自分なりのコミュニケーションでつながっていく
もどかしいけれど、ゆっくりとコミュニケーションをとることをあきらめないでいようと思う。
ゆっくりと、コミュニケーションがとれる自分を忘れないでいよう。
自分なりのコミュニケーションで、つながっていける関係は、きっとあるから。
先日、会社の先輩と飲みにいって感じたこと。
何度も一緒に飲みに行ったことはあったけれど、私はあまりコミュニケーションがとれているなって感じられていなかった。
それは、その時の会話がその日が終われば忘れてしまうことばかりだったからかもしれないし、カラオケの時間が長かったからかもしれない。
一緒に飲みにいくだけでは、どこかやるせなさが残る時間になっていることが多かった。
うまく会話ができなかったなって感じる日は、自分のコミュ力のなさ、魅力のなさを理由にしてしまう。
あわない人もいるよな、と思いながら。
この人は相性が悪いだんだといいながら、人との関りをさけつつも、人と関わりたいと思う矛盾。
あきれるくらい、関係性の築き方に悩んでいた。
「自分がいてもいなくても」と考える日々は、会社への足取りを重くするし、時間の流れが止まっていく。
先日は、カラオケもなく、お酒の量も控えめで、会社でのこれからのことを話すことができた。
普段どんなふうに仕事をしているのか、自分が興味を持っている業務についてなど、話ができたらいいなと思っていることを話せた。
会社で顔をあわせていても、普段感じていることを話す機会は意外と少ない。どんな仕事をしているのか、どれくらいの負荷があるのかということは見ただけではわかりにくい。
業務に関わることならふだんから、遠慮なく言えればいいのだけど。
人の目や耳があると、建前で話すことが多くなってしまう。
限られた人数で話すから話せることは、やはりあるなと感じた。
2年かけてつくった、わたしのコミュニケーション。
となりにいる同僚はコミュニケーション構築がはやい。そのコミュ力をうらやましく思うことはしかたないけれど、わたしは、わたしなりのコミュ力でつながれる関係があるのだと、改めた思う日だった。
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仕事とわたし、について考えることが多い。
そんな中、読めてよかったサディ のnote。
北野さんが「組織に所属する全ての人に役割がある」と信じたいという言葉は、わたしにはとても響くメッセージだった。
わたしはいち勤め人だから、会社が目指すカタチを定める力はない。
いい会社であってほしいと思うことは、あきらめないでいたいと思う。
ありがとうございます。ロックンロールと生クリームとマンガと物語に使いながら、自分の中のことばを探っていきまます。