ポケットモンスターハンター【プロローグ】

セキチクシティよりはるか南方。
陽気な温風に屍肉と錆びた血の臭いが乗っかってくる。

 ハナダの洞窟、シロガネ山、それからホウエンの空の柱。
遠く離れた地ではジャイアントホールと呼ばれる激戦区が存在する。
 
 隔絶された環境と豊かな資源がある地には人類が及ばない生態系が確立されることが、ままある。

 この『名もなき楽園』も該当する。
未知がその一帯を覆い隠すせいで、長きに渡り人類は足を踏み入れない。
結果的に放置された自然は数百年をかけて独特の進化形態をとり、楽園とも呼べる生態系を築き上げていた。

タカアキが足を踏み入れた時、異質の緊張感が髄液を満たす。

野生ポケモンが一定の距離を保ち、草むら、木陰、沼の下、上空。
鎬を削りあってきた猛者が滞留した結果、多種多彩な殺気が混濁し異様な空気が肌を刺す。
防衛本能で生理現象が活発となり腹を下しそうになる。
 そこで、いつものルーティンをこなす。
一歩、二歩、三、四、五、六。
深呼吸をし、肺胞に空気を取り入れる。
緑が排出した濃厚な酸素が血管を通り、体内に溶けてゆく。
イメージが重要だ。
その地と一体化したかのような。
一歩の度、地に足つけてゆくような。
十数える頃、心は明鏡止水の如く凪いだ。
鍛錬の賜物である。

同時だった。
水を打つように気配が消えた。

ウソッキーだ。
ウソッキーがいる。

見上げるほどに大きく、複雑に枝分かれした腕と、独特の輪紋が体表に浮かぶ。
複数枚の偽装された葉(本来は手)の隙間から直射日光がこぼれ落ち、影に穴を空けている。

生息地によって、タイプが変わるポケモンがいる。
雪原を駆けるロコンや市街地の廃棄を漁るニャースなどは代表例だが、目の前にいるウソッキーも草タイプのような質感を得ている。
考察を飛躍させたのは、この地に根ざしているからだ。
岩タイプのウソッキーは降雨の際、移動できるように、足がある。
この個体は、まるで巨人が手をつくように太い根を駆け巡らせ、肥沃なこの地から養分を吸い上げていた。老齢なシワが入る太い根には苔が蒸している。
それが悠久の時を過ごしてきた証明書替わりとなる。

 『変種』だ。

 薄緑の落ち窪んだ瞳孔はゆっくり閉じ、紋様の一つに紛れた。
緊張していた数十の腕は弛緩し南風に任せ、サワサワと揺れた。
変種は木になり次なる獲物に備えた。

タカアキ(この話の主人公)は賞金稼ぎで、さまざまな地に足を運んだ。
それでも、ここは群を抜いて異質だ。
情報の断片をつむぎたどり着いた、緑が鬱蒼と生い茂る熱帯雨林。
空気の密度は濃く、葉が何重にも重なり合い、夜を作っていた。
普段目にする木々の3倍はあろうかという、大木が立ち並ぶその大地は所狭しと根っこがひしめき合っている。大木を支える役割、それから養分を余すことなく吸収するため、広く網状に伸びており、そこに湿り気のある苔がびっしりと覆っており、転倒を警戒する必要がある。

そして、天候もやはりというか、雨量が凄まじい。
この地にきて、2日。
すでに4度のスコールに見舞われている。
雨が地面と、広葉を叩く音はすでに聞きなれたBGMだった。
雲の動きは早く。
影を落としたかと思えば、大粒の雨を落とし、何事もないように地平線の彼方に消えてゆく。
そのあとに燦々と太陽光線が照り返し、これが、筆舌しがたい不快感を人肌に与える。熱気が地面から立ち込め蜃気楼が揺れる。その湿度にねばついた汗が背中、脇、局部と膜をはる。
タカアキは一度、木陰に身を潜めて、替えの服に手を伸ばした。
「ブオ。ブオォ!」
唸り。
サイホーンとドンファンが睨み合っている。
特筆点。
ドンファンが変種である。
「先祖帰り」
にカテゴライズされる。
通常の倍はある体躯。
乳白色の湾曲した大牙。
原種にない剛毛。

