違和感を違和感のままに書くということ
違和感というのは大事だ。いい違和感も悪い違和感も。
いいわるいじゃなくて、それ以前なのが違和感か。
違和感を違和感のままに書くのは勇気がいる。だってそれが何なのかすらわからないまま書くということだからだ。そして言葉というのは時に思いもよらない形になって人を襲う。何かわからないまま書いた言葉が、誰かの尊厳を踏みにじったり、誰かを深く傷つけたりすることがある。だから違和感を違和感のままに書いてしまうことはとても危険で、しかもその危険は自分ではなくほとんどの場合他人に向いているというのがより性質が悪い。
それでも違和感を違和感のままに書くことは大事な気がする。わかったと思ったことはもう覆らず、そこで思考が停止する。凝り固まって、いつのまにかしこりになって、腫瘍になっていたりする。「絶対」とか「正しさ」とかそんな凝り固まった危ない言葉が目の前にいくつもある。そしてそのすべては石のように固く、形を変えるには根気がいる。凝り固まった考えを、正しさとして誰かにぶつけることが、そのまま石をぶつけることと同じ意味になったりする。だからふにゃふにゃと得体の知れない違和感のままに書くことの方が、よほど大事だ。
そもそもわかってしまえるはずがない。何かを考えるということは、世界や宇宙を考えるということとまったく同じ意味であると私は思う。だからわかってしまえるはずがないのだ。ずっと違和感を感じ続けること、違和感を見失わないことが大事だ。
「わかったこと」を石とするなら、「違和感」は土や泥や粘土だろうか。形の定まらないもの。それでも強く投げつければ、十分に相手を傷つけてしまうもの。
ずっと具体性のない話をしている。自分の話をしよう。
違和感を感じることがある。うわーやだなあとか、へえいいなあとか、思う。何だろう?と思ったり、ん?と眉を顰めたりする。それで終わり。そこにはきっと何かがあるのに、そのほとんどはただそのままに終わる。怒りや悲しみのようなものを覚えたとしても、怒りや悲しみを覚えたというところで終わり。そこにはきっと何かがあるのに。
思えば人が死ぬというのも、よくわからない。死ななければわからないのだから、わかるはずもない。でもずっと気になっていること。たぶんほとんど誰もが気にかかっていて、でも誰もわからないこと。
誰かが死んで、悲しかったり、何も思わなかったり、状況によってはぱっと明るくなるようなこともあるのかもしれない。でもそこで終わり。きっとそこには何かがあるのに。
ある友人が死んで、それからしばらくしてその友人と近い人の間で飲み会があった。それはその人の死とは関係のない忘年会。みんな笑顔で喋っている。だれもそのことは口にしない。全員がそのことを知っているのか、知らない人もいるのかよくわからない。でも少なくともほとんどの人が知っているはずだ。一瞬違和感を感じる。でもすぐに忘れる。
(俺が口にするような立場でもない。誰かが口にするだろうとは思っていたけれど。でも全員の会話が聞こえるわけではないから、どこかでは話されているのかもしれない。)
とすら、そこでは考えていない。ただ一瞬の違和感が過ぎていっただけだ。
後で、僕の隣の席にいた人がそのことを知らずに飲んでいたことを知る。
その人だったらと想像してみる。誰も話題にあげず、場が自然と行われていたこと。その場で何も知らずに笑っていたこと。その笑いが違和感なく場に溶け込んでいたこと。傷つくには十分な理由がある。
また別の話。
誰かとの会話。僕は笑っている。誰かが面白いことを言う。それで場全体が笑っている。僕も笑っている。また誰かが何か言う。またみんなが笑う。僕も笑っている。家への帰り道でそのことを思い起こす。何であんなことで笑ってしまったのだと吐きそうになる。自分が許せないようなことで笑ってしまっていたことに、今さら気づく。大きな場の空気に霞んだ小さな違和感を見落としていたのだ。
そういうことはよくある。でも何一つ具体的な例は出せない。忘れてしまっている。忘れることはいいことだ。忘れなければやっていけないから。それでもまた違和感を感じる。許せないようなことに笑ってしまい傷ついていてすら、呆気なく違和感は過ぎていた。
日々を生きていて、感じた違和感をじっと見つめて、ゆっくりと言葉にしてみる。すべての違和感をじっと見つめて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。詩はそうやって書かれるのだと思う。
だから俺は詩人を名乗れない。
詩を書く。いっぱい書いてきた。それでも見過ごした違和感を思うと私は詩人を名乗れない。
