HAPPY PEOPLE

毎週掌編小説を書いています。 日曜日21時更新。

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    一葉の写真からインスピレーションを受けて書かれた短編小説を公開しています。

最近の記事

掌編小説|『情報』

 二人の男が、暗い部屋の中で対峙していた。お互いに帽子を目深に被り、怪しげな雰囲気を漂わせている。片方は直立したまま腕組みをし、片方は椅子に座って、膝の上に紙を広げていた。 「今回の標的の詳細については、ここに全て記してある」  椅子に座った男は、膝の上に広げた紙を指して言った。 「なんです、それは」 「標的の今日の行動ルートを詳細に記した地図だ。スケジュールについても、別紙に記載してある。手に入れるのに苦労したんだよ」と、椅子に座った男は感慨深げに言った。「今の世の中、情報

    • 掌編小説|『取引』

      「おっと、まさか二人がかりで攻め込んでくるとはな」  白衣のようなコートを着た男は、現れた二人組に対して、敵意のこもった台詞を吐いた。今日、この場では一対一の会話をするはずだったのに、相手は顔合わせの時点で約束を破っていた。取引の詳細を詰めるよりも前に、既に軋轢が生まれてしまっている。白コートの男は、あからさまに不服そうな様子だった。 「ああ、いえ、そんな、滅相もない。違いますよ。へへ……」髪をオレンジに染めたチンピラ風の男は、腰を低くしながら、大男の影に隠れて言う。「そちら

      • 掌編小説|『友情』

        「これで最後の餌になるな」  真っ黒な服装に身を包んだ男は、右手に拳銃を構え、左手にビニール袋を携えた状態で、語りかけた。会話の相手は犬だった。当然、犬に人間の言葉が通じるはずもないが、一年続いた関係の中では、もはや男にその行いに対する違和感はなくなっていた。 「お前との付き合いも、かれこれ一年近くになるか。最初はくだらねえことだと思ってたが、続けてみるとどんなことでも、情が湧くもんだな」  犬は、男の飼い犬ではなかった。首輪も付いていないので、今現在、誰かに飼われているとい

        • 掌編小説|『末路』

          「ねえ、本当に殺しちゃったんじゃない?」 「動かなくなっちゃったね……」 「ガチじゃん」  三人の少女たちは、横たわる男子生徒を横目で見ながら、いつもと変わらぬ様子で会話をしていた。もちろん、平静を装っているだけに過ぎず、内心は三人とも、冷静ではない。 「え、やば、救急車呼ぶ?」 「どうしよう……警察にも話せないといけなくなるよね?」 「ていうか、これやったの誰?」  あ、始まった。  一人の少女が、そう気付いた。  いよいよ覚悟を決める時が来てしまった——と、そう気付いた。

        掌編小説|『情報』

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          48本

        記事

          掌編小説|『運命』

          「あのね、私と付き合って欲しいの」  制服のスカートの裾を握りしめながら、女子生徒は絞り出すように言った。目の前には、同じクラスの男子生徒がいる。周りには誰もおらず、二人だけの空間が広がっている。 「いや……うん、いいよ。いいし、もう付き合ってるつもりだけど」  そんな唐突な問い掛けに、男子生徒は困ったように答えた。 「別れた覚えもないんだけど」 「それでも付き合って欲しいの! なんて言ったらいいか分からないんだけど……ま、毎日付き合って欲しいの! 毎日告白して、いいよって言

          掌編小説|『運命』

          掌編小説|『告白』

          「こんなところに呼び出して、何の用だよ」  男子生徒は、退屈した様子で声を掛ける。緊張や期待と言った感情とは無縁の声色だった。普通、女子生徒から呼び出しを受ければ「告白されるのでは?」という期待を胸に抱くものだ。だがこの男子生徒はそうした状況に慣れていたし、呼び出してきた女子に対して興味もなかった。  特別顔が良いわけでもなければ、スタイルが良いわけでもなく、どちらかと言えばヒエラルキーの下層にいる女子からの呼び出し。にも関わらず律儀に呼び出しに応じたのは、女子を差別しないと

          掌編小説|『告白』

          掌編小説|『修羅場』

          「何する気なのよ! 私をどうしようって言うの!」 「うるせえ! 大人しくしてろ!」  両手両脚を拘束され、頭に布を被された女は、なんとか自由を取り戻そうと暴れている。だが、しっかりと固定された四肢は言うことを聞かず、ただ乗せられているだけの布を取り去ることさえ出来ない。  女の前には、もうひとり、全裸の女が横たわっている。その女から、抵抗の意思は見られなかった。全身を剥かれても、ぴくりとも動こうとしない。抵抗の意思がないのではなく、今現在の彼女には意識自体が存在していない。気

          掌編小説|『修羅場』

          掌編小説|『斜陽』

           落下する時、人は何を考えると思う?  先輩と最後に会った時——まさか、それが最後になるとは思わなかったけれど——僕はそう問われた。落下する時、人は何を考えるか? 僕はその問いにすぐには答えられなかった。何故なら、その会合は先輩を送り出す会だったからだ。それも、降格による左遷。参加者は、僕と先輩の二人だけ。要するに、先輩はお払い箱となったのだ。リストラされないだけマシだ、と言っていたけれど、家も買ったばかり、子どもも中学に上がったばかりだというのに、これからどうやって生きてい