一方でサイホーンは多少気性が荒いだけの原種。
勝負は見えていた。勇猛果敢に突撃したサイホーンをドンファンはがっぷり四つで受け止めると、長い牙を潜り込ませリフトアップした。
即座に後ろ脚で立ち上がったドンファンはバックドロップ気味に沼に叩きつける。
ドチャア!!ビチャビチャビチャ…。
その巨体が水面に叩きつけられたとき、泥が雨のように降り注いだ。
「グオオン!」
リザードンと酷似した叫び声を上がる。
考えるまでもなく、白旗の宣言だ。
ドンファンは毛に覆われた長鼻を持ち上げた。
それは、勝利を勝ち誇る所作に見えたが、違う。
鼻先をひくつかせて、四方を嗅ぎ回っていたからだ。
まずい。
感取られた。
タカアキは足早にその場を後にする。

さて。
誰も寄りつかない楽園に足を踏み入れたのは、とあるポケモンを追っていたからだ。
『六輪』
未曽有の生物災害の種に成りうるラフレシアの変種だった。
カテゴライズは
『変異一型』
特定の環境下に置かれた結果、独自の進化を遂げた特殊個体である。


『六輪』
隔絶された環境下で何代にもわたり生存戦略の錬磨を続けた結果、開花したのは毒の粉だった。

 通常と一線を画す毒の粉は、特異な毒が組み込まれる。
生物の肌に付着すると化学反応を引き起こし、瞬時に溶解させる。
粉が付着すると皮膚がただれ表面層が液状に、次に浸透圧で猛毒が獲物の体内に進行。
やがて、毒が血管に達すると、全身から内出血が起こり、さらに、血流にのる毒が急速に臓器に死を届ける。

厳密に言えば毒の粉ではななく、溶解液に近い。
強烈な胃酸と体内にある毒素を混ぜ、細かい粒子にし、風に乗せる。
高密度で広範囲に拡散した死は短時間で周辺一体に死体を積み上げる。

あとは、死が散乱している湿地帯で獲物にありつく算段である。

六輪はコロニーを形成し、身体的特徴を受け継いだクサイハナの目撃情報が数件ある。
仮に今は未熟でも近い未来に毒が成熟し、第二、第三の六輪が生まれれば、周辺域の生態系は著しく損なわれる。
ポケモンの血統は色濃く反映する。
手を打つのは早い方が良い。

午後3時。
静かな昼下がり。積乱雲が濃い青空を泳ぐ。
熱帯雨林に建てた簡易拠点にカラッとした南風が吹く。
変えたばかりのシャツの袖がハタハタと揺れる。

タカアキは思わずまどろむ。
そんな時だった。
キラリ。
見たこともない、『現象』が押し寄せてきた。
あれは、、、、

死の粉だ。
「やっとか!」
歓喜と恐怖がタカアキの内面を支配した。
脊髄反射で地面にボールを叩きつけ、繰り出したムクホーク。
雄々しい銀翼から繰り出されるはシンオウ秘伝の「きりばらい」である。
事前情報で、六輪の生態を知っていたため対策は取れた。死の粉を視認できたのも僥倖だった。(太陽光が乱反射した)

やっと落ち着けた最中、自分は今、捕食対象にあることに気づいた。

くたばっている、サイドンやサイホーンをクサイハナが5~6匹で力を合わせて運んでいた。コロニーに貯蔵するのだろう。

あの巨体がものの数秒で昏倒する威力。

焦燥が血管に駆ける。
犠牲者の写真を見た。
四肢、内臓そして顔面を溶かされ生きたまま養分にさせられる。未熟なクサイハナの毒の練習台にされるトレーナーもいた。

それでも、死の恐怖を内燃機関へ。
燃やした負のエネルギーを思考を研ぎ澄ます力に変換、さらに情報を精査し、つなぎ合わせ、

「ストライク、居合切り!」

結論を導き出す。

瞬く間に半径15メートルが開けた。
そして、繰り返す。
難攻不落の壁に当たった時は、一発逆転を狙うより確実にできることをこなした方が良い。
上空では、ムクホークが、
「きりばらい」
を続ける。
高所から六輪の位置を探りたいところだが、背の高い草が延々と続く湿地帯では特定が難しい。
いあいぎりを続け前進していく。決死のローラー作戦だった。

しばらくすると、死の粉が止んだ。
体力が尽きたのだろうか。
否、風が止んだのだ。

六輪はまず風上から死の粉を噴霧し、無差別に生物を狩る。
風が止むと今度は直接手を下しに来るらしい。

 感じるのはあちらこちらからの視線。
独特の異臭。
クサイハナである。斥候だった。

アッと思った。

「ピー…ピィィ…」

あまりにあっけなく『それ』が姿を現す。
黒い体表。愛嬌さえ感じる一頭身の体。鮮やかな赤の大輪。
間違いなくラフレシアと、呼べる代物だった。
しかし決定的に違う点がある。
5枚のはずの花びらが6枚になっている。
赤いはずの目も澄んだ青だった。
よく動く目からは通常のラフレシアをはるかに凌駕する知性が見え、花びらの中心、くゆっている霧からは死の雰囲気を視認できる。