わからないということをわからないままに大切にした箱のように
(「流れないもののかわりに」より)
そんな一文が僕の書いた詩の中にある。わからないことをわからないままに大切にする。それは違和感を見過ごさずに、しかしわかった気にならずに、記憶に留めるということだろうか。でも違う文章でこんな一文を僕は書いている。
忘れてしまうからこそ、大切なものがある。だからいろんなことを、大切に、大切に、忘れていこう。二度と戻らないように、大切に失おう。
(「カモの飛び方を知ってる?」より)
二つは矛盾しているような気もする。矛盾していたっていいのだけれど。
違和感を大切にすること。忘れたっていい。大切にすること。投げつけたりはしない。ただ違和感と向き合ってみたことを書く。違和感を違和感のままに書くというのはそういうことか。
「おかしくないですか?」とか「どう思いますか?」とかじゃなく
違和感と向き合ってみたということ、ただそれだけを書く。それが大事な気がする。通り過ぎないように。違和感を捕らえないと、それがそのままナイフであることもあるのだ。言葉は人を傷つけることがあるが、言葉にしないことがまた人を傷つけるということもある。
そもそもこの文章も何かわからない違和感について、わからないままに書き出してみたのだ。
たまたま友人と上野千鶴子さんの東大祝辞の話をした夜、こんなnoteが上がっていた。
だからその友人にこのnoteを送ってみた。俺は男性で、その友人は女性だ。ただ読んでみてと男性側が送ってしまうのはあまりよくない気がする。でもその違和感は小さく、また僕は見過ごす。
次の日返信が返ってきた。あまりいい反応を示したようではなかった。ただ返信がいつもより長かった。
僕も長い返信を返した。返信を書きながら、昨日送ったことや、そこに添えた自分の言葉や、それらに対する違和感をまた見つめる。
そうして返した文章にも、また違和感を感じる。真剣に書かなければならない。言葉を尽くさなければならない。
返信はまだ来ないから、違和感について、noteに書き出した。その文章がこれだ。何かわからない違和感について、わからないままに書き出したのだ。
生湯葉シホさんの文章には違和感が溢れている。違和感を違和感のままに書いている気がする。(「どう思いますか?」とは聞いてるけれど。)
みんな何か違和感を感じていると思う。世の中に?社会に?その言い方にも違和感がある。ただ生きていくという中で、ただ生きているのに感じる違和感。それはきっと見逃してはならないものだ。
いっぱい見逃してきた。違和感をいっぱい見逃してきた。想像力以前の問題。でも何か違和感に敏感に気づくことと、想像力は大きく関係があるだろう。読んだことのある児童小説やファンタジーを思い出してみてほしい。それが証明だ。
一方で違和感なんてもんじゃない、絶対的な暴力がある。ふるわれた人の目の前にははっきりとそれがある。ふるった人には自覚がある場合と自覚がない場合がある。自覚がない場合、それを気づくのは自分ではなく周りかもしれない。自覚することのできない暴力に周りが気づき、声を上げること。それはとても大事なことだ。そしてその為に必要なのは、やはり違和感を感知することだ。
「男であることをやめたい」という言葉にひっかかる。(違和感という言葉にも違和感を覚え始めた。)男性は女性よりも自分の性別に自覚的じゃない。それは体の構造の問題でもある。自分が「男であると自覚する」が第一段階としてあって、そのあと「男であることをやめたい」がある。この第一段階に辿り着いていない人は多いのではないだろうか。そうするとさっきの言葉を繰り返すことになる。
「自覚がない場合、それを気づくのは自分ではなく周りかもしれない。自覚することのできない暴力に周りが気づき、声を上げること。それはとても大事なことだ。そしてその為に必要なのは、やはり違和感を感知することだ。」
それはフェミニズムのやってきたことでもあるのかもしれない。
そもそもジェンダー論が多くフェミニズムという立場で研究されているということ。それが性差という問題に女性が強く直面していることを示している。そんなことは当たり前と言われるかもしれない。でも当たり前のことこそ書かなければならない。だからもう一度書く。性差という問題に女性が強く直面している。
自分は、男性という性にコンプレックスを持っていた。毛が生えだした時にそれを強く感じた。単純に嫌だった。髭剃りを高校時代ずっと買わなかった。髭剃りで髭を剃るという行為が、「男性」になるという象徴のように思われたからだ。そんなにいっぱい生える方ではなかった。それでも髭は生えてきた。たまにハサミで切った。髭を剃らないことの方が、余程男性的ではないかと思うだろう。でも当時の僕には髭剃りで髭を剃ることが絶対にできなかったのだ。
