見出し画像

嫌われる勇気を再読して、自分に落とし込む

嫌われる勇気を再読し始めた。

4年前に初めて読んで、自分が変わる勇気を持とうと決めたはずだった。

しかし、読み返してみたら、まったく活かせてないのとを痛感。


自分の課題と他者の課題は常に混線しているし

正しさを求めて権力争いに足を踏み入れっぱなしだし

人生のタスクからも逃げっぱなしだし

他者は敵だったし

他者の期待を満たそうとしているし

他者の課題に介入しようとするし

共同体感覚など忘れていたし

嫌われることを恐れ続けているし

自己肯定に必死だったし

「普通であること」をおそれていた。


この本を読んで、ライフスタイルの転換を望んだはずだったのに、

変わらないことを選んできていたんだな。


一度読んだだけでは理解できないこともあるし、実感できないこともあったんだろうが、
すごいぞアドラー! と、興奮して、アドラーを知ってる自分すげー! もう大丈夫だ! って勘違いしちゃたのかな。

それに、生活していると原因があるほうが楽だったんだよなぁ。




もう一度、いや、何度でも
この本に戻ってこよう。


「いま、ここ」に、スポットライトをあてながら。


4年前にも、アドラーの心理学は確かにわたしに響いた。

4年後、わたしの心に再びアドラーの心理学が響くのは、いまだから始められことがきっとあるからだ。

「人はいまこの瞬間から変われるし、幸福になることができる」


素晴らしい本は、たしかに人生を変える。

しかし、
読んだだけでは、変わらない。

変わるためには、動かねば。
考えて動いて考えて。

ありがとうございます。ロックンロールと生クリームとマンガと物語に使いながら、自分の中のことばを探っていきまます。