濯が追いつかないので、近くのショッピングセンターに行ってユニクロでTシャツや下着を買い足した。

父は意識がないまま眠っている。息はしている。様々な管につながれて、ふう、ふう、と息をしながら眠っている。自分の心臓も微弱に動いているらしいが、今は機械の助けを借りなければ生きていることができない。父が入院している病院で、半年前に似たような状況に陥った人がいたらしいが、その人は助かって復活したらしい。しかし、今の父の病状は依然、厳しい状況が続いている。

父は、心筋梗塞で倒れるまでは、母と二人で元気に暮らしていた。医者に全く行っていなかったので、なんの病気の診断も受けていなかった。70歳になるまでは健康診断に行っていたらしいが、70歳を過ぎてからは歯医者以外の病院には一切行かなくなっていたらしい。年齢を重ねた体で健康診断をすると、血圧が高いとか中性脂肪が高いとか診断されて薬を飲まなければならなくなる可能性がある。父は、それが嫌で一切の診断を受けることを拒んだようだ。なんの診断も受けなければ病気であることにはならない。それはつまり、父が好きなものを好きなだけ食べて飲んで生きるということを選んだということでもある。

父は、このお盆は暑さにもかかわらず、ずいぶん食欲があったらしい。お盆に帰省していた弟家族とお寿司やしゃぶしゃぶを食べに行ったり、大好きな宅配ピザを頼んだりして大いに食べたという。しばらくやめていたお酒もずいぶん飲んだらしい。

母と買い物に出かけ、お腹が空いたので、ショッピングセンターのフードコートで昼ごはんを食べることにした。母は父が倒れるほんの数日前にもこのフードコートに父とご飯を食べに来たらしく、父が頼んだ天丼にはエビ天が2本も載っていて、ほかにもたくさんの種類の具が載せられていたらしい。父はうまい、うまいと喜んで完食したと話していた。

私は、そんな母のイチオシの天丼ではなく、台湾料理のルーロー飯と小籠包のセットを頼んだ。メニューに表示されていたルーロー飯の写真が、お肉がたっぷり載せられてなんとも美味しそうな丼だったからだ。それに私はルーロー飯というのをどうしても食べてみたかった。台湾出身の温又柔さんの『魯肉飯のさえずり』という本を読んで以来、ルーロー飯は私にとって、すごく素敵な食べ物のイメージになっていた。だから、このメニューを見つけたからには注文せずにはいられなかった。

注文をしてから、出来上がるまでしばらく時間がかかった。出来立てが食べられるのかなと思うととてもワクワクした。ピーピーピーと出来上がりを知らせてくれるアラームの機械を持ってルーロー飯を取りに行った。

「あれ? なんか、タレの艶が思っていたのと違うかな?」 

なんとなく、感じる違和感。まあ、写真は美味しそうに見えるようにいろいろ工夫して撮るから、実物はそんなものかなと思う。独特のスパイスのいい香りで食欲がそそられる。私は真っ先にお肉のところから食べた。

あれ? 

エリンギとしいたけっぽいきのこの味がした。
私は、まじまじとルーロー飯を見た。

写真にはお肉がたっぷり載っていたのに、私がゲットしたルーロー飯には茶色い物体が写真のお肉と同じぐらいの量は載せられていたけれど、それは明らかに写真のようなタレの艶が光ったプルプルそうなお肉ではなかった。よく見てもやっぱりエリンギみたいだった。しいたけも入っているみたいだった。具の部分をよくよくほじくってみると、数ミリ角の小さくて薄い豚肉が数個は入っていた。別に不味いわけではなかったけれど、でも、なんだかすごくがっかりした。

そもそも、昔から知っている食べ物しか食べようとしない父が、このフードコートで私が食べたルーロー飯を注文することは絶対になかっただろうとは思うけれど、父が倒れる前にここで天丼を頼んでいて本当によかったと思った。もし、お肉がちょっとしか入っていないルーロー飯を食べた後に倒れていたら、だいぶ悔しかったのではなかろうか。

人生の中で、私は後何回食事ができるのだろう。食事は1日に3回しかできない。改めて1回の食事がいかに重要であるかということに思い当たり、これからできる限りいろいろな美味しい食べ物を食べたいと思った。

父の天丼の話をしていた母は天丼ではなく、エビのワンタンが入った塩味のラーメンと小籠包のセットを頼んでいた。それはけっこう美味しかったみたいだった。ルーロー飯にがっかりした私をかわいそうに思ったのか、母はエビのワンタンを1個わけてくれた。

元気で動けるうちに、ルーロー飯を食べに台湾に行きたい。


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