それは誰に対しての思いだったのか、それは身近な親に対しての思いだった気がする。親に自分が「男性」として認識されることを嫌悪したのだ。「子ども」という漠然とした名称から「男性」というタグにつけかえられること、それを嫌悪したのだと思う。
通っていた大学でジェンダー論の授業があった。その授業はとても不愉快なものだった。性別を細分化して、それぞれに名称をつけ、分類していく。例えば性自認と性器構造によって、ひとつひとつ名前をつけて分類していくのだ。そこに個人はなかった。名前をつけて救われることもある。だから名づけをすべて否定する気もない。ただ淡々と分類していくその様子は、一人ひとりの個人を無視して、そこにはただ研究材料が並べられているような印象だった。気持ち悪かった。
その先生は女性だ。でも彼女にとって女性すら研究材料でしかなく、要するに食い扶持として消費する材料としか見ていないような、そんな態度だった。
ジェンダー論の授業をとる学生は9割以上が女性で、100人以上いる教室の中で男性は5人もいなかった。授業の後半、先生は何人かの生徒を指すと、それぞれに性へのコンプレックスについて発表をさせた。人のコンプレックスを教室で大々的に発表させることがとても不愉快だった。それぞれの発表に先生はコメントをしていった。僕が指された。はじめて男性が指された。僕は毛への嫌悪について話した。その先生は「そうですか。」と言った。それだけだった。
女性である苦しみに比べて、男性である苦しみは話す価値がないと言っているように聞こえた。
それは正しいのだろう。だからそれは石で、そしてそれは投げつけられたのだ。
「みんなと同じように僕も性に苦しんだ。」なんて一言も言っていない。ただコンプレックスを言えと言われ、それを大勢の前で言い、そしてそれを無視されただけだ。
男性がいっぱいの場所で女性が受ける苦しみはこういう苦しみなのだろうか。それを実体験させようとしたのだろうか。でもその態度は、標本みたいに性別名称をただ並べたてていたあの態度と似ていた。俺はその後教務課に行って、授業の履修停止を申し込んだ。俺には授業をやめるという選択肢があった。
俺は上野千鶴子の祝辞を素晴らしいと思った。中でも「弱者が弱者のままで尊重されること」という言葉が、俺のいつも考えているあるべき社会像と一致していて胸に残った。それはこういう文章の中にある言葉だ。
女性学を生んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。
(「平成31年度東京大学学部入学式 祝辞」)
そして僕はこうも思う。強い側にある人が弱い人を思うとき、それを可能にするのは自分の中の弱さではないかと。誰にだって弱さがある。その弱さを想像力に変えることはできないだろうか。
弱いとか強いという言葉にはどうしても違和感がある。自分が自分のことを弱いというのはいい。でも誰かに対して弱いと指差すのは憚られる。その時視線が同じ場所にないからだ。指差すその手の角度は下を向いていないか。そして目線を同じ場所に持っていったところにしか声は届かない。相手の目を見て話すとはそういうことだ。同じ目線でしか対話は生まれない。対話がなければ、関係はつながらない。そう思う。
では男性の立場として、女性と同じ目線に立ってそのことを話すことができるか。それは無理だろう。前提が間違っている。何かの立場に立ってしまえば、目線は高くなる。もっと小さな個人として、立場を降りて、代表でもなんでもない一つの個人の目線で。女性なんて一括りにして全部を見渡していたら目線は合わせられない。もっと身近の、もっと小さな個人の目線で。そういうひとつひとつが、小さく起こること。それが男性と女性という大きな視点での変化にも繋がるのではないか。
勿論大きな意見として発表されることは重要だ。それが社会を何度も変えてきた。でもその意見によって、突然白が黒に変わることはない。変化はゆっくりと起こっている。常にゆっくりと起こっている。それはきっかけに過ぎず、そして恐らくもっと前から変化はゆっくり起きていたのだ。きっかけによって、小さく起きていたことが、小さいままにいくつも、いくつも起こる。規模が広がる。しかし大事なのは規模じゃなく、飽くまでその小ささであると私は思う。
