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夢 〜全世界の子供たちが夢を持てる世界の実現へ〜

はじめまして。岡本祐太郎と申します。私の夢は世界の貧困問題の解決及び、子供達が当たり前のようにスポーツや勉強ができる世界を作ることです。そのために、長友選手のお力をお借りしたく思います。

目次

①私の自己紹介、②なぜこの夢を抱いたのか、③プロの道は絶たれた。さあ、どうする?、④新卒でタカラトミーへ!、⑤外資系コンサルファームへの転職 ⑥さて、どのように貧困問題と対峙するか ⑦目指すはトップスクールでMBA取得 ⑧今後のチャレンジ ⑧長友選手と実現したいこと


私の自己紹介

私は大阪府で生まれ、大学までプロ野球選手を目指しました。身長は171センチと大きくなく、野球選手として恵まれてはいなかったのですが、とにかく野球が好きで中学高校の時は一日素振り最低1000回、多い時は1500回行いました。まさにもてる時間の全てを野球に捧げた毎日でした。高校は大阪府のベスト8,16くらいになる程度の公立高校ですが、努力の甲斐あってスキルはめざましく向上し、プロを意識するようになりました。その後、名門私立である同志社大学に進学しましたが、度重なるケガに悩まされプロの道を断念しました。(ヘルニアが決定打だったのですが、素振りのしすぎで体のバランスが悪くなったことが原因という皮肉です…笑)

なぜこの夢を抱いたのか

高校時代、プロを目指す傍ら、ある番組を偶然見ました。「世界がもし100人の村だったら」という番組です。ご存知かもしれませんが、この番組は、世界の全人口を100人としたときに、各視点での現状を分かりやすく説明してくれます。例えば、「世界が100人の村だったら男性が48人、女性が52人です。」といった具合です。こういうのもあります。「すべての富のうち6人が59%をもっていてみんなアメリカ合衆国の人です。74人が39%を20人が、たったの2%を分けあっています。」これを番組内で実際の映像を基に紹介されました。勉強どころか、赤ちゃんの時代から食べ物が手に入らず生きるか死ぬかとの戦い。にも関わらず、3歳の子が1歳の子供に自分の取り分である食事を分けているのです。もちろん、与えられた食べ物は同量です。

当時の私は非常に感化され、当たり前に勉強したり、当たり前に野球をしていることが、いかに幸せなことなのかを痛感しました。そして、このような不平等を無くすんだと、子供たちが食べ物に困らず、当たり前のように勉強やスポーツなど夢を持てる世界を作るんだと決意しました。

プロの道は絶たれた。さぁ、どうする?

「プロ野球選手になって億を超えるプレーヤーになって寄付をする!」これが私の当時の答えでした。しかし、前述の通り、プロ野球選手はあきらめました。ただ、もう一つの目標は実現しなければなりません。ということで、一般企業に就職しながら、どのように実現できるかを考えました。

新卒でタカラトミーへ!

まずは子供達に価値を提供する企業に入り、5年間「子供達を笑顔にする、とはどういうことか」を模索しました。タカラトミーではアジアの営業という通常業務の傍ら、様々なことにトライしました。海外向けに廉価版トミカ(日本で300円→100円前後で販売)を企画したり、「せんせい」というマグネットボードを使ったお絵かき玩具の廃材を利用し、海外でノート代わりに使うプロジェクトを会社の経営顧問と進めるなどです。タカラトミーでは、子供達の足りていない部分の課題を明確にし、解決すべくアイデアを出し、それを実行に移すスキルは習得しましたが、それをビジネスとしてどのようにリードするか(持続的に利益を出すか)、ということに関してスキル不足に悩まされました。というのも、結局与えるだけではその場限りで根本的な解決になりませんし、寄付で貢献されている方々は世界のそこら中にいらっしゃるということに気づいたからです。自分なりの成功モデルや違いを見つけるため、30歳を目前に転職を決意します。

外資系コンサルファームへの転職

ビジネスを実際に回すスキルを得るべく、外資系コンサルファームに転職しました。そこでは現在2年勤務していますが、目まぐるしい時間の経過と共にロジカルシンキングやフレームを駆使した課題解決力など、かなりのスキルアップを実現し、とても充実した日々です。しかし、私の欲していたスキルセットは得ることができましたが、現状は日本国内でのビジネスが中心です。目標の実現のためには、このスキルを海外で使えるよう再現性を持たせる必要があると感じました。

