グラウンド
引っ越した部屋は、すぐ裏手に中学校がある。
朝はチャイムの音で目が覚めて、昼間は目の前のグラウンドで体育の授業の声。
「早くしろー」
男の先生の太い声がこの部屋にもずかずかと入ってくる。
放課後になると部活が始まって、運動部のかけ声や吹奏楽部の音色で充満する。
夜、ベランダに出ると、このアパートと隣の家の横からのぞくグラウンドは昼間の出来事がまるで嘘みたいに静かだ。
夜のグラウンドをながめながら、タバコに火をつける。ふうーっと吐いた息が風に混ざって、グラウンドの砂を巻き上げていく様子を想像する。
グラウンド越しに見える向こうのマンションの廊下には灯りがついていて、ときどき人影が通り過ぎていくのが見える。
道路の向かいの建物よりも、あっちの方がなんだかもっと近いところにあるような気がして、それはきっとあのマンションに住んでいる人も、こちらと同じようにチャイムの音で目が覚めて、体育の授業や部活のにぎやかな声を共有していると思うからだろうか。
向こうで聞こえるのはどんな音だろう。
グラウンドは、あちらとこちらの間を、誰もいないまっさらな暗闇を飲み込んでいく、ブラックホールのように呼吸している。
そしてまた日が昇れば、あの地面はまたまっさらな場所に戻って中学生たちの走る地面を作り出す。
そんな様子を、私は宙に浮いたベランダからこっそりのぞいている。
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