桜が咲いたら靖国神社に行くと約束していたのに、すっかり夏になっていた。まずは遊就館に居る祖母の兄のところに挨拶に行った。無精ひげを生やし、随分やつれていた。
「すっかりご無沙汰してすいません。」
素直に、そう謝ると、おじさんは目に涙を浮かべ
「準備が大変だったね。よく頑張った。」
と頭を撫でてくれた。事情が飲み込めないてない私はキョトンとした顔をしていた。
「姫神様たちからは説明することは禁じられている。私は君の先祖ということで伝えることが出来る。いつも姫神様に言われているから、分かっていると思うが、善悪や正邪で判断しないように。心を鎮めて聞いて欲しい。」
もともと真面目な顔だけど、ピリピリとした緊張感が伝わってくる。
「ここには沢山の英霊とよばれる方が居る。皆さん、家族や大事な人を守るために戦争に行ったんだ。本当だったら、もう天国に行けばいいものを、ここに残っている。」
ゆっくりと言葉を選びながら、説明してくれる。
「その人たちが、ある日、さあ、外に出てくださいと言われて出てみたら、自分が戦ってきた外国人が街にあふれている。どう思う?」
「・・びっくりすると思います。」
と返事すると
「びっくりなんてもんじゃない。そこらに居る人に憑りついて外国人を攻撃して日本や家族を守ろうとすると思わないかい?」
「そ、そんな・・・今は、もう時代が違いますが。」
と反論すると、
「でも、それを分からせるにはどうしたらいいと思う?」
と言い返された。私は少し考えて
「信頼する人に説得されたら考えが変わるかもしれません。」
というと、おじさんは両手をパンと叩き
「大正解!そういうことなんだ。」
おじさんは深呼吸をして
「想像してみて欲しい。英霊の気持ちを利用して、憑依させて、憑依された人が人を殺したらどうなる?」
「それは大混乱になります。」
「そう、しかも英霊は沢山、おられる。この方々の半分でも、外に出て、憑依して、人を殺したらどうなる?大混乱だ。しかも、その虐殺の理由を誰も理解できないから、恐怖に叩きのめされる。」
と悲しげに話す。私はあまりにびっくりして
「誰か英霊を利用して混乱を作りたい悪い人がいるということですか?」
とつい、口にしてしまう。
「だから・・・そういう善悪で考えないで。」
「でも・・・。」
私は言葉を飲み込んで黙っていた。深呼吸をして気持ちを整理した。
「では、ここにいらっしゃる英霊たちを悪用されないためにどうしたらいいですか?」
と尋ねた。
「まず、パピルスの袋を覗いてごらん?」
というので、見てみると、中は地中海で、そこに沢山の豪華客船が浮いている。お守りや木札が入っているはずなのに、これは何だろうと目を凝らす。
「英霊を説得できる方々を集めてくれただろう?彼らにはクルーズ船に乗って、待ってもらっているんだ。」
もう、言葉も出ない。
「じゃ、どうすればいいんですか?」
と改めて聞くと
「本殿で祈祷を受けて来なさい。」
とのこと。何重にも、とばりがかけられており、霊は近づけないとのこと。3次元の私の身体が物理的にとばりをすり抜ければ、とばりの中に入って行ける。そこで、開ける、をすればいい。パピルスの袋を依り代にして沢山の縁者も集まってくれている。
「恐怖に心を持っていかれるなよ。無にするんだ。淡々と粛々と行え。」
と言って、私の背中をさすってくれた。
「じゃあ、帰りに、あんみつ食べて帰ろうと思っているんで、そればかり考えていきますね。」
というとおじさんは笑顔になり、
「それでいい。」
とまた、頭を撫でてくれた。

平日だったからか、祈祷は、すぐに順番が来た。本来なら、入り口で荷物を置いていかねばならないのに、なぜか持って入れた。お陰でパピルスの袋を持ち込むことが出来た。素晴らしい声で祈祷が始まる。パピルスの袋から、沢山の人が、出てくる。迷わずに、ずんずん進んで、消えて見えなくなる。祈祷の間、手際よく、皆、袋から出ていった。祈祷が終わり、空っぽになった袋を軽いと思った。

金曜日はオリンピックの開会式だった。私はクーラーの効いた部屋でテレビで、それを見ていた。正座をして、息を殺して見ていた。怖くて身体がガクガクと震えた。何事も起こらず、無事に平和に穏やかに終わった。ほっとして涙がとめどなく出た。

気になって、パピルスの袋からお守りを取り出し、並べてみた。木札は折れて、お守りの中の木や紙は粉々になっていた。

翌日、朝早くに、また靖国神社に行った。一の鳥居を入ってすぐの公園の前に、おじさんは立っていた。私は走って近づいた。おじさんは嬉しそうに、また、私の頭を撫でてくれた。
「俺は、もう帰るから。」
と言う。
「あの世に帰るんですか?」
と聞くと
「そうだ。」
という。
「おばあちゃんにも宜しく伝えて下さい。」
と言うと、
「分かった。」
と言った。しばらく沈黙して私を見つめたあと
「あと、知りたがってたことを教えるよ。」
とボソッと言った。
「無理しなくていいですよ。」
と私は言ったけど
「良いんだ。知りたいだろう・・・私は海軍に居たけど、スパイとして陸軍に居た。そしてそれがばれて殺された。そういうことなんだ。」
私はなんと声を掛けていいか分からなかった。
「それは、お辛かったですね。」
と声を絞り出すように言った。
「そう、辛かった・・・ずっと、ここに居るのも辛かった・・・ありがとうね。自由にしてくれて。」
そう、言いながら、私の頭を撫でた。私は涙をこらえきれなった。


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