しかし、足に裂傷が口を開けている。
加えて花びらもところどころに欠損が見られる。
そう。
ここは、生命の楽園。
強大な生物は六輪のほか多数生息しているのだ。

紫の体液がトクトクと流れている。
すると死闘を潜り抜けたのち、自分たちは「ついで」で、狩りに来たと言うわけだ。

刹那。
球状の光が宙を漂った。

ギガドレインだ。
問題はない。洗練度は粉に到底及ばない。
それにストライクは虫タイプのほかに、飛行タイプも持っている。この反撃は蚊に刺されるようなものだった。
その証拠に六輪の開いた裂傷はこれっぽっちも塞がっていない。
ケロリとした陽気に笑うストライクを前にした六輪は相性以前に『レベル差』を悟ったようだ。
こちらのストライクは厳選に厳選を重ねた特注品。さらに限界まで育て上げた世界最強のストライクである。
そこからは速く、躊躇なく草むら群に飛び込もうとする六輪。
もちろん、逃がすわけにはいかない。間髪入れず叫ぶは
「電光石火!」
意図を汲みとったストライクは六輪の前方に回り込み、退路を塞いだ。
そこで燕返しが一閃する。
鮮血が舞った。草むらの上に転がり込む六輪。
さらに顔が地面につくまでに、12発の峰打ちを叩き込んだ。
勝負あった。
正面戦闘が始まると、あまりに呆気ない幕切れ。しかしタカアキは気を抜かずに六輪のそばに寄って行った。
・・・
眼下に虫の息の六輪。
そばを見渡すと、数十の目線を感じる。独特の異臭が漂うので、おそらくは取り巻きのクサイハナだろう。しかし、ムクホークの威嚇と遥か高みに位置するストライクがにらみを利かせているため、寄せ付けない。
タカアキ迷うことなく捕獲用のモンスターボールを投擲した。それは揺れることなく、カチッと音を立てる。
セキチクシティ近郊。
6枚の花びらを持つ狡猾なラフレシア。
通称「六輪」
その捕獲に成功した。

そこからは、掃討作戦が始まった。
と言っても、消化試合に近い。

2頭のムクホークはタカアキの上空20メートルを旋回し続けた。
「いかく」で牽制しつつ、向かってくるクサイハナには急降下し、通り過ぎ様に燕返しをお見舞いする。
ストライクのそれとは違い、やや力任せな感じは否めないが、威力は間違いない。

姿を見せない個体は、限界まで鍛え上げたストライクが片付ける。
すでに指示は出している。いあいぎりで長い草を刈りながら突き進む。ローラー作戦の続行である。
そして、30分。
大小無数のクサイハナが必死の形相で通せんぼをしていた。
ついにコロニー突き止めた。
タカアキは

さて。
「六輪」。
厄介な相手であることは間違いなかったが、それでも、討伐に至るまでの経緯、綿密な下調べ、ターゲットに出会うまでに流した汗、そしてその相手に実力で打ち勝ったことを実感し、タカアキはエリートトレーナー時代に得られなかった快感に身をゆだねた。

さらに、賞金首を捕獲した後のお楽しみはこれからだった。

輝かしい世界の裏で生きる

療養には2日を要した。
幸いにも、肺に粉を吸い込むことはなかった。
痺れ粉が薄皮一枚爛れさせるぐらいで済んでおり、
手持ちも、モンスターボールで待機させていたので、それ以上の進行は抑えることができた。
快方に向かうや否や、捕獲済みと記入されたモンスターボールを団体に持っていく。
指定されていた、セキチクシティ、サファリゾーン前。
堆肥の据えた匂いが鼻をつくその場所に黒縁の眼鏡とスーツを着こなす落ち着いた男。40手前ぐらいだろうか。たぶん年上なので、いつも以上に恭しくモンスターボールを手渡した。
男は眼鏡を上げボールを覗く。
中には、すっかり傷の癒えた六輪が外の様子を伺う。
男は手に持っていた、資料とモンスターボールを交互に見、
「通常とは違う6枚の花びらに青色の瞳孔・・・・花粉を多分に排出できるオスの個体・・・」
呟いた後。
「はい。確認致しました。タカアキさま。
Bランク懸賞首、「六輪」の捕獲と引き渡し。報酬の方は後日、指定の口座に振り込ませていただきます。」

3日後、タカアキはそこに振り込まれた金額を見る。
1500万円。

思わずその値段に口角が上がる。

☆終わり





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