さて、どのように貧困問題と対峙するか

コンサルワークをこなす中で、私なりに貧困問題を解決するための一つの結論に辿り着きました。「単にお金与えるだけではなく、sustainable(自分たちで持続的にお金を回すことができる)なシステムを作る」ことです。考え方としては、グラミン銀行(https://ja.m.wikipedia.org/wiki/グラミン銀行)などが近いかと思われます。私が描くのは、大人達が自身で稼ぐことで子供達に再分配するモデルをより多くの国・地域で行うことです。(どこでどのように、といったさらに細かい実現方法も頭の中にありますが、ここでは書ききれないため止む無く割愛させて頂きます。)

目指すはトップスクールでMBA取得

前述の通り、より多くの国・地域で再分配ビジネスを行いたい。そうした時にコンサルティング業は非常に有用ですが、日本支社に所属するままでは海外で再現することは叶いません。そこで、海外トップスクールでMBAを取得することが近道だと結論づけました。

理由は3点です。①ケーススタディーがしっかりしている、②海外のトップ人材が集まる、③卒業というだけで賛同率が増える

順を追って説明します。①に関して、アメリカのMBAはケーススタディーを解決する授業が多く、それを解決するためのケースメソッドもしっかりしています。様々な問題に対して、いくつものフレームワークを駆使して、最善解に導きます。その訓練を業種・エリアに縛られずに2年間みっちりやる訳ですから、国・地域にしばられず、様々なエリアでビジネスをすることに耐えうるスキルを得ると捉えます。

②に関して、ハーバードやスタンフォードなどのトップスクールには各国のトップレベルの人材が集まります。そこに私も飛び込み、彼らと論を付き合わせ、その中で生き残る。サッカーで言うならば、4大リーグにチャレンジするイメージでしょうか。自身のスキル向上にも寄与しますし、何より彼らが私の人脈となることが非常に大きいと捉えます。

③に関して、最後はおまけですが、私が実際にチャレンジをするとき、アメリカのトップスクールを卒業していること自体で努力したという証明になることで、客観的な成功率があがり、賛同の票を得られやすくなります。長友選手がサッカーについて何かチャレンジする際に、賛同を得られやすいのと同義ですね。(レベルは全く違いますが…)

今後のチャレンジ

前述の通り、アメリカのトップスクールを目指すことが直近の目標です。とにかく努力をすることは世界一得意だと思っており、コンサルワークの傍ら、月100時間以上学習しています。英語も留学に行かずにTOEIC930取得していることもあり、そこまで壁にならないでしょう。特段心配しているのは、資金面です。アメリカに留学するための準備として2〜300万円、学費2年間2000万円、さらに向こうでの生活費などもかかって参ります。これを誰の支援も受けずに全て独力で賄うことはかなり難しいと感じています。ただ、やるしかないですが!

長友選手と実現したいこと

資金面の援助ももちろんありがたいのですが、夢を実現した際、海外に一緒にご同行頂き、子供達とサッカーをして頂きたいと思います。私の夢のコンセプトは、「子供たちが平等に勉強やスポーツができて、夢を持つことができること」です。私は野球でしたが、長友選手のサッカーをする姿には何度も励まされました。小柄な体格ながらW杯で躍動し、ビッグクラブ入り、無尽蔵のスタミナで世界の猛者たちの攻撃を防ぐ姿に何度も感動しました。次のステップとして、そんな長友選手に世界のまだ見ぬ子供達に、サッカーを通じて夢を与えてほしいと思うのです。まだ見ぬ子供達の生活基盤を作ることは私が実現します(物理的・フィジカル面での支援)。長友選手にはその後、子供達とサッカーを行い、彼らに生きる希望を与え、夢を持つことの素晴らしさを伝えてあげてほしいのです(精神的・メンタル面での支援)。これが実現すれば、世界の埋もれた才能を発掘し、学術界でも新しい発明が起き、スポーツ界でも多くの才能が増え、実力の底上げが起こります。各面でよりよい方向に進めることができると確信しておりますし、それを日本人が行うことに意義があると思っております!ぜひ、もっと詳細お伝えさせて頂きたく、ご一緒できた暁には逐一レポートしたいと思っております。ご検討お願い致します!


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