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恋桜の陰影

第一章:陰陽師の卵
平安時代の京都。都の喧騒から一歩離れた祇園の裏通りには、静かな佇まいを持つお茶屋「桜の庵(いおり)」があった。

軒先には薄紅色の提灯が風に揺れ、木製の引き戸が重厚な音を立てて開閉する。庭には季節ごとに咲く美しい花々が彩りを添え、苔むした石畳の道が庭の奥へと続いていた。夕暮れ時には、陽が落ちるとともに薄紫色の空が広がり、風情ある光景が広がっていた。

葛乃は山の谷あいの温泉街にあるお茶屋の一人娘として生まれました。幼少期から温泉街の風景や地元の人々とのふれあいを通じて育った彼女は、自然と人々の温かさに囲まれて成長しました。美しい自然に囲まれた環境で、彼女は家業のお茶屋を手伝いながら、礼儀作法や接客の技術を自然と身につけていきました。

そんな葛乃が六輔と出会ったのは、お座敷でのことでした。六輔はその日、温泉街に遊びに来ていた客の一人で、葛乃の美しさと気品に一目惚れしました。彼の強い希望で、葛乃は祇園の六輔のお茶屋に連れて行かれることになりました。

最初、六輔の母である市子は、葛乃を快く思っていませんでした。田舎のお茶屋の娘が、祇園の繁華街でやっていけるのかと疑念を抱いていたのです。しかし、葛乃はその疑念を払拭するほどの努力と才能を見せました。教えられたことの呑み込みの早さ、立ち振る舞いの美しさ、そして内面の強さと優雅さが市子の心を動かし、次第に市子も彼女を息子の嫁として迎えたいと望むようになりました。

こうして、葛乃は祇園で一番のお茶屋、八雲の若女将として新たな人生を歩み始めました。

おかみさんの葛乃は、30代半ばの美しい女性で、そのしっとりとした佇まいと知性で多くの人々を魅了していた。彼女の黒髪は艶やかで、優美な姿勢と気品溢れる動きが、訪れる客を自然と引き込んだ。

しかし、その美しさの裏には、誰にも見せない孤独が隠されていた。彼女の夫、六輔は放蕩癖があり、女性遊びに溺れる日々を送っていたため、葛乃は心の中に深い悲しみと孤独を抱えていた。

葛乃の姑、市子は祇園で知らない者はいないほどの名物お茶屋の創業者であり、厳格で威厳ある存在だった。市子の手によって築かれた「桜の庵」の名声を守るため、葛乃は日々奮闘していた。彼

女は若い芸子たちを教育し、彼女たちの立ち振る舞いや礼儀作法を一から教える役割を担っていた。芸子たちの訓練に明け暮れる毎日で、心身ともに疲弊していたが、六輔は当てにならない存在だった。彼の頼りなさと放蕩ぶりが、葛乃の心の負担を一層増していた。

祇園の裏通りが静まり返る頃、若き陰陽師の卵である勝久が「桜の庵」を訪れた。勝久は、安倍晴明の元で修行を重ね、日々研鑽を積んでいた。彼の姿は凛々しく、修行の賜物である穏やかな眼差しと、確かな霊力を持つ手が、周囲に静かな威厳を放っていた。

初めて葛乃と出会った時、勝久はその美しさと気品に心を奪われた。葛乃の優雅な立ち振る舞い、しとやかな笑顔、そしてどこか寂しげな瞳が、彼の心に強く焼き付いた。勝久は葛乃の相談を受けるため、桜の庵の奥にある静かな一室に招かれた。

その部屋は、穏やかな灯りが灯され、風に揺れる薄い障子越しに庭の竹の葉がそよぐ音が聞こえてくる。淡い色合いの掛け軸が静かに掛かり、整然とした茶道具が配置された空間は、心を落ち着ける場所となっていた。勝久は緊張しながらも、葛乃の言葉に耳を傾けた。

「勝久さん、私は…どうしても心の中に消えない不安と孤独を抱えているのです。旦那様は家に帰らず、姑は私を責めるばかりで…一人でいると、心が折れそうで…」

葛乃の言葉に勝久は深い共感を覚え、その心の痛みに寄り添うように、優しく答えた。「葛乃さん、あなたの苦しみを少しでも和らげることができるなら、私はどんなことでもお手伝いしたいと思っています。

あなたはとても強い方です。どんな困難も乗り越えることができると信じています。」
その言葉に、葛乃は涙を浮かべながらも微笑んだ。勝久の存在が、彼女にとって大きな支えとなり、心の慰めとなったのだ。

それからというもの、勝久は葛乃の元を訪れる度に、彼女の悩みを聞きながら、一緒に龍笛を奏でる時間を設けるようになった。

桜の庵の奥の静かな庭に設けられた座敷で、二人は龍笛の音色を響かせる。竹の笛が奏でる音は、夜の静けさに溶け込み、月明かりが庭の花々を照らし出す中で、心地よい共鳴を生み出した。龍笛の音は、二人の魂が呼応するかのように、優しく、そして深く心に響いた。

この音楽のひとときが、葛乃の心の安らぎとなり、勝久もまた、彼女との時間が心の豊かさをもたらすことを感じていた。夜のしじまの中で、二人は言葉では表現しきれない感情を共有し、互いにとって唯一無二の存在となっていった。

こうして、二人の心の絆はさらに深まり、陰陽師とおかみさんの間に生まれたこの特別な時間が、やがて禁断の恋へと変わっていくことを、勝久も葛乃もまだ知らなかった。

第二章は心の支え・・・




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