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④父が自宅に帰ってきた

我が家が実家に到着したとき、すでに父は病院から自宅に帰ってきていた。
実家は田舎のそこそこ大きい日本家屋だが、弟と葬儀屋さんの万太郎さん(以下万太郎と呼ぶ)の2人でストレッチャー乗せた父を運ぶのはなかなか大変だったらしい。

父は2つの和室をぶち抜いた6畳側に北枕で寝かされていた。すでにろうそくもお線香も設えてあって、「そういう感じ」。
昔母の親戚の呉服屋で誂えた、見事な紬の着物を着て、布団の上には揃いの羽織がかけられていた。
お疲れ様ねーと顔を触るとひんやりしていた。耳たぶはたぷたぷしていて、近所の若夫婦がやっている床屋さんで定期的に整えてもらっている髪はキューピーさんのようにぴよっとなっていて、とてもかわいらしかった。

実父の亡骸というのは不思議なもんで怖くもないし汚くもない。
ただ孫である子どもたちがそうとは限らないので、父と対面するかどうか、そのタイミングはそれぞれに任せることにした。

そして父の頭側の8畳間はこの日からミーティングルームになった。
我が家が到着したときからすでに弟と葬儀屋の万太郎は8畳間のテーブルにいて通夜葬儀の相談の真っ最中だったし、正確にいえば我が家の移動中にも万太郎は実家で弟とあれやこれや話をして都度都度LINEで確認が入っていた。

一番はじめに決めないといけないこと。
土曜日の朝に亡くなって、お通夜は月曜日、告別式は火曜日になった。
新聞社2社の訃報欄の出稿もしたので変更はできない。(普通変更しない)

父を無事に送るのが最大のミッション。

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