          掌編小説|『斜陽』

          掌編小説|『老後』

          「よう、やっと来たか。遅かったな」  男は、約束の時間より数分遅れて待ち合わせ場所にやってきた。来るなり、そこが異様な場所であるということは理解出来た。何しろ、老人たちが背中合わせになって、あちこちで座っているのだ。必ず、二人一組になって。 「誰だよあんた」  いや、一人だけ、対になっていない老人がいた。彼は、男に声を掛けてきた老人だった。背中合わせになる相手もいないのに、椅子もない場所で座り込んでいる。 「誰だよじゃねえ、お前を呼んだのは俺だ」 「バカ言うな。俺は旧友に呼ば

          掌編小説|『老後』

          掌編小説|『選択』

           全身真っ白な男が、二人の全裸の女性の前に立っている。今の彼は、どちらの女性がより自分に相応しいか、決めあぐねているところだった。  どちらの女性も、素晴らしい女性に見える。ただしそれは、外見に限ったことでしかない。彼は、女性たちの内面について何も知らないし、彼女らが積み上げてきた歴史についても、何も知らなかった。果たして、外見だけで選ぶべきなのかどうか。否、外見だけであっても、どちらかがより優れているというわけではないから、選びようがない。  そもそも、人はどのような判断基

          掌編小説|『選択』

          掌編小説|『援助』

          「いつも悪いねえ」  カバは、巨大な口をあんぐりと開けた状態で、呑気に感謝の言葉を口にした。今、カバは一人の青年に、口の中の掃除をしてもらっているところだった。 「いえいえ、全然、全然。カバさんにはいつも良くしてもらってますし、悪いなんて一度も思ったことないですよ」  カバの口の中を掃除しながら、青年は朗らかに言う。傍から見れば、彼らの関係は良好に見える。カバ自身も、この関係は良好だと信じていたし、疑ったこともなかった。もちろん、その関係は完全なる善意によってのみ構成されてい

          掌編小説|『援助』

          掌編小説|『魔物』

          「ねえ見てお姉ちゃん! 魔物が倒れているよ!」  弟は、地面に横たわる巨体を指差しながら、声高に叫んだ。弟の指の先に倒れているのは、緑色をした、ゾウによく似た生物だった。だが、こんな色のゾウはこの世に存在しないし、往来に倒れているなんてことも有り得ない。やはりこれは、魔物だった。身動きが取れなくなって、もう長くないと思わせる悲壮感を漂わせている。 「まあ本当ね。でも、危ないから、これ以上は近付いちゃダメよ」  姉に言われて、弟は素直に頷く。だが、姉に怒られないギリギリまで近付

          掌編小説|『魔物』

          掌編小説|『頂点』

          「俺たちは毎週のように登山をしてるだろ」  赤いリュックサックにもたれ掛かる登山客の男が、同行者に声を掛ける。 「ああ、俺たちの人生は、ほとんど山登りだと言ってもいいくらいだな」 「唯一の趣味として、俺たちは毎週のように山に登っている。仕事と登山しかやることのない人生だ。登山をするために仕事をしていると言っても良いくらいだよな」 「悲しい人生だな」 「なのにこいつは一体、何なんだろうな」  赤いリュックサックの男の視線の先には、過去、前人未踏と呼ばれていた山の初登頂に成功した

          掌編小説|『頂点』

          掌編小説|『思想』

           少数派と多数派が言い争っている。  とある軍隊にある派閥だった。双方は、国を護るための殺人は許されるのかどうか、ということについて議論していた。否、議論などという生やさしいものではなかった。まさに一触即発状態で、いつ殴り合いに発展してもおかしくないという様子だった。 「一人の犠牲で大勢の命が救われるのだと思えば、殺人も致し方ないと考える!」  少数派の意見はそうだった。一方で、 「罪を裁くのは我々ではなく、法である。我々が巨大な組織を構築しているのは、勢力で圧倒するためであ

          掌編小説|『思想』

          掌編小説|『親子』

          「いいか、世の中っていうのは見た目が第一だ」  厳格な様子で、父親は息子に向けて、人生の教訓を伝えているところだった。気の弱い息子は、また面倒なことを言われるんじゃないかと思いながらも、静かに次の言葉を待っている。 「どんなに綺麗事を言ったところで、誰しもが見た目で全てを判断する。だからな、大人になったら、きちんと見た目に気を配れ。見た目に気を遣え。美人になれとか、格好良くなれと言っているんじゃないぞ。相応の見た目になれということだ」 「相応な見た目って言われても、よく分から

          掌編小説|『親子』

          掌編小説|『営業』

          「あなたにオススメの化粧品があるんです——」  身なりの良い女は、明朗な声で男に話しかけていた。身なりが良いとは言っても、どこか偽物めいて見えるのは、その立ち居振る舞いが非常に胡散臭かったからだ。 「いらないよ! 見れば分かるだろうが! 俺は男! 独身! 恋人もいない! おまけに気付いたらここから出られなくなって困ってる! こんな男のどこを見れば、化粧品を買いそうだと思うんだ、あんたは!」 「春の新作なんですよ。見てください、この綺麗な発色! 今年の春は、明るい雰囲気が流行り

          掌編小説|『営業』