台風の後の夜を散歩する
ラジオを聴きながら寝っころがっていると、カーテン越しに月明かりが見える。窓を開けるといつの間にか空は晴れていて、台風はもういなくなっていた。
手近にあったリトルトゥースのシャツ(もちろんラスタカラー)を着ると、外に出てみる。
雨風に清められ澄み切った空気に脳がさわさわとする。湿度を含んだ町から上を見上げると月がかすんで見えて、水中から太陽を見るみたいにゆれている。
人も車もなく、町は静かで、マンホールの下から聞こえる激しい水流の音だけがうっすらと響いている。
コンビニもすき家も閉まっていて、なんだか不思議な感じがする。大通りまで来ると、車は走っていたけれどいつもよりも明らかに数は少ない。
台風15号の後だったからみんな気をつけたのか、落し物はほとんどない。緑色の葉っぱが散らばっているばかりだ。
台風の前日に会った人はみんな何だか浮き足立っていて、嵐にわくわくとする子どもみたいだった。みんな無事ならいい。
商店街の方に行くと、コンビニが一軒開いていた。中に入ってみると、棚にはビニールがかけられ、バケツが置かれている。雨漏りをしているみたいだ。白くてピカピカと輝いている筈の床には葉っぱがいくつも散らかっている。なぜか店員も見当たらなくて、品数の少なくなった店内にファミマのラジオだけが流れている。
コンビニを出てまた歩く。道はいつもよりもまっすぐのびて見える。街灯がいつもより遠くまで見渡せる所為だろうか。池のある公園の方まで行ってみる。どこもお店は開いていない、土曜日の夜。
しんとした町は光がとても綺麗で、ひんやりと湿った空気を歩くと深海の底にいるみたいだ。
池の嵩はいくらか増えていたけれど、驚くほどの量ではない。池の水は真っ黒く生きているみたいだった。静かな池に映る街灯がきれいだ。
池のそばの住宅街にもやっぱり人気がなくて、なんだか少しこわい。
また商店街の方に戻ると、人が何人か歩いている。バイクが通り過ぎる。新聞屋だ。それから虫の声が聞こえる。
家のほうへと戻る。公園がいつもより広く見える。静かすぎる町は何かが欠けているようで、ジオラマの中を歩いているみたいな気分だ。
深海の底にあるジオラマの町。
上を見上げると明るい月に雲がたなびいていて、おじゃる丸のオープニングを思い出す。それからいつもより星が見える。プラネタリウムが好きで何度も解説を聞いているのに、星の名前はひとつも知らない。あれ、なんかの星座だなあと、ぼんやりしばらく眺めた。
見つめているばかりだ。文章を見返すと、ここにぼくの思考はほとんどない。ただ見つめているばかりだ。世界に翻弄されて、世界を歩いている歩行者。書き手である筈のぼくですら世界の前では景色に過ぎない。
世界は大きくて未知で恐ろしい。それ故にはっとするような景色に出会えたりする。まだ知らないことだらけの無知なぼくでも知った気になって生きている。あるいは知らないことなんて忘れて生きている。そんなぼくにも平等に、世界はすっと知らない景色を見せてくれたりする。世界の片鱗を。
知らないということを思い出す。そういう夜や朝や季節やらがたまにある。そういうときの感動は何にも変えがたくて、世界がある限りは生きていたいなと思うのだ。
「歩行者」
だあれもいない一本道を
ひとりまっすぐに歩く
いつもよりもまっすぐにのびた道
コツコツと中央にもうひとつの道を見立てる
しんと静まった町の壁は
いつぴすとるが響いてもおかしくない
道の真ん中をまっすぐに
しんめとりーを崩さぬように
道の真ん中をまっすぐに歩く
どこを見渡してもひとのものばかりで
それなのにどこにも人がいやしない
深海の底のじおらまに
宝石を隠す
ぽつんと落ちた世界の鱗に
醜い顔を映してみる
そうしてる内に月が傾いて
しんめとりーはあっさり壊れる
誰かが咳き込む音がして
ぼくの美学はぶち壊される
懐に鉛を忍ばせて
とぼとぼと歩く
殺人現場を後にして
肩をふるわしている
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