俺は文章の中で何度も一人称を変える。その所為で読みにくいという人もいるかもしれない。でも統一するとどうしても違和感がある。ここにもまた違和感がある。違和感を見つける限り、この文章をやめられないでいる。そんなことを言ったら、投稿された時点で違和感がなくなったということになってしまう。そんなわけがない。でもまだ書けそうだから続けてみる。
一人称の話。逆に言うと、一人称を統一しないことに違和感がない。一人称を統一するという当たり前の方に強い違和感を感じるのだ。そもそも日本語は一人称が豊かな言語だ。英語だったらIでしかない。(それは短絡的か。)なぜ日本人は一人称を豊かにしていったのだろう。研究したら面白いかもしれない。もう研究があるのかもしれないけど、僕は知らない。
一人称は個性のひとつだろう。その人がわたしというかあたしというかぼくというかおれというか。それはいつ選び取ったのだろう。わからない。自分自身は俺か僕が多い気がする。私と使うときもある。僕と使うときは大概、敬語の時だ。でも文章ではまた違う。会話の時に使う、俺、僕、私と、文章で使う、俺、僕、私、それから、おれ、ぼく、わたし、そのそれぞれが少しずつニュアンスが違う。少しずつニュアンスの違うそれらの一人称を僕は使い分けている。
個人、個人、と言ったが、個人と一括りにすることすら違和感があるということだ。なるべく小さくという話は、ここにまで入ってきているようだ。
友達に一人称が「おら」の人がいる。時々「おいら」とも言う。出身は俺と同じだから、それは方言ではない。そもそもおいらは江戸弁でおらは東北とかの方言だと思うから、それが一人の中で使い分けられていることも変だ。中学の時だったか、「おらたん」とあだ名されバカにされていた。それでも友達はずっと「おら」を使い続け、そして26の今でも「おら」と言っている。クレヨンしんちゃんか、そいつくらいじゃないだろうか。
子どものころから特段「おら」という一人称に違和感は感じていなかった。あまりに自然と言うし、それを当たり前に聞いていたから。学校が別れて、それから大学に行って、振り返ってやっと「おら」という一人称に違和感を感じた。誰もまわりにいないのだ。そして思った。かっこいいと。それを貫いたあいつはかっこいい。たぶんやめようとした時もあったと思うのだ。でもやめなかった。多分違和感があったからだ。「ぼく」とか「おれ」とか言うことに多分違和感があったからだ。その違和感に正直に、「おら」という一人称を使い続けた。バカにされても使い続けた。かっこいいと思う。
「男であることをやめたい」という言葉に戻る。俺自身はそう思っていない。男でいたいとも思っていないし、女になりたいとも思っていない。男の加害者性を否定する気もない。なるべく恐怖心を抱かせないように振る舞いに気をつけるとか、性役割を押し付けるようなことはしないとか、当たり前のことを当たり前にして生活するだけだ。それを俺が当たり前と呼べるのは歴史のおかげだろう。
ここで気づく。文章の中で使う俺と僕の違いについて。男性性への距離を近くに感じているとき俺と使い、もう少し中性的な距離にある時僕と使っているようなのだ。そうと言い切れない部分もあるが、往々にしてそうな気がする。文章の中で自分の男性性が強くなる瞬間を発見する。そうした瞬間が自然と生活に溢れているとしたら、その男性性が暴力になっている瞬間もあるのかもしれない。だとしたら、そのことを自覚できるだろうか。自覚できていない瞬間に誰か気づかせてくれるだろうか。
性別は自分で認識することよりも、他人に指摘されることのほうが多い気がする。君は男だ、君は女だって。それに対して初めて性自認が生まれる。そういう順番な気がする。そもそも性別に違和感がある。というのは多分自分で獲得したものじゃなくて、他人に獲得させられたものだからだ。
あのジェンダー論の先生がやってたみたいに、指差して君は男だ、君は女だって、名付けられた名称。だから違和感がある。性別ごしに相手を見るのは変だ。相手を見てその後ろに性別が見えるのがいい。出自もそうだ。それはあくまで属性だ。属すというのはつながりに過ぎない。本質ではない。
例えば俺は自分の中に女性性を感じる。しかし自分は男性だ。男性性の加害者性を感じた時に自分が男性だからただ申し訳ないと思う。それは自分の中の男性性に対してだ。自分の中の女性性に対して、その申し訳なさを感じる必要があるだろうか。女性性を感じるならば、そこに痛みを感じるか。痛みを感じなければそれは女性性と言えないのか。性自認が女性であっても、男性と見えるのであれば、男性性の加害者性に反省しなければいけないのか。こんな問答に対して俺はそれがあくまで属性で、付随するもので、大事なのはそれを感じているその人そのものであると言いたい。性別なんてただ割り当てられた分類で、それは大事なことでもあるけれど、その前にもっと大事なのはその個人で、さらにもっと大事なのはその個人の実感で。
その実感を説明する為に、性別の話をする。でも大事なのはプロセスだ。ただ性別の問題を話すのではない。個人の実感を通して、性別の話をする。そのことが何より大事ではないだろうか。
これは性別だけの話ではない。すべては生活の話だ。生活の実感から話された言葉にしか感応しないし、生活の実感からしかそんな話はできない。それが生活の実感から出てこなければ、そこにはまた違和感が生まれるだろう。
戦争も政治もそれから色々な社会問題もすべて生活の話だ。 それは生活として話されるべきだ。それがたとえ真剣であっても、ネットで喧々と放たれる言葉、物語や勝負事に回収されてしまう事象は、その生活の実感から大きくかけ離れている。
「この世界の片隅に」が素晴らしかったのは、それが生活として描かれていたことだ。揚々と語られる政治の言葉がうつろに感じられるのは、そこに生活の実感がないからだろう。そもそも政治や法で使われる言葉は、日常会話で使われる言葉から大きくかけ離れている。それは生活の実感から手放す策略なのだろうか。
僕は政治の話なんてしたくない。つまらないから。したがる人は喧嘩が好きなのかなと思ってしまう。そうじゃなくて、生活の話がしたい。ただそれだけだ。
昨日、働いているお店の店主と奥さんとお酒を飲んだ。(奥さんとか家内とか嫁とか、家に縛り付けるような語彙が多すぎる。)いろんな話をしたけれど、一番盛り上がったのは恋愛の話題だった。こないだ飲んだ人との間でも盛り上がったのは恋愛の話題だった。いつだってたぶんそうだった。なぜ恋愛の話題が盛り上がるのだろう。
恋愛の話は誰かの隠していることだったり、誰かが普段見せない姿だったり、その人の自分らしさだったり、弱さだったり、そういうものをぱっとわかりやすく提示してくれる。誰かの弱さに安心する。互いの弱さを見せ合うことで、自分の弱さを守れる。だから盛り上がるのだろうか。それは恋愛の話じゃなくてもいい筈だ。単純に世の中に恋愛を描くものがあまりに多すぎるから、そのようになったのだろうか。
俺は恋愛をしたことがなかった。だから恋愛の話題が盛り上がる場所にいる時、恋愛をしたことのない自分をつまらない人間だと思わされていた。とても辛かった。恋愛の話は好きなのだけれど、それでも恋愛をしている人としていない人との間には見えない段差が合って、恋愛をしている人たちの世界は僕から随分高く見えた。
人生で一番落ち込んだ夜があった。その日の飲み会はみんながみんな恋愛をしていた。当然恋愛の話で盛り上がっていた。同じ飲みの席にいるのだから、僕も軽く相槌を打ったり、黙っているのも変だから言葉をひねり出して発言をしたりした。ある人が僕に向かって言った。「恋愛したことないんだから、黙ってろよ。」と。それは冗談として言っていた。喧嘩でも煽りでもない、冗談。その場は笑っていた。また僕は笑っていた。
帰り道、家の近くまで来てもなぜか家に入っていけなくて、そのまま町を歩き回った。夜中にずっと町を歩いた。知らないうちに僕は傷ついていたのだ。
アセクシャルという人たちがいる。恋愛感情を持たない人のことだ。僕があの頃、その存在を知っていたなら、少し救われたような気がする。いや振り返って、過去の自分を救うことだってできるだろう。アセクシャルの人はもっと辛い思いをしているのだと思う。世の中にあふれた恋愛ドラマにだって苦しめられたりするのだろうから。だから「救われた」とか言ってしまうのは、礼を欠いている気がする。それは他人の苦しみだし、他人の苦しみを利用しているようだし、それは理解とは少し違う気がするから。それでも僕は救われたのだ。
僕は恋愛ドラマが好きだから、その苦しさはわからない。でも当たり前じゃないことを当たり前として受け入れさせようとされるのはやっぱりこわいだろう。性役割もそうだろう。もっと言えば性別そのものがそうだろう。実感として。
まだ言い切れない。何も言い切れない。でも人が何かを言おうとして言い切れない感じが僕は好きだ。言い切れないままに過ぎていった時間は、人を苦しめたりする。それでも僕はその時間のことを思い、大切にすることができる。言い切れなかった言葉は、言葉にならずに空気として漏れて、それでそれはだんだんと世界に充満していく。誰かの言い切れなさを呼吸する。そういう風にしてゆっくりと世界は変わっていくのだと